第8話

 銃弾が飛び交い、斬撃が繰り出される。そのど真ん中に、輝流は超人的な速度で突撃した。こちらに気を取られていた怪物に向かい、体勢を低くして突進。振り下ろされた鎌を回避し、地に掌をつきながら怪物の頭部を掴み込む。すると怪物は、一瞬で真っ青な炎に包まれ、灰になった。

 

(ここは僕に任せろ! 皆は敵の侵入を防いで!)


 何だ、これは? 輝流の声が聞こえた気がしたが、銃声に紛れてそんな声は届かないはず。

 まさか、テレパシーだろうか?

 私は戸惑ったが、隊員たちは既に慣れているらしい。下がりながら陣形を立て直し、互いの背中を守るようにして銃撃する。


 しかし、次の敵は思いがけないところから攻め込んできた。上だ。テントの天幕を破り、鋭い鎌が隊員たちの頭部を串刺しにしようとする。

 が、いち早くそれに気づいた輝流は、掌から炎弾を発した。炎そのものを発するより威力は低いようだが、それでも怪物の一、二体を屠るには十分だった。


(テントを焼き払う! 皆、頭を守れ!)


 その、脳内に直接置かれるような思念を、私は確かに受信した。


「皆、デスクの下に!」

「お、お前はどうする!?」

「いいから!」


 皆にもテレパシーは届いたはずだ。私を心配する健太の声を跳ね飛ばし、伏せたまま状況を確認。ゴウッという音と共に、見上げた目の先が真っ青になる。天幕はその場で散り散りになり、落下する頃には灰になっている。が、問題は天幕ではなかった。


「沙羅! 左だ!」

「え?」


 ポールだ。テントを支えていたポールが、私に向かって倒れ込んできたのだ。三メートルはあるであろう、長く頑丈なポール。あれが倒れ込んできて当たったら、私も無事では済むまい。


「うっ!」


 私の背中に激痛が走る、かと思われたその時。しかし『その時』は遂にやって来なかった。


「だ、大丈夫か、沙羅!」

「健太!」


 健太が、白羽取りの要領でポールを掴み込んでいた。立ち上がって、私を守るように。


「沙羅、早くそこをどけ!」


 ポールにはかなりの重量があるらしく、健太は苦し気に顔を歪ませている。

 私は匍匐前進の要領で、その場から離れようと試みる。しかし、目にしてしまった。怪物が頭上から下りてきて、健太に向かって鎌を振るうのが。


「健太ッ!!」


 そんな、私のために健太が命を落とすなんて――! しかし、そんなことは起こらなかった。あらぬ方向から凄まじい銃撃が怪物に加えられたのだ。

 音からするに、これは重機関銃だ。はっとして見ると、怪物は呆気なく、体液をぶちまけながら弾き飛ばされるところだった。透明な液体が、びしゃりと私の頭部に降りかかる。


「どけ、少年! 沙羅、早くそこから離れろ!」


 父だった。父が、普段なら接地して使うような大口径の機関銃を構え、そこに立っていた。

 健太が横にずれるのと、私が前方に低く跳躍するのは同時。ズン、と音を立てて、ポールは地面にめり込んだ。こんな重いものを、健太は支えていたのか。


「沙羅、大丈夫か!」

「あ、ありがとう、健太」

「いや、助けたのは親父さんだろう」


 再び頭に手を遣り、耐ショック姿勢を取る私たち。父はすでにその場におらず、他の隊員たちに合流していた。

 その間も、輝流は戦い続けていた。徒手空拳で戦いつつ、バリアを張って怪物を牽制。怯んだ怪物を見つけるや否や、接敵して鎌を蹴り飛ばす。それから青い炎を地に走らせて、接近してきた怪物を薙ぎ払う。

 さらに、先ほど倒れたポールを握り込んだ輝流は、それがただの棒切れであるかのように、軽々と振り回した。それだけで、怪物数体はまとめて胴を裂かれていた。

 上半身だけで動こうとする怪物の頭部に、ポールの先端を突き立てる輝流。その頃には、自衛隊は自衛隊の、輝流は輝流の防衛線を張り、互いの背後を守りながら戦っていた。


 怪物が何体いるか分からないが、攻撃の手はだんだん緩みつつある。これなら追い払えるのではないか。しかし、私が安堵したのはあまりにも早すぎた。輝流の背後から、後ろ足で跳躍した怪物が鎌を振り下ろしたのだ。


「輝流くん!!」


 叫ぶが、銃声に紛れて聞こえない。こうなったら……!

