第18話

 ゴオオオオオオオッ! と、凄まじい波動が空を焼いた。まるで映画の中のドラゴンが、火を吹くかのような勢いで。その青々とした炎は、あたりを一瞬で右から左に焼き尽くしたかに見えた。キシイイイッ! と怪物たちの悲鳴が響き渡る。

 道路向かいの住宅が、あっという間に灰燼に帰し、原型を留めることなく吹き払われていく。これまで輝流の戦う姿を見てきた私さえ、圧倒される威力だった。


 だが、その炎は、完全に周囲を灰にしたわけではなかった。目測だが、地上一メートル弱くらいのところで、延焼は止まっている。そこから下は、炎の洗礼を受けていないのだ。

 私の父を含む生存者が傷つかぬよう、輝流は敢えて、高さを調節して炎を放ったに違いない。もしかしたらそれは、いっぺんに周囲を燃やし尽くすよりも、高度な技術を要することではあるまいか。


 そんなことを考えたのも束の間、輝流はがくっと片膝をついた。


「ちょっと、輝流くん!」

「だ、だい、じょうぶ……。休めばなんとか……」

 

 しかしその顔は、とても大丈夫そうには見えなかった。こめかみには青黒い筋が走り、目もまた血走っている。彼の血は青いので、瞳は真っ青だ。


「ゴホッ!」


 一際大きな咳をして、輝流は両腕も地面に着いてしまった。暗くなりかけたグラウンド上でも、彼の口から鮮血が飛散するのが見える。


「ねえ輝流くん、あなた、死ぬ気でこの星に来たの?」


 さらに咳き込む輝流。その姿を見て、私は彼が肯定の意志表示をしたものと判断した。

 自分の命を賭して、地球にいる私たちを助けに来てくれたのか。


「二佐は……」

「駄目! 喋らないで! 誰か担架を!」


 周囲を見渡す私。だが、その肩に手を載せながら、輝流は言葉を紡いだ。


「神山二佐は、無事か?」


 はっとして、私が駐屯地の入り口を見ると、父と、父に同行していた通信兵の二人が、土嚢の陰に引っ張り込まれるところだった。東間准尉が匍匐前進で近づいていく。


「神山二佐! ご無事で!」

「ああ、輝流くんのお陰で助かった。我々が最後だ。爆発物の使用を許可する。なんとしてでも怪物たちを一掃しろ」

「了解」


 すると、グラウンドに凄まじい地鳴りと砂煙が起こった。戦車だ。ようやく走行可能になった戦車が、グラウンドに走り込んでくる。


「歩兵隊員は総員退避! 戦車隊は直ちに目標を捕捉、射撃を開始せよ!」


 父の言葉に従い、戦車はグゥン、と砲塔を回転させ、その矛先を住宅地(もはや上半分は焼き飛ばされているが)へと向けた。


「沙羅ちゃん! 輝流くん!」


 慌てて駆け寄ってきたのは西野准尉だった。


「戦車隊の砲撃が始まる! すぐに建物に退避して――」

「担架!」


 私は叫んだ。


「早く担架を持ってきてください! 輝流くんが!」


 しかし、そんな私の腕を掴んだのは、輝流本人だった。


「大丈夫、もう歩けるよ」

「で、でも」

「西野准尉、皆の避難は?」


 自分よりも他人のことを気に掛ける輝流。


「ああ、駐屯地内の建物に退避を完了した。沙羅ちゃん、君の友達もね」


 私は音もなく、しかし大きなため息をついた。


「残るは我々だけだ。急ごう!」


 そう言って、西野准尉は私の手を取った。輝流も本人の言った通り、走るのに支障はなさそうだ。とは言うものの。

 あれだけの炎を発するのに、大変なエネルギー消費を伴うであろうことは、私にだって分かる。本人は大丈夫だと言っているけれど、とにかく栄養は摂ってもらわなければ。


 グラウンドを横切る間に、戦車がグラウンドいっぱいに展開してきた。その砲塔は夕日に照らされ、輝いている。その逆光に照らされた車体は、今まさに出番が来たという喜びやプライドのようなものを感じさせた。


《こちら第一戦車中隊、射撃許可を請う》

《こちら司令官の神山二佐。民間人の避難は完了している。直ちに射撃を開始せよ》

《了解》


 そんな無線通信に耳を傾けていたところ、後ろから顔を挟まれた。

 

「な、何!?」


 振り返ると、健太がヘッドフォンをして立っていた。しゃがみ込むと、


「お前もつけろよ、沙羅。間近で聞いたら鼓膜が破れるって、西野准尉が教えてくれたぜ」

「あ、うん。ありがと」


 すると、用は済んだとばかりに、健太は立ち上がってどこかへ去ってしまった。


《全車、射撃開始! 距離よし! てッ!》


 屋内スピーカーからの声に急かされるようにして、私は慌ててヘッドフォンを取り付けた。直後、バァン、バァンと思いの外軽い音が、連続して耳朶を打った。駐屯地のグラウンド向きの窓ガラスが振動する。

 それほどの威力だ。確かにヘッドフォンなしでこれを聞いていたら、耳がどうにかしてしまっていたかもしれない。


 私の知識の中で言えば、使用されたのは恐らく徹甲弾。爆炎を立てることなく、標的の貫通を目的とした弾頭だ。輝流の放った爆炎で、敵の数は減っているはず。であれば、確実に目標を捕捉できるよう、炎や煙は立たない方がいい。


 数秒の間をもって、爆発音が轟いた。怪物たちを精確に捉えた徹甲弾は、怪物の身体を粉微塵に粉砕した後、背後のビルや住宅を直撃して火の手を上げた。避難している住民には申し訳ないが、命に代えられるものでもあるまいと思い、私は自分を納得させようと試みた。


 戦車による砲撃は、三度続けられた。その頃にはすっかり太陽は沈み、あたりは群青色で染め上げられていた。夜行性といっても、流石に今夜は攻めてこないだろう。厳重な警戒の元、私たちは夕飯にありつくことになった。


         ※


「どうだい、食欲はあるかい?」


 私たち四人が、食堂のテーブルに座していると、西野准尉が気さくに声をかけてきた。


「おい西野、彼らは民間人でありながら、あんな体験をしたんだ。そっとしておいてやれ」


 そう注意したのは、気さくさの欠片もない東間准尉。

 事実、私には食欲がなかった。夕飯はカレーライスだったのだが、香りも味も感じられない。これはカレーが不味いわけではなく、脳や五感が、他の感覚を捉えようと必死になっているからだ。


 他の感覚。それは、一種の予兆を見るような感覚だった。駐屯地への正面突破を諦めた怪物たちは、次はいったいどんな手段で攻めてくるのか。それが頭の内側にへばりついて離れない。


 戦車砲や戦闘ヘリのミサイルで、あの多脚円盤を止められるだろうか? どうやら、多脚円盤がこの駐屯地への接近が確認され次第、すぐに捕捉できる態勢は整えられているようだ。しかし、捕捉できたところで、攻撃が通用しなければ意味がない。


 そうなってくると、私が『特異体質』であることが、一つのキーポイントになってくる。

 輝流は異星人だからともかく、私にも何らかの能力があるのは確かなようだが、何故? そしてどう活かせばいい? 

 説明してくれるはずだった輝流は、今は別な棟、負傷者病棟で治療を受けている。今からでも尋ねに行こうか。


「ごちそうさまでした」


 私はほとんど手をつけていないカレーライスの前で手を合わせ、すぐに席を立った。


「あっ、おい! 沙羅!」


 追いかけてきたのは、案の定健太だった。


「どこに行くんだ?」

「あんたには関係ない」

「関係ある!」


 健太は強引に私の肩を掴んで身体を半回転させた。


「俺も輝流も親父さんも、お前を心配してるんだ。せめてどこへ行くのか、それだけは教えてくれないか?」

「だからあんたたちには関係ないってば!」


 そう言って健太と目を合わせた時、私は自分の身体が硬直するのを感じた。そのくらい、健太の眼差しは本気だったのだ。

 何に対して本気なのかは、想像がつかないけれど。もしかしたら、この真剣さは『心配』に基づくものだろうか。


「分かった。俺ももう止めはしない。けど、危ない目に遭うようなことは避けろよ」


『分かってるよ、そんなこと』――そう答えようとして、私の口から出た言葉は、我ながら思いもよらぬものだった。


「分かった。ありがとう」

「礼はいいから、さっさと用事を済ませてこい」


 すると、意外なほどあっさりと健太は背を向け、自分たちのテーブルに戻っていった。


 それにしても、『ありがとう』なんて言葉、どうして出てきたのだろう? いつも私を引っ張り回したり、はたまた妨害したりする健太を前に。


 ん? 今の遣り取りは、美穂や克樹にも筒抜けだったはず。聞かれていたに違いないのだ。

 そう思った瞬間、私は急速に顔が赤くなるのを感じた。

 どうして私が、健太に礼を述べたくらいで赤面しなければならないのか。わけが分からない。

 件の健太はと言えば、カレーライスのおかわりをしていた。寝起き以外は常に本気でポジティヴな健太。

 私は慌てて振り返り、足早に食堂を後にした。

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