第9話 磐姫皇后の、天皇を思ひて御作りたまひし歌四首

磐姫皇后いわのひめのくわうごうの、天皇を思ひて御作りたまひし歌四首


〇君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ

                                (巻2-85)

 あなたの旅は、本当に何日にも、長くなってしまいました。

 山道ですが、尋ねてお迎えに行きましょうか、それとも、ここでずっと待っていましょうか。


〇かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 岩根しまきて 死なましものを

                                (巻2-86)

 こんなに恋しくて仕方がないのなら 高山の岩を枕にして 死んでしまった方がましです。


〇ありつつも 君をば待たむ うちなびく わが黒髪に 霜の置くまでに

                                (巻2-87)

 このまま、いつまでもあなたを待ちましょう。

 この長くなびく私の黒髪に霜がおりるまで。


〇秋の田の 穂の上に 霧らふ 朝霞 いつへの方に 我が恋いやまむ

                                (巻2-88)

 秋の田の稲穂の上に立つ朝霧のように、私の恋はいつになったら止むのでしょうか。


※磐姫は、仁徳天皇の皇后。

 古事記において、仁徳天皇の女性関係に、嫉妬する皇后として書かれている。


 仁徳天皇は、天皇の権威なのだろうか、妻求ぎの手を拡大するばかり。

 一方、磐姫皇后は、その夫が好きで好きで仕方がない。

 常に、夫の別の妻に対する嫉妬に悩み続ける。

 

一首目では、いつまでも帰って来ない夫に、腹を立て、危険な山道に入ってまでも迎えに行こうと思うけれど、ためらう。


二首目は、「こんなに待つのなら、死んだほうがまし」。

「恋しくて、いっそ死んでしまいたい」、現代の恋愛ソングでも、必ず出てくるような言葉。また、古今東西の男女の恋愛物語には、必ず出て来るテーマである。


三首目では、長い黒髪に霜がおりるまで、待つと言う。

それでも、死んでしまっては、再び会うことも出来ない。

しかし、寒かろうが、長い黒髪に霜がおりようが、部屋の中ではなく、外で待つ、それほどに恋い焦がれていると、歌う。


四首目は、そんな思い続ける自らを、「いつまで続くの?この苦しみは」と、また悔やむ。




この一連の四首は、通い婚時代の待つだけの女性心理の典型。

また、万葉集における相聞歌の、規範となる歌と評価されている。


訪れがない夫に対する、一途な想い、微妙な心の動きを、ドラマのように連ねていている。


そして、読み返すごとに、一つ一つの言葉の、その情景を心に描くごとに、人を恋いることの、切なさ、辛さが、増してくる。




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