第19話 石川女郎の大伴宿祢田主に贈りし歌

石川女郎いしかわのいらつめ大伴宿祢田主おおとものすくねたぬしに贈りし歌 一首


みやびとを 我は聞けるを やど貸さず 我を帰せり おそのみやびを

                                (巻2-126)

あなたは風流の人と聞いていたのに、泊めてもいただけず、私を帰してしまいましたね、なんとも無粋な風流のお方ですこと


※左注を現代語訳


大伴田主は、呼び名を仲郎といった。

容姿は美麗、風流は卓越し、見る人聞く人が、ため息をつかない人などいない。


その頃、石川女郎という人がいた。

田主と夫婦になりたいという思いを起こし、常々、独り寝の侘しさを悲しんでいた。

恋文を送ろうとも考えたけれど、適当な使者も見つからない。

そこで、一計を案じ、賤しい老女に変装し、自ら土鍋を下げ、田主の寝屋近くまで出向き、老女のしわがれ声を出し、歩き方もよろよろとさせて、戸を叩き、


「東隣の貧しい女にございます、火種をいただきたく伺いました」

と言った。


仲郎は、暗かったので、それが変装した姿とは分からない、そのうえ、まさか女を引き留めるとか、「女郎の結婚したい」という計略など知る由もない。

女郎の言うことそのままに、火を取り与え、そのまま帰らせてしまった。

翌朝、女郎は仲人もなく、田主に求婚したことを恥じ、また思いも果たせなかったことを残念に思い、田主にからかい混じりに歌を贈ったのである。


〇石川女郎:草壁皇太子や大津皇子から歌を贈られた女性と同名であるけれど、同一人物かは不明。

〇東隣の女:正式な礼を踏まない男女の関係を述べる際に使われる常套表現。

〇大伴田主:大伴旅人や坂上郎女の異母兄弟。


大伴宿祢田主の報贈せし歌一首

みやびをに われはありけり やど貸さず 帰ししわれそ みやびをにはある

                                (巻2-127)

私は風流を持つ人です。あなたを泊めないで帰す私こそが、本当の風流を持つ人なのです。



石川女郎の一計と行動には、驚くばかり。

翌朝、贈った歌にも、驚くばかり。


また大伴田主の呆れて、軽くあしらうような返歌も、なかなか・・・







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