第7話
「う、嘘でしょう!?」
真っ先に異を唱えたのは美穂だった。
「そんなオカルトみたいな話、信じられないわよ!」
「いや、あり得る」
それに反応する克樹。
「さっき言ったじゃないか。このあたりに隕石が落ちた痕跡がある、って」
「はいそうですかと納得できる話じゃないわ!」
美穂は恐ろしい記憶を呼び覚まされたことで、半ばパニックに陥っていた。そして輝流の言ったことを認められなくなったのだろう。その勢いに、克樹も押され気味だ。私はそこに割り込んだ。
「美穂、あんたも見たでしょう? 怪物や輝流くんの力を。少なくとも、私たちが異常な事態に巻き込まれているのは確かだよ。『だから黙って従っていればいい』とは思わないけどね」
そう言って、父に嫌味を込めた視線を飛ばす。私は本気だったが、父に狼狽の気配は全く見られない。そこで私は、健太にも参戦を要請することにした。
「健太、あんたからも言ってやってよ」
しかし、隣にいるはずの健太から声は聞こえてこない。
「健太? あんたも男なら加勢して――」
「す、すみません!」
私が驚いて振り向くと、健太は思いっきり腰から折ったところだった。これには父も、何事かと眉を上げた。
「どうしたのよ、健太?」
「すみません、沙羅がとんだ失礼を!」
何を言っているのかさっぱりだが、健太は頭を下げ続けている。
「顔を上げたまえ、少年」
すると健太は、ゆっくりと顔を上げた。しかし、顔は俯けたまま。もしかして、父を相手にビビッてしまったのだろうか。
「沙羅、健太をどうにかしてよ! それから、あたしたちを助けて! この人、あんたのお父さんなんでしょ!?」
「そ、それはそうだけど……」
「美穂さん、今は黙って従った方がいいよ! このままでは喧嘩になってしまう!」
暴力沙汰には滅法弱い克樹が、弱音を上げる。健太は動けないし、美穂はますますパニックになっていく。
その場を制したのは、輝流だった。
「皆、待ってくれ!」
父が凹ませたデスクを叩き、鋭利な音を立てる。
「僕が言ったことは本当なんだ。そしてこの国の政府も自衛隊も、それを信用している。僕が言えるのはそれだけだが……。君たちにも信用してもらえないだろうか」
必死に声を張り上げる輝流の姿に、私は少なからず心を動かされた。だが、今までのことを信用するとしても、まだ分からないことがある。確かめなければ。
「皆、静かにして。輝流くん、質問、いい?」
「ああ、もちろんだとも」
「その隕石と一緒に兵器が落ちてきたのは、何万年も前なんでしょう? それを、どうして今頃になって破壊しに来たの? それに、あの怪物たちはどこから来たの?」
「この星の環境が、かつて僕たちが暮らしていた星の環境に似てきたからだ」
似てきた? どういう意味だ?
首を傾げる私に、やはり厳しい表情で輝流は続ける。
「星全体の気温の上昇、宇宙線に対する防御作用の減退、極端な海洋汚染や空気中の二酸化炭素濃度の上昇。挙げればキリがないけれど、僕たちの星が抱えていた問題を、今まさにこの星も抱えているんだ」
ということは。
「輝流くん、あなたたちの星は、今はどうなってるの?」
輝流の顔に皺が刻まれるのを、私は確かに認めた。
「ここに出現している怪物との戦争状態に陥っている。幸い、僕たちは術式、君たちの言うところの超能力のようなものを使えるから、やや優勢だけれど」
「やや優勢?」
「少なくとも、僕が母星から出発した時はね」
訊けば、輝流が母星を後にしたのは、地球時間に換算して三年ほど前だという。地球へ落着したのは、半年前の西太平洋。
「怪物が現れたのがこの近辺だったのは僥倖だった。でなければ、僕のあずかり知らぬところで怪物が発生していたかもしれない。もちろん、こんなことに巻き込まれてしまった君たちや君のお父さんたちには申し訳ないと思うけれど」
怪物は、その兵器が落着するのと同じ隕石に付着してきたらしい。もちろん、二メートルもある現在の姿ではなく、微生物として。
「あっ、それなら」
いつの間にか興味を取り戻していた克樹が、会話に入ってきた。
「地球人も、火星に同じことをしているよ」
「克樹、どういうこと?」
振り返ると、克樹は輝流に向かい、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「あのね、沙羅さん。今地球人は、火星への到達を目標としてしのぎを削っているんだ。主に『大国』といわれる国々がね。既に火星には、たくさんの調査機材が送り込まれている。そこで危惧されているのが、地球から運ばれた微生物が、火星の環境を脅かしているんじゃないか、っていう可能性なんだ」
「調査機材にくっついていった微生物が、ってこと?」
大きく首肯する克樹。それと同じことが、地球でも起こったということか。
「今や、僕たちの母星から地球に落着した微生物は、あれだけの大きさと攻撃性をもって増殖を始めている。誰かが止めなければ」
輝流はその目つきをより厳しいものにしながら、
「僕たちの星であったのと同じ過ちを、繰り返させるわけにはいかない」
と、はっきりとした口調で言い切った。
「最後にもう一つだけ、訊かせてくれる? どうしてあなたが来たの? 仲間は?」
「志願した。理由はいろいろあるが。仲間はいない。僕だけだ」
端的に述べる輝流。すると、僅かな間を置いてから、美穂が呟いた。
「あたしたちに関係ないよね、それ」
「えっ?」
「だから、わけ分かんないこと言ってないで、早くあたしたちを帰してよ!」
「そ、それは……」
なんとか美穂を宥めようと試みるが、私もいろいろな考えが巡り巡って冷静ではいられない。今の私に、美穂を止めることはできない。
オロオロする私を見て、美穂は現状がマズいものであると察したらしい。せっかくの輝流の説明も、これでは逆効果だ。
「あたしたちは何も見てないし聞いてもいない! それでいいでしょ!?」
先ほどよりはマシとはいえ、美穂は明らかに錯乱している。
すると、先ほどから沈黙を保っていた小野崎が口を挟んだ。
「その保証は? 君たちが一言でもこの件に関する発言をしたら、日本中が、いや、世界中がパニックに陥るぞ。輝流くん、君も君だ。あまりにも喋りすぎだ」
「まあ待て、小野崎」
父は重苦しい声で唸るように言ってから、
「君たち四人の安全は、我々が必ず守り抜く。この騒動が収束するまで、同行していただきたい。無論、君たちをすぐに安全地帯まで護送し、我々は作戦行動に戻る。小野崎三尉、彼らを最寄の駐屯地まで――」
と言いかけて、父は唐突に腰から拳銃を抜いた。
「どわあっ!」
銃口の先にいたのは、先ほどから黙りこくっていた健太だった。が、無論相手は彼ではない。
「伏せろ!!」
今までにない形相で、父は叫んだ。咄嗟に健太に足払いをかけ、転倒させる小野崎。その背後にいたのは、紛れもなく昨日遭遇した怪物だった。
バンバンバン、と三連射された大型拳銃の弾丸は、見事に怪物の三つの目に命中した。グオオオッ、と呻いて後退する怪物。その隙に、小野崎は小銃を腰だめに構え、情け容赦なく引き金を引いた。フルオートだ。
「な、なんだなんだ!?」
「て、鉄砲だあ!」
「きゃあああああああ!」
三者三様のリアクションを取る友人たちを見ながら、私は『伏せて!』と叫んだ。
「銃撃の邪魔になる! 姿勢を引くくして!」
次の瞬間、出来事が連続した。
一つは、輝流が私たちの中心に跳び込んできