モテのヒミツ

usagi

第1話

「この感じでお願いします。」

女性は受付のカウンター越しに1枚の写真を渡してきた。


あー。またこの女優か。

みんなこの人の顔が好きらしいな。


「はい、確かに受け取りました。ありがとうございます。」

「ご希望は、一般コースですか、スペシャルコースですか。」

私は質問した。


「はい。一般コースでお願いします。」

「なるべく安く済ませたいのです。」

言い訳のように付け加えた。


派手なピンクのワンピースに高めのヒールを履いていることから、大分自己顕示欲の強そうな女性に見えた。


「それでは、こちらにお申し込み内容を記入し、誓約書の内容もよくお読みください。」

「どうぞご安心ください。当店は10年の実績がございますので、経験を生かしてできるだけ近づけるようにやってみます。」


私は美容整形の手術を行う前に、必ず細かく注意事項の書かれた誓約書にサインをもらうことにしていた。こんなはずじゃない、金返せと後から言われても困ってしまうから。たとえ手術が成功しても、だ。まあ誓約書を書いてもらったところで、騒ぎ続ける人もいるし、なんとも面倒な職業を選んでしまったものだ、とつくづく感じていた。


形だけどうにかする、というのであれば、粘土細工のようにこねてしまえば良いかもしれないし、それこそ美大出身の造形のうまい人に頼めばいい。

しかし、人間の体には色々な機能が備わっているから、メスを入れれば、そこを傷と体が感知し治そうという力が働くし、個人の持っている骨格を変えるのにも限界があった。手術をすることで、体の機能に影響を与えたり、数年先には崩れてしまう恐れだってあった。我々は、これまではそれを踏まえて「できる限り」の手術を行ってきた。


科学や医学の技術、というか周辺機器の進歩に伴い、我々はクライアントの骨格や筋肉などを詳細にスキャンし、「手術後の顔シミュレーション」を事前に見せるようにしち、それを見ながら、さらに希望を伺いながら進めて行くという流れだ。


それでもまだまだ限界はあった。

はっきり言って、希望の女優の顔にするのは不可能だった。よっぽど、原型がもともと似た形をしていれば話は別として。

それに、少しでもお金を抑えて整形したい、なんて言う人はなおさら無理な話だった。でももちろんそんな夢のない話をクライアントにするつもりはなかった。


「はい、ご記入ありがとうございます。」

その女性から誓約書を預かったあと、身体検査、簡単な健康チェックの案内をした。


メスを入れるには、健康体でなければならなかった。健康チェックは我が医院が一番力を入れていることの一つだった。


特段彼女の体には問題は見当たらなかった。


健康チェックを終えてホットドリンクを飲みながら一息ついているクライアントに話しかけた。

「まず最初にお伺いしたいのですが、先ほどいただいたお写真に、どこまで近づけることをご希望でしょうか。」


「できれば、かなりリアルなところまでお願いしたいのですが。」


「なるほど。」

そう言うだろうなと思っていた。


「ご希望の通りに仕上げるためには、全身ということになりますね。」

「ですが、全身はあまりお勧めしていません。体にも負担が大きいですし、どうしても後々バランスが悪くなってしまうのです。金額的にも、、、。」

しかし、よくその太った体で、細身の女優への変身を望んだもんだと、考えながら優しく答えた。


「そうですか。」

「では、どうするのが一番良さそうですか。」


「体型については、ご自分でシェイプアップをしていただくことをお勧めします。例えばこのビルの4階にあるジムですとか。提携していますので、セット割引も適用されます。モニターに採用されれば広告物に載せる替わりに半額になることもありますし。」