 私は目の前の石を拾い上げた。立ち上がって、思いっきり放り投げる。すると、石ころは吸い込まれるように怪物の頭部を完全に破壊した。

 はっとした輝流が振り返ると、そこには、原型を留めながらも完全に息絶えた怪物が横たわっていた。

 輝流が一瞬、驚愕の表情を浮かべたが、すぐに他の怪物との戦闘に戻った。


 私が、怪物を倒した? どういうことだ? そんなことができたのか、私は?


「沙羅、伏せろ!」


 呆然と立ち尽くす私の足を、健太が思いっきり引っ張った。


「流石だな、ハンドボール部の次期部長は」

「え? そんなことは……」


 確かに、ものを投擲することについて、私には人並み以上であろうという自信がある。だが、それが怪物を倒したとは、俄かに信じられないことだ。

 そういえば、輝流は私のことを『特異体質だ』などと言っていた。もしかして、私は戦えるのだろうか? だが、そんなことを考えるのは後回しだ。


 気がついた時には、怪物の数はだいぶ減っていた。こちらの戦力を見て、退散を余儀なくされたのだろう。


「深追いは無用だ! 弾丸は大事に使え! 無駄撃ちするな!」


 父が声を張り上げる。真っ暗になったテントの照明の代わりに、隊員たちがヘルメットに付けたライトが闇を照らし出していた。灯りを目にして、私はほう、っと息をついた。


「沙羅さん、もう戦いは終わったのかい?」

「そのようね」


 私に確認を取った克樹は、うずくまって耳を塞いでいる美穂に向かい、『もう大丈夫だから』と声をかけている。しかし美穂は、『放っておいて!』と言って動くのを拒否している。


 しかし、その方がよかったかもしれない、と私は思わざるを得なかった。


「生存者、名乗れ!」

「こいつは重傷です! 早く病院に!」

「おい、しっかりしろ! 衛生兵、こっちも診てくれ!」


 あたりは血の海だった。ところどころに、薬莢や投げ捨てられた銃器、それに人間や怪物の身体の一部と思われるものが散乱している。こんな戦闘の最中、私や健太、美穂に克樹が無事だったのは、一種の奇跡だったとしか言いようがない。私と健太は危なかったけれど。


 私がこうして息をしているだけでも、血生臭さが鼻を突く。それに、火薬臭さと妙な青臭さ。これは、もしかしたら怪物の体液の臭いなのかもしれない。私はそれ以上、居ても立ってもいられず、かと言ってかつてテントがあった場所から離れることもできず、振り返った。

 そして気づいた。これは、マズい。


「皆、周りを見ないで! 深呼吸!」


 こんな状況下で、どうして私が冷静でいられたのか。それは、母が自衛官の妻として、多くのことを教えてくれたからだ。どれほど過酷な環境でも、動じてはならないと。だが、他の三人には免疫がない。このような残酷な光景に対する免疫が。


 そう思って声を上げたのだが、手遅れだった。美穂は失神して後ろ向きに倒れ込み、克樹は失神こそしなかったものの美穂を抱える余力はなく、健太がなんとか美穂の転倒を防いだ。


「うおっ!」


 ここで見せた瞬発力もまた、奇跡の一部かもしれない。失神とはいえ、頭部に直接衝撃が及んでしまうのは危険だ。


「おい皆、大丈夫か!」


 駆け寄ってきたのは、西野准尉だった。流石に今は、その丸顔に似合う笑みは微塵も見えない。


「おい、担架だ! 子供が倒れた!」


 すると瞬く間に、付近の隊員が美穂を担架に乗せて救急所に連れて行った。大きなため息をつく私。

 異音に気づいて振り返ると、克樹が嘔吐していた。健太が背中を擦っている。


「二人は大丈夫?」

「怪我はしてないけど、克樹のメンタルは木端微塵になったな」


 軽口を叩いているつもりだろうが、健太の顔も蒼白だ。

 その時、知り合いの名前が耳に入ってきた。


「しっかりしてください! 小野崎三尉!」


 私はできるだけ血だまりを踏まないように気をつけながら、そちらに近づいた。そこにいたのは、小野崎三尉だった。腹部を大きく裂かれ、横たえられた状態で咳き込んでいる。その度に、血飛沫が上がった。

 ふと、彼の瞳が私を捉えるのが分かった。最早声にはならなかったが、伝えようとしていることは察せられた。

 お前たちを守ってやれなくて済まなかった、と。


「小野崎三尉!」


 後方から声がした。西野准尉だ。

 

「気を確かに! 衛生兵、た、助かるんだろう!?」


 しかし、小野崎三尉から見えないところで、衛生兵は首を左右に振った。


「そんな……! 三尉! 小野崎三尉!」


 その時、西野准尉の後ろ襟が思いっきり引っ張られた。その勢いで倒れ込む西野准尉。


「いい加減にしろ、西野。それでも士官か?」

「あ、東間准尉……」


 私は、西野准尉を引っ張り倒した張本人を見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る