第2話 あかねさす

天皇てんわう蒲生野かまふの遊猟いうれふしたまひし時に、額田王ぬかだのおおきみの作りし歌


あかねさす 紫草野むらさきの行き 標野しめの行き 野守は見ずや 君が袖振る

                        (巻1-20)


皇太子くわうたいしの答へし御歌みうた

明日香宮に宇御めたまひし天皇 おくりなして天武天皇と


紫草むらさきの にほへるいもを 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも

                        (巻1-21)


天智天皇が蒲生野かまふのに狩りに出かけた時の、額田王ぬかだのおおきみの歌。


紫草の生えている野を、あなたは行ったり来たりして、袖を振っているのですが、野守が見ていないはずはありませんよ



皇太子(大海人皇子)の返歌、明日香宮字御天皇、おくりなして天武天皇と言う。


紫草のように、お美しい貴女を、心が惹かれないのなら、人妻なのに、どうしてこれほど、私は恋しく思うのでしょうか。


天智天皇、額田王、天武天皇の関係を思えば、実に複雑な歌。

額田王、大海人皇子(天武天皇)の尽くせぬ想いを、感じ取らない人は、いないと思う。


額田王は、かつては自分(大海人皇子:天武天皇)の后、しかし今は兄天智天皇の后。(大海人皇子との間に十市皇女をもうけ、その後、中大兄皇子(天智天皇)の後宮に入った。)

大海人皇子が、兄に奪い取られてしまった額田王に、人目(野守=天智天皇)の目を盗んで、人妻ゆゑの禁忌にかまわず、秘かに歌いかけた歌と、伝承されている。

ただ、諸説あり、その中に宴会時の戯れ歌との説もあり、真相は不明。


蒲生野かまふのの狩り:滋賀県東近江市蒲生野を含む一帯の野。

 天智天皇7年(668)5月5日のこと。大海人皇子や中臣鎌足及び群臣が参加したという。

※5月5日の狩りは、鹿の若角(強壮剤)や薬草を採集する薬狩り。

※あかねさす:茜色に照り映えるの意味。「紫」や「日」の枕詞。

※紫草野:薬草が生えている野。

※標野:立ち入り禁止の標を張った狩猟、薬猟の占有地、野守はその番人。



やがては、天智天皇が亡くなり、その後、壬申の乱を経て、大海人皇子は天武天皇として即位。

二人の天皇に愛されることになった有名な歌人でもある額田王、実際には、どのような女性だったのか、興味は尽きない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る