第27話
爆発音はすごかったものの、爆風や爆発物の破片が私たちを襲うことはなかった。私たち四人組の民間人と輝流、それに西野・東間両准尉は、素早く住宅地を縫うように移動。
「皆、こっちだ!」
「急いでここから離れるぞ!」
二人の隊員に促され、私たちは安全に戦闘地帯を切り抜けた。連続した爆発音は、残響をもたらしながらも、段々と静かになっていく。
「こちら西野! 戦闘地域より脱出を完了! 円盤の様子はどうですか? どうぞ」
《こちら観測班、多脚円盤は転倒したまま動かず! 戦車隊の砲撃の後、再度特務班を編成、生死を確認します。どうぞ》
「特務班了解。これより駐屯地に戻ります」
すると西野准尉は、私たちの方に振り返って、人懐っこい笑みを浮かべた。
「さあ、これで皆安心できる。もう少し先に輸送車が待機しているから、そこまで走ろう」
「あのー、このベタベタしたの、どうにかなりませんか?」
不満を口にしたのは、相変わらず美穂だった。身体にまとわりついた羊水状の液体がねばついて不快らしい。
「ちょっとあんた、私たちがどんな思いであんたたちを救出したと思ってんのよ」
私は、始めこそ怒声を上げかけたが、親友が助かったという安堵感に呑まれて笑みを零してしまった。
その隣では、
「悪いな、克樹。お前のパソコン、随分荒っぽく扱ったから故障してるかも」
「気にしないでよ、健太くん! バックアップは取ってあるから!」
小山克樹。相変わらず抜け目のない男である。
「輝流くん、大丈夫?」
私は、私の無茶な作戦を支援してくれた輝流に振り返った。彼は身体をくの字に折って荒い息をついていたが、負傷した様子はない。
「これで、僕の使命は完遂された。皆には感謝するよ。こんな『アリアン』に協力してくれて」
「ん?」
聞き慣れない単語が聞こえたな。『アリアン』? 何のことだ?
「それってもしかして、『エイリアン』って言おうとしたの?」
英語が得意な美穂が、嫌味な笑みを浮かべながら輝流に顔を寄せる。
「ああ、そうだった。あの英単語は『エイリアン』と読むんだったね。うっかりしていたよ」
「輝流くん、英語は苦手だったもんね」
「まあ、この星に来てから、ずっとこの国、日本で生活していたからね。それももうすぐ、お終いだけれど」
輝流は実に、穏やかな顔をしていた。任務を無事やり遂げた達成感は、死への恐怖までをも克服する起爆剤になるということか。
「輝流くん、最後になって申し訳ないのだけれど、最後に何か見たいものはある?」
私は問いかけた。
「見たいもの、って?」
「地球環境の悪化について、この前説明してくれたよね。でも、この星もまだ救いようがあると思うの。綺麗な山とか川とか海とか、何かない?」
「そうだな……」
まるで旅行先を考えるような気軽さで、輝流は考え込んだ。
「夕焼けだ」
「何?」
「夕日が見たい。僕がこの星にやって来た時、太陽が地平線に没していくのを見てね。とても美しかったんだ。だからせめてそれを見修めにできればいいな」
「欲がねえんだなあ、お前は」
今までの会話を聞いていたのか、健太が泣き笑いのごちゃ混ぜになった顔で、敢えておどけてみせる。
「取り敢えず、夕刻までは時間がある。今はもう少し、現場から離れて」
そう言って、東間准尉は言葉を切った。
「どうした、東間?」
西野准尉につられて、私たちは東間准尉の方へと振り返る。そこには、案の定東間准尉が立っていた。鋭い鎌で、腹部を貫通された姿で。
「うわあ!」
「きゃあっ!」
悲鳴が入り乱れる中、その鎌の主が、東間准尉の背後から姿を現した。
カマキリ状の怪物だった。私たちは、まったく油断していたところを奇襲されたのだ。
「東間ッ!」
西野准尉が拳銃を構えるが、怪物は巧みに東間准尉を盾にしている。
「う……撃て……」
ゴボッ、と吐血しながらも、東間准尉は呼びかけた。
「俺ごと、撃て……。ここはまだ、安全、じゃ、ない……。せめて子供たちを……」
「撃てない……。お前を撃つことはできない!」
私の心にあったもの。それは、轟々と燃え盛る怒りだった。やっと皆が救われたと思ったのに!
