新しい私

倉田京

新しい私

 カタカタ…カタカタカタ……

 電動ミシンで布を縫う音がする。

 男の人が私の新しい衣装を作っている。私はつんいになって、さっきからそれを眺めている。

 男の人がちらりと私を見た。私は肩をすぼめて言った。

「もうすぐできるデス?」

「うん…」

 男の人は、はにかむような小さな笑顔でそう答えた。

 この人の名前は神田かんだ悟史さとし。免許証にはそう書いてあった。年齢は二十七歳。

 私の名前は、まあいいや。とりあえずは女の子で、とりあえずは十四歳。そしてとりあえず今はカレンというアニメのキャラクターになりきっている。

 私は家出少女。三ヶ月前にこの部屋にやってきた。



 私は学校でいじめられていた。私への攻撃が始まったきっかけ、それは私がある男の子の告白にNOと答えたから。アイドルグループのメンバーの一人に少し似ているだけの、ただの男の子。その子からラブレターが届いてしまった。

 私への攻撃は水面下で行われた。根も葉もない噂が病原菌のように広まっていった。みんなで笑い合い、アイディアを出し合いながら、噂を塗りたくって新しい私を創造していった。

 私が学校に行く事をドロップアウトする頃には、私のイメージはもうモンスターのようになっていた。モンスターの私はテストでカンニングをしたり、万引きをしたり、男の先生と性的な関係を持ったりとやりたい放題だった。

 本物の私は膨らみ続けるモンスターの私に負けてしまった。粉々に。跡形もなく。



 真っ白になった私は新しい私を作る旅に出た。それが家出。

 赤いニューバランスを履いて空色のパーカーを着た私は、持てるだけの現金と果物ナイフを連れて駅へ向かって歩いた。

 寝床ねどこに困るようになった家出三日目の夜、私は目に付いたアパートの玄関先でうずくまっていた。サラリーマン風の住人らしき人が声をかけてきたので、私は立ち上がって果物ナイフを突き出しながら言った。

「お金出して…」

 その人は何も言わずアパートの扉を開けた。そして私を見て、少し鼻をすすりながらこらえるように涙を流した。

 それが神田かんだ悟史さとしさんとの出会いだった。




 私と出会ったその日、悟史さんは会社を辞めたらしい。悟史さんが持っていた仕事用のバッグには、マグカップと会社を辞めた人向けの手続き書類がぐしゃっと詰まっていた。


 悟史さんは私に色々な衣装を着せた。ノートパソコンに映った注文ボタンを押すと、アニメのキャラクターの服が部屋に届いた。ピンクのセーラー服、ふわふわのネコ耳、下着が見えそうな短いスカートのメイド服。いろんな新しい私が届いた。

 私は衣装を着て悟史さんと一緒にアニメを見ながら、新しい私について勉強した。語尾や性格、決めポーズ。



 電動ミシンの音が止まった。

「できたデス?」

「うん…」

 一ヶ月ぐらい前から悟史さんが手作りしていた新しい私が、今、完成を迎えた。

 私はその場で古い私を脱ぎ捨て、新しい私に着替えた。

 白のスクール水着の腰と肩に半透明のフリルが付いている。頭には大きな空色リボン、背中に小さなピンクの羽。他にもごてごてした飾り付けがいっぱい詰まっている。小さなメリーゴーランドみたい。

 世界でたった一つだけの、新しい私。



 いじめられていた時、私は泣かなかった。家出をする時も、涙を流さなかった。

 新しい私は悟史さんに抱きつき、声をあげて泣いた。



 そのまま私たちは手を繋いで部屋から飛び立った。


 持ってきた果物ナイフは、部屋に置いてきた。


 私たちはもうどこにも帰らなかった。

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新しい私 倉田京 @kuratakyou

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