マーキング
廃屋になった団地へ撮影に行った。廃墟マニアの友人が、職を失った俺を撮影の助手として雇ってくれたのだ。大した額は出せないけど、と言われたが、引きこもりを防げるなら無給でも構わない。
彼の車で団地に乗り付ける。時刻は夕刻で、薄暗くはあったが、それでも元は白かったであろう壁面が、黒ずんでいるのがよくわかった。
「じゃあ、俺、先に良さそうな場所探すから、この辺の機材持ってきて。ぶつけるとちょっと困るからその辺だけよろしく」
「ああ、気をつける」
「ゆっくりで良いから。連絡する」
そう言って彼は先にカメラと三脚、フラッシュなどを持って階段を上がって行った。俺は頼まれた機材を持ってゆっくりと後を追った。
暗い団地の階段を、荷物をぶつけずに上がると言うのは結構至難の業だ。スマホを見ると、彼から三階で待っている、とのメッセージが入っている。丁度二階を抜けたところだった。これならゆっくりでも大丈夫だろう。俺は気合いを入れ直して階段を上がった。
三階に着くと、廊下にずらりと並ぶドアの一つが外に向かって開いていた。彼だろう、と俺はその部屋に向かって歩く。
「ん?」
最初の部屋のドアに、×印がついているのを見て、俺は眉を上げた。何だろう、これは。アリババと40人の盗賊か?
しかし、どの部屋にも同じような×印がある。段々気味が悪くなった俺は、狭い廊下に機材をぶつけないように、と言う名目でそろそろと進んだ。開け放たれたドアの向こうから、ガリ……ガリ……と聞こえて、俺は立ち止まる。一人でいるのが猛烈に怖くなって、俺は部屋の中にそろりと滑り込んだ。
次の瞬間、俺は絶句した。彼が持ち込んだランタンの光に照らされて、血まみれになった彼自身が仰向けに倒れている。大丈夫かと駆け寄ることも、悲鳴を上げることもできずに俺は立ち尽くした。
外からの光がないその部屋で、ドアが閉まることに気付いたのは、重たい音が立ってからだった。遠ざかる足音がする。
誰かいたのか。変な音は、ドアに×印を刻んでいる音だったのか。
足音が完全に聞こえなくなってから、俺は警察と救急車を呼んだ。彼は一命をとりとめた。あとで聞いた話だが、あの団地で、×印がついた扉の部屋には全て死体があったのだそうだ。
やがて、彼は退院した。俺は退院祝いを持って彼のアパートに行った。インターフォンを押そうとして、俺は凍り付く。
彼の部屋の扉に、釘で刻んだような×印がついていたから。
(階段、血、車)
怖いお話 目箒 @mebouki0907
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