第133話 安貴王の禁断の恋と哀切

安貴王の歌一首 短歌を幷せたり


遠妻の ここにあらねば 玉桙の 道をた遠み

思ふそら 安けなくに 嘆くそら 苦しきものを

み空行く 雲にもがも 高飛ぶ鳥にもがも 明日行きて

妹に言問ひ わがために 妹も事無く 妹がため われも事無く

今も見るごと 副ひてもがも

                       (巻4-534)

反歌

しきたへの 手枕まかず 間置きて 年そ経にける 逢はなく思へば

                       (巻4-535)


妻は遠くに去ってしまい、ここにはいない。

その道のりの、あまりの遠さに、恋い慕う心は不安に揺れ、

嘆き苦しむので、大空を行く雲になりたい。

空高く飛ぶ鳥にもなりたい。

明日にでも妻の所に行き、愛し合いたい。

私のために妻も安らかに、妻のために私も安らかで、

今、そう思い願っているように、二人で実際に寄り添っていたいと思う。


反歌

妻に手枕をまくこともせず、遠く離れて、相当長い期間が経ったようだ。

それもこれも、妻に逢えなくなったからだと思う。



安貴王は、志貴皇子の孫で、天智天皇には、ひ孫となる。

因幡から来た采女と深い恋愛関係となってしまった。

本来、采女は天皇以外の男性と恋愛関係になるのは禁忌。

結果として、安貴王は不敬罪、采女はその資格をはく奪され、因幡に強制送還されてしまった。


反歌は、采女が本国因幡に強制送還されて間もない時期に詠んだ歌とされている。

逢えない時間は、致し方ないと理屈ではわかっていても、ことさらに長く感じるという歌意。



雲になって、あるいは鳥になっても、人として妻に逢えるわけではない。

禁忌を破った重罪人同士の逢瀬など、ますます認められないのだから。

愛し合ってしまった故の悲劇なのか、禁忌の重さなのか。

寄り添えぬ二人は、その後、どんな一生を送ったのだろうか。


どうにも深い哀しさを感じてしまう。


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