私は跳躍し、かつての輝流のように怪物の背後に回り込んだ。そして、その腰に抱き着くようにして、東間准尉から引き離す。ばったりと前方に倒れ込む東間准尉。それを受け止める西野准尉。
「貴様あああああああ!!」
怒りに任せて、私はのけ反るような体勢で怪物を放り投げた。ブロック塀に突っ込む怪物。そこに容赦なく、私は回し蹴りを見舞った。怪物は、胴体がぶちぎれた。
「おい東間! 東間!」
西野准尉の引き攣った声が聞こえてくる。私が振り返ると、東間准尉はまだ息があった。しかし、喋ることはままならない。
そんな時、彼が胸ポケットから一枚の写真を取り出した。休暇中にでも撮ったのか、夜景をバックに、東間准尉と女性が肩を寄せ合って写っている。裏側には、メッセージが書かれていた。
『俺の個人デスクに指輪がある。いつか俺が死ぬようなことがあったら、彼女に渡してくれ』と。
そうか。昨夜タイミングの話をした時、やたらと東間准尉が頷いていたのは、プロポーズする時のことを考えていたのか。不謹慎かもしれないが、自分がいつ死ぬかも分からない状況に置かれる自衛隊員にとって、大切な人のことは常に頭のどこかにはあるものなのだろう。
「皆、逃げて」
「東間、おい東間!」
私の言葉を無視し、東間准尉の亡骸を揺すり続ける西野准尉。私は真剣で刺突を繰り出すような気迫で、彼に迫った。
「西野准尉!!」
その言葉に、西野准尉のみならず他の者たちも顔を上げた。
「この周辺にはまだ怪物が出ます。西野准尉は、民間人を連れて脱出してください」
「し、しかし!」
「怪物の残党共は、私と輝流くんで叩きます」
「でも……」
「さあ早く!」
私のただならぬオーラに呑まれたかのように、西野准尉はコクコクと頷いた。
「僕たちもすぐ追いつきます。はやく退避してください」
「わ、分かった」
西野准尉は腰から拳銃を抜き、『皆、全速力だ!』と健太たちに声をかけた。
「戦車隊の攻撃予定時刻が繰り上がった! もうすぐ始まるぞ!」
建物の陰に彼らが逃げ去ったのを確認してから、私は怪物の奇襲に備え、構えを取った。
まさに同時。ドゥンという発砲音が連続した。そして放たれた砲弾は、転倒している円盤に対し、一発も外すことなく命中した。
円盤は立ち上がることを諦め、最早撃たれるがままになっている。しかし、爆炎が収まり始めた時、輝流が呟いた。
「やはりな……」
「何ですって?」
「円盤の本体には、あまり通用してはいないようだ」
はっとして振り返ると、多脚こそバラバラになっていたものの、円盤自体はほぼ無傷だった。やはり、戦車砲ではなく空爆が必要だ。そうなると、この距離にいる私たちも十分巻き込まれるだろう。
そうか。私はここで死ぬのか。
先ほどまでの興奮はどこへやら。私は輝流と共に、爆風に巻き込まれて死亡する。その厳然たる事実は変えようがない。
空爆を行うにあたり、この機を逃すことは、自衛隊も考えてはいないだろう。逆に、それだけの空爆を行って死者二名、というのであれば、マスコミも自衛隊や防衛省を叩きづらいはずだ。世界の目が、今や円盤に向けられているのだから。
「ごめんね、輝流くん」
「何が?」
互いに背中合わせに警戒しながら、私は謝った。
「これじゃあ、夕日が出る前に私たちは死んじゃう。せっかくあなたはこんな星にまで来てくれたのに――。本当にごめんなさい」
「君が気にすることはないよ、沙羅さん」
輝流の口調は、今まで出会ったどんな異性の言葉よりも柔らかだった。
「僕は志願してここに来たんだ。この星の人々を救いたかったんだよ。この身をなげうってでも。それに、空爆に巻き込まれるからといって、諦めてはいけない」
「えっ……。何を言っているの?」
しかし、その問いは途中で切れることになった。
怪物の残党が、人類に一矢報いようと、群れをなして襲ってきたのだ。人型のものは地上から、カマキリ状のものは頭上から、ナマズ状のものはそこかしこから。少しでも地球人に害を残していくつもりらしい。
私は小石を握り、輝流は掌に青い火球を包んで、怪物残党の駆逐に乗り出した。
「この怪物共ッ! 私たちの気も知らないで……。東間准尉の仇!」
もはや無言でいることは困難だった。恨みつらみが、次々と口から吐き出される。
私は何と戦っているのか。怪物か。その怪物がもたらす死か。過去の、他者に守られてばかりだった自分の不甲斐なさとか。私は涙で視界が滲むのもお構いなしに、投石を続行した。
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