第9話

 父よりも長身だ。引き締まった身体を見れば、その人物が日頃の訓練にいかに真剣に臨んでいるか、すぐに分かるというもの。正直、西野准尉より強そうだ。表情には愛想の欠片もなかったが。


「そのあたりにしておけ、東間隆文准尉。死者は生き返らない」


 そう言って、父は東間准尉を止めた。


「東間、死傷者の数を知らせろ」

「はッ」


 東間准尉は踵を揃え、報告を始めた。


「死者六名、重傷者九名です。その他、軽傷者多数。直ちに救命処置を要する者は二名です」

「ふむ。救護ヘリを要請しろ。せめて重傷者と民間人を先に安全地帯へ」

「了解」


 短く答え、東間准尉は通信兵の方へと駆けて行った。

 私はもう少し、詳細な状況を知りたかった。援護ヘリはいつ来るのか、今もまだ私たちの身柄は拘束されるのか、輝流はこれからどうするのか。

 かといって、父に尋ねるなど論外だ。今更、そんな子供じみたことをするくらいなら死んだほうがマシだ。怪物に殺されるのは遠慮したいけれど。


 父に物事を尋ねるのが子供じみたことだというのは、論理の飛躍が激しいかもしれない。しかし、それは父に、私が不安であることをひけらかすのと同義だ。強くあらねばならないという意志を、私は胸に秘めている。

 父のせいで、母さんたちは命を落としたのだ。それを忘れたとは言わせないし、忘れたいなどという情けない言葉も言わせるつもりはない。


「神山二佐!」


 通信兵が駆けてきた。背負うタイプの箱型無線機を背負っている。


「輸送ヘリ三機を直ちに寄越すそうです! 負傷者を懸架する準備を整えて待機せよと」

「了解」


 すると、父が手でメガホンを作って声を張り上げた。『重傷者を担架に載せて待機せよ』と。


「神山二佐、小野崎三尉たちは……」

「殉職者には申し訳ないが、遺体の回収は後だ。我々は民間人を抱えていることを忘れるな」


 西野准尉が情けない声を上げるが、父はぴしゃりと言葉を遮った。

 必死に戦った人たちを放っておくとは、酷すぎはしないか。私はなんとかこの熱い感情を流そうとしたが、無理だった。


「父さん、あなた、何を言っているの?」


 父は振り返り、少しばかり眉を上げた。初めてそこに私がいることに気づいたように。


「この人たちは、私たちを助けるために亡くなったんだよ? それなのに、遺体を置き去りにするなんて!」


 慌てて口を挟んだのは、西野准尉だった。


「ま、待つんだ、この人は陸上自衛隊のレンジャーあがりで、この状況における司令官で……」

「そんなことは関係ありません」


 西野准尉をキッと睨みつけ、私は言葉を続ける。


「いくらここが危険な戦場だからって、今は安全が確保されたんでしょう? ちゃんと遺体も、遺族の方々にお返しするべきだよ!」

「殉職者を収容する余裕はない」


 そう言って、父は目を逸らした。気まずさからではない。そもそも私の発言など、眼中にないのだ。頑とした態度からは、なんの気遣いも感じられない。

 もし、それが私に対する気遣いのなさならどうでもよかった。だが、今の父は、自分の命を投げ打った人々のことすら感じていないのだ。こればかりは、許せない。


「父さん、知らないんでしょう? 母さんがどれほど心配して、父さんの帰りを待っていたか! せめて骨だけでも帰ってきてくれれば、なんて言って泣きながら、お仏壇に向かってたんだよ? あんたはそれを、待っている人たちの思いを踏みにじってる! あんたなんか自衛官じゃない、ただ命令を出すロボットと同じだ!」


 一気呵成に語った私は、肩で息をしながら父の背中を見つめ続けていた。

 いつの間にか、周囲は静まり返っている。いや、私の聴覚がおかしくなっているだけかもしれない。


 その奇妙な沈黙を破ったのは、輝流だった。


「そこまでだ、沙羅さん」


 私はさっと振り向き、輝流を睨んだ。視線だけで射抜くかのように。

 しかし、輝流に動じる気配は全くない。


「あんた、宇宙から来たんでしょ? 私たちのことなんて、何も知らないんでしょ? なら、口出ししないでよ!」

「論点をずらしているのは君の方だ、沙羅さん。君たち親子の間に何があったのか、無理に訊き出すつもりはない。でも、今議論していたのは、死者を搬送するか否かだ。神山二佐、ご命令を」

「ん」


 すると思いがけないことに、父はこう言った。


「重傷者と殉職者は、全員これを輸送する。こちらに向かっている輸送班にも伝えろ」

「二佐、よろしいので?」


 東間准尉が尋ねたが、父は『繰り返させるな』と一言返すのみ。この議論を耳にしていた通信兵は、指令を受けることもなく無線に吹き込んだ。


「ベースキャンプより輸送班へ。殉職者、負傷者、民間人の輸送を要請する。繰り返す。殉職者の輸送も要請する。どうぞ」

《こちら輸送班、了解。現状到着は02:35、変更なし》

「了解。終わり」


 そんな通信を聞きながら、私は呆然としていた。

 父が、自分の意見を変えた? 私の主張によって? いや、まさかな。そう易々と、父が自分の意志を曲げるはずがない。何かの気まぐれだろう。


 気づいた時には、私は再び騒音に呑まれていた。ぽん、と肩に手が置かれる。


「輝流くん、まさか……?」

「いや、術式は使ってないよ」


 私の考えを読んだのか? そう訝しんでいると、輝流は説明を始めた。


「僕や僕の母星の人たちの間の決め事なんだ。この星、地球の人たちの意志を最優先にするようにと」

「そ、それならいいけど」


 輝流は微かに笑みを見せてから、わきを通り抜けていった。どうやら歩哨に立つつもりらしい。


「な、なあ沙羅」

「……」

「沙羅?」

「わっ!」


 私は慌てて身を引いた。


「なんだ、健太か」

「おい、そんなに驚かなくてもいいだろう? ところで」


 健太は私に耳打ちした。


「あいつ、お前と何を話してたんだ?」

「あいつって?」

「輝流に決まってんだろ! 俺には詳しい事情は分かんねえけど、何があったんだ?」


 さて、どこから話したものだろうか。私と父の関係は露呈してしまったが、その原因となった事故については、健太たちにも知らせていない。疑問に思われるのは当然だ。

 しかし、次に口を開いたのは、私ではなく健太の方だった。


「あー……。話したくなければいいんだぞ?」

「いやあ、そういうわけじゃないんだけどね。これから輸送ヘリが来るっていうから、安全なところに着いたら話すよ」

「分かった」


 健太は頷いてみせてから、ヘリの搭乗予定場所まで誘導されていった。


         ※


 三十分後。

 真夏の夜に爆音を響かせながら、三機のヘリがやってきた。回転翼が前後に二つある、大型機だ。私たちのそばでは、緑色の煙幕が焚かれている。こちらの位置を示しているのだ。


《こちら輸送機、目標地点上空に到達。これより重傷者、及び殉職者の輸送を開始する》

「地上班、了解。懸架準備!」


 通信兵が声を上げると、あちらこちらから『懸架準備完了』を知らせる復唱が連なっていく。

 私たちはといえば、私と健太はヘリのランプを見上げ、美穂は意識を取り戻したものの救護所で横になっており、克樹は情けない声で嗚咽を漏らしていた。


「こんな……こんな酷いことって……」

「すまない、克樹くん」


 克樹の世話係を買って出たのは、輝流だった。歩哨に立つ必要はないと判断したらしい。もう、今晩中に怪物が襲ってくる可能性はないとのことだ。『連中とて、無為に味方を減らしたくはないだろうからね』と言っていた。


「もうすぐ君たちは安全地帯まで輸送される。落ち着くんだ」

「き、輝流くん、君は?」


 身震いしながら、克樹は輝流に問うた。


「僕はもう少しここに残る。何かあったら、すぐに戦えるようにね」


 やがて、このあたり一帯の木々や草むらが、ざわざわと鳴り始めた。


《重傷者が最優先だ。次のヘリに殉職者、最後のヘリに民間人を乗せる》


 父の声が、メガホン越しに聞こえてくる。やがて、ヘリからロープが下ろされた。同時に救護隊員が、するすると地上に降り立ち、重傷者を抱き締めるようにして引き上げていく。腰にフックを括りつけ、続けざまに重傷者を収容していく。

 これで一機。殉職者の引き上げも、迅速に完了した。これで二機。


「さあ、次は君たちの番だよ」


 西野准尉が、笑みを浮かべて私たち四人を促す。しかし、彼の頬には涙の跡がくっきりと残っていた。こんな優しい人が銃器を振り回しているなんて、すぐには実感が湧かない。しかし、それが現実なのだ。


 ヘリから懸架係の隊員が身を乗り出した、その時だった。『それ』が姿を現したのは。

 まず起こったのは、大きな地震、というか、足元を揺さぶる大きな力だ。皆が呆気なく転倒する。そして、眼前の地面が盛り上がり、地割れが起きて土が振り落とされていく。

 輝流が何か叫んでいたが、ヘリの飛行音すら比較にならない轟音に、何も聞こえはしない。テレパシーを使う余裕もないようだ。

 こいつは、一体……?

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