第11話 大伴宿祢の巨勢郎女を娉ひし時の歌
玉鬘 実成らぬ木には ちはやぶる 神そつくと いふならむ木ごとに
(巻2-101)
巨勢郎女の報贈せし歌一首
玉鬘 花のみ咲きて 成らざるは 誰が恋ならめ 我は恋ひ思ふを
(巻2-102)
実がならない木には、神がよりついてしまうと言いますよ、実がならない木ごとに。
しかるべき夫がいないと、あの女性には神が取りついているとの噂が広まって、怖れられてしまって、誰もよりつかず、結婚ができなくなりますよと、遠回しに自分との結婚を迫る。
真意としては、「お互いにはやく恋を実らせなければ、すぐに年老いてしまいますよ」との、口説き言葉。少々、無粋な迫り方。
※大伴宿祢:大伴安麻呂。大伴旅人や坂上郎女の父、大伴家持の祖父。
※玉鬘:葛類の実が目立つことから、実の枕詞。実が成らない木は、古来、神聖視されていた。
巨勢郎女が返した歌。
玉鬘の花だけが咲いて、実が成らないというのは、いったい誰の恋なのでしょうか。私は、あなたのことを恋い慕っておりますよ。
「実らせてくれないのは貴方のほうでしょう。私はこんなに恋しく思っていますのに、何をためらうの?ためらうのは貴方でしょ?」と、逆に相手に迫る。
実は、相思相愛だったとの、おめでたい歌のやり取り。
あまり上手とは言えない、神の実の話まで使って求婚する男と、それに呆れて「ささっさとプロポーズしてよ」と返す女。
これには、縁結びの神も、腹を抱えて笑っていたかもしれない。
(余談)
巨勢郎女は大友皇子の近江朝廷側の大納言であった巨勢臣人の娘。
壬申の乱での敗北後に臣人の一族はすべて配流。
郎女だけは天武天皇側の安麻呂との婚姻で、配流は免れた。
両者のためらいの原因に、それぞれの家系が大友皇子側と大海人皇子(天武天皇)側という、やがては敵同士になるであろうとの不安があったとも言われている。
ただ、この婚姻が実ったおかげで、大伴旅人、坂上郎女が誕生し、孫に万葉集の実質的な編纂者とされる大歌人、大伴家持が生まれた。
そうなると、この二首のやり取りは、その後の日本文化にとっても、影響度の高いやり取りということになると思う。
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