この体型で、あの女優にしてくれって言うのは無理がある、と本人もわかっているはずなのに。こういうケースは多々あるが、感情を殺して冷静に対応することには慣れていた。


「はい、、、。」

その女性はしばらく迷った様子だったが、少し機嫌の悪い顔をしながら、「ジムを見てみます。」と下の階に移動していった。


美の判断基準というものは、人それぞれであり、育った環境によってその基準は全く違ってくるというのが定説だ。

日本人受けするアイドルたちは欧米では子供扱いされ、とても「美しい」とは見なされない。太っている人が美しいとされる地域もあるという。


私はもはや「何が美しいのか」わからなくなってしまう環境下で日々働いていた。

だからこそ、「造形が美しいから人を好きになる」、というのは安易であるという結論に至った。


その前提を突き詰めて考え、今年立ち上げたのが「スペシャルコース」だった。


人気が出るに違いない、とは思っていたが、最初の無料モニターに非常に大きな効果が出たことから、今やスペシャルコースは口コミで広がり、大変な人気となった。

一般コースの10倍と少々金額の張るコースではあったが、結果がついて来たことで、多くいの人が群がってきた。今や、1カ月は予約で一杯になった。


ピンポーン、と来客の音が鳴った。

「いらっしゃいませ。」

私が声をかけると、少し猫背で、長い黒髪のキレイな30代前半くらいの女性が受付にやってきた。


「あの、スペシャルコースをお願いしたいのですが。」

私は、ここの院長をしていたが、手術には手をくださないようにしていた。手術はうまい人をやれば良いが、ここの経営は、お客様をつかむかどうかが肝であり、大概受付にいるようにしていた。


「ありがとうございます。あいにくスペシャルコースは1カ月先まで予約が埋まってしまっています。お急ぎであれば一般コースもございますが。」


「いえ、急いでいないので、1カ月先になってもかまいません。このコースはどのように申し込みをすればよろしいでしょうか。」


私はテーブルの下からパンフレットを取り出し、彼女にさしだし簡単に説明を始めた。

パンフレットにはクライアントが何をすれば良いのか、何をされるのか、そしてどのような効果が見込まれるか、は書いているが肝腎な手術の秘密は公開していなかった。


「こちらをご覧ください。1カ月先にはなりますが、ご用意いただくものは今からご準備いただいてかまいませんので。早くにご準備いただければ、すぐに手術に入ることもできます。」


「はい。わかりました。300万円ですか、、、。効果を疑っているわけではないのですが、随分と金額が高いですね。」


「えぇ。こちらは保険適用外ですし、実際に実費が多くかかるのです。確かに金額は高いとは思いますが、我々が暴利を得ているわけではありませんので、悪しからずご了承ください。」

「金額のことを考えて一般コースという選択肢もございますが。」


「いえ、スペシャルでお願いします。」

その人はさらに体を前に屈めて、自信なさげにつぶやくように答えた。


「あの、、、。」


「なんでしょうか。高いお買い物になりますので、なんでも聞いてください。」


「このコースを選択すると見た目はあまり変わらないと伺ったのですが。」


「そうおっしゃる方もいらっしゃいます。特にコースを選択されたご本人は。」

「でもその方たちは、周りからは『すごくきれいになった。魅力的になった。』と言われていますからご安心ください。特に異性から言われることが多いというデータになっています。」


「そうですか。大きなお金を払っても大丈夫かどうか不安でして。」


「一般コースであれば、見た目がはっきりと変わりますよ。金額も30万円程度ですし。」


「あ、いえ。大丈夫です。そういう意味ではありません」

こういうクライアントは執拗に一般コースを進めると、すんなりスペシャルを申し込むことを私は経験上知っていた。


ちなみに私はスペシャルコースには絶対の自信を持っていたものの、「必ず成功する、大丈夫」などとは言わないように気をつけていた。だから少し不安を覚えるのかもしれなかった。


私は彼女に今後のスケジュール伝え、40日後の予約をし、半額の前金振り込みの案内をした。


「ついに来たぞ。」

私は小さくガッツポーズを作った。

彼女をもってこれから私の本当のビジネスが始まるのだ。


彼女がちょうど100人目のスペシャルコースのクライアントだった。


スペシャルコースのカラクリ、秘密は、院内でも限られた人にしか伝えていなかった。真似されたら商売あがったりになってしまう。


つまり、こういうことだ。


私の思う美しい、の基準は、その人の遺伝子を残したいと思われるかどうかだった。


一般的な黄金比率の計算に応じて整った顔を作るのであれば、整形した人間たちが皆同じ顔になるという結果を迎えただろう。

しかし遺伝子はそのもっと奥深くまで潜り込んでいく。

見た目を変えたり、自信を持たせたり、人を引き付けたりする力を持っていた。


それを私は信じることにした。

私は3億円の投資をして、スペシャルコースを開設したのだ。


そう、私は例の女優の遺伝子を3億円で買ったのだ。

そして私の説が正しいことが今、証明された。


メスをほとんど入れずに人を美しくさせることに私は成功した。

1点だけ難点は、このコースで施術した後は、異性にはモテるようになったが、同姓からの評判はいまいちだった。


まあ、そこまで含めて、その女優の遺伝子の力なのかもしれなかったが。

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