第10話

 まず気づいたのは、それが円盤状の形をしているということだった。直径三十メートルはあろうかという円。どこか歪んでいるかもしれないが、私の位置からはほぼ完全な円に見えた。そして中央が盛り上がるようになっている。それが、地割れを起こしながら、ぬっと姿を現してきた。

 その円盤は、緑と茶色をごちゃ混ぜにしたような色彩で、自衛隊員が着用している迷彩服と似た印象を与えた。


 一つ、不思議な特徴がある。円盤の円周に沿って、黒い線が走っているのだ。それは、円盤を一周するように走る凹みだった。そして私と円盤は『目が合った』。『目』というのは、ちょうどその凹みにそって動く、真っ赤な照明のようなもの。その赤い光が、私を照らし出した。


 それから勢いよく、円盤はせり上がってきた。円盤の下部から、鈍い光を反射する脚部が何本も展開されている。関節をたくさん有する脚部は、ガチリガチリと金属の擦れ合うような音をたてながら、上部の円盤を持ち上げていく。きっと円盤が本体なのだろう。

 流石の父も、これには驚きを禁じえなかったようだ。


《総員撤退! 繰り返す、総員撤退! 各班ごとに分かれ! 森の中に逃げ込め!》


 メガホン状のスピーカーから、必死に撤退命令を出す父の声が響く。

 上空のヘリは慌てて高度を上げ、回避行動に移った。


「さあ、皆こっちだ!」


 西野准尉が、私たちの後ろ襟を引っ掴んだ。そのままずるずると引っ張っていく。

 気づいた時には、父がそばにいた。美穂や克樹もいる。


「攻撃は控えろ。各班、このまま撤退を――」


 その時、父の言葉を遮るように、ヒュン、と軽い音がした。円盤の頭頂部と思われる部分から、赤く光る何かが発せられたのだ。それは吸い込まれるように、回避行動中だった輸送ヘリに命中、否、『着弾』した。


「ッ!」


 被弾したヘリは、その場で爆散した。後部ハッチから膨らむように広がった爆炎は、そのままコクピットまでをも巻き込み、ヘリは内側から弾け飛んだのだ。あまりにもバラバラに四散した輸送ヘリ。墜落などとは呼べない状態で、降ってきたのは火の粉ばかりだった。


 視線を円盤に戻すと、そこには四十メートルほどの高さにまで立ち上がった円盤の姿があった。ヴォン、という重低音が響く。金属質ながらもどこか生々しさが感じられる、不思議な音だった。

 しかし、見ている間に脚部は収納され、円盤状の本体もまた、地面に埋もれていく。円盤は凄まじい勢いで土煙を上げながら、地中へと姿を消した。


「な、何だ、今のは……」


 西野准尉はそう呟き、父と東間准尉は無言。


(あれが、数万年前にこの星に落着した僕の母星の兵器です)


 テレパシーと思われる思念が、どこかから流れ込んでくる。輝流の言葉だ。

 隊員たちは沈黙し、耳を(脳を)傾ける。


(皆さん、神山二佐の命令通り、別なルートをとってここから脱出してください)

「おいちょっと待てよ!」


 沈黙を破ったのは、健太だった。

 私はぎょっとして、怒声のした方に目を向ける。ちょうど健太が、輝流に掴みかかろうとしているところだった。


「お前がどこの星から来たのか知らねえけど、お前らがいなければこんなことにはならなかったんだ! お前、テレパシーだかなんだか使えるんだろ? 炎出して戦えるんだろ? だったら死んじまった自衛隊の人を生き返らせることだってできたんじゃねえのか? 怪我した人を治すことだってできたんじゃねえのか? お前は自分の責任ってものを考えたことがあんのかよ!!」


 なんとか隊員たちが止めに入るが、健太は高校生とは思えない勢いで輝流に詰め寄っていた。


「放せ! あんたたちは悔しくないのか! こいつのせいで、あんたたちの仲間が死んでるんだぞ!」

「止めるんだ、健太くん!」


 西野准尉が割り込む。しかしその優しさが裏目に出たのか、簡単に振り払われてしまった。

 と同時に、健太の腕の届く範囲に、輝流は踏み込んだ。自ら一歩、前に出たのだ。そこに、健太渾身のストレートが叩き込まれる。

 私は確かに見た。輝流の口から、青黒い鮮血が飛び散るのが。


「あ……」


 あまりに呆気ない展開に、健太はポカンとしていた。同時に、後ろに勢いよくふっ飛ばされた輝流は、すぐに立ち上がって腕で口元を拭った。


「すまない。足りなければもう一発殴ってくれ」


 そう言って、ぐっと頭を下げる輝流。

 完全に戦闘意欲を削がれ、脱力した健太は、軽く腕を引かれただけですぐに後ずさった。


「気は済んだかい、健太くん?」


 西野准尉の言葉に、健太はカクンと頭を下げた。


「それでは、総員分かれ! 撤収開始! 頭上警戒を怠るな!」


 既に班ごとに分かれていた隊員たちは、父の言葉にすぐに復唱した。父と西野准尉、それに健太がこちらに近づいてくる。


「お前たち民間人は、我々と行動を共にしてもらう。この森から出る最短ルートだ。敵が陣営を立て直す前に脱出する」


 東間准尉が、冷たい口調でそう告げる。

 

「輝流渉、君にも同行してもらおう。これでよろしいですか、二佐?」


 やっと我に返った健太は『は、はい!』と素っ頓狂な声を上げる。いや、あんたに言った言葉じゃないんだけど。

 こうして、私たちの脱出作戦が始まった。


         ※


 小さい頃から、この森で遊んだ経験は何度もある。しかし、こんな奥深くまで歩み入ることは、大人たちから厳しく禁止されていた。健太でさえ、立ち入りを躊躇うほどに。今でこそ堂々と立ち入っているけれど。いや、その半分以上は自衛隊の人に連れられてきたのだが。


 ベースキャンプは放棄され、上空警戒用の観測ヘリコプターが、右に左にと飛び回っている。そのテールランプを見る度に、私は安堵感を覚えたものだが、地上が上空ほど安全だとはとても言えないだろう。


 広がりのない懐中電灯を点けて、父と西野・東間両准尉は地図に見入っていた。


「ここから沼地を越えた方が早道です」

「ふむ」

「そ、それは確かなのか、東間? なら我々はその道を行きましょう!」


 そんな西野准尉の言葉を無視して、父は東間准尉に問うた。


「怪物が水棲生物に偽装している可能性は?」


 自然と視線は輝流の方へ向けられる。


「あり得ます」


 と輝流は即答した。


「しかし、水中というのは、怪物たちからすれば自分の生態システムを大きく変える必要に迫られます。大した脅威とはならないでしょう」

「であれば、この浅い沼を抜けて、ほぼ直線に進むことにしよう」


 父は親指を立ててみせた。そして小銃を構えたまま腕を上げる。『部隊前進』の合図だ。


 私は身を縮め、慎重に歩を進めていく隊員たちに囲まれながら、慎重に移動した。下草がシューズに触れてカサリ、と音を立てるが、こればかりは仕方がない。それに、輝流の話によれば、怪物は夜行性だそうだ。飽くまで『今のところは』だけれど。


「ねえ、飛行機は? ヘリコプターとか、また呼ばないの?」

「おい馬鹿!」


 美穂の発言を、健太が遮る。


「お前だって見ただろ? あの円盤みたいな奴! あれに撃たれたら、ヘリもパイロットの人たちもすぐに殺されちまうんだぞ! ヘリが呑気にホバリングできるわけねえだろう? もう徒歩で脱出するしかないんだ!」


 小声で喚く健太。絶望の色を隠しきれない美穂。私や克樹はといえば、何も語るべきことが見つからず、ただ黙々と歩み続けた。

 先遣隊と呼ばれる、先行・偵察を行う隊員。その後ろに本隊、すなわち私たちや輝流、父、それに援護体勢の隊員が十名近く。最後尾は西野准尉たちが務めた。

それから五分ほど歩いただろうか。


「神山二佐、沼地を発見しました」

「了解」


 先行していた隊員が、駆け戻ってきて報告する。

 この沼地は、深いところでも膝丈にしかならない。幸い、着替え用の簡易シューズは用意してあるらしく、濡れたことによる体温低下は最低限に食い止められる。

 

 再度地図を確認した父は、顔を上げて振り返った。


「東間、そこの窪みで援護狙撃態勢を取れ」

「了解」


 東間准尉は、背からぐるり、とバレルの長いライフルを取り出した。狙撃用ライフルだ。

 私の身の丈ほどもありそうな長さ。だが、長身の東間准尉が取り扱うと、チアリーディングの棒くらいにしか見えない。

 それから父は二、三名の隊員を指名し、東間准尉の護衛に就かせた。


「これより沼地だ。皆、足を取られないように。上方の警戒も怠るな」


 そんな無茶な。身体の上下、両方に気をつけるとは。そう思ったものの、父の部下たちはすっと背筋を伸ばし、了解の意を示した。この状況下で、復唱したり、敬礼の姿勢を取ったりするのは目立って危険だということだろう。


「火器に泥が入らないよう、注意しろ」


 小声で父が警戒を促す。では早速、と言わんばかりに、先遣隊がぱしゃり、ぱしゃりと泥水に踏み込んでいった。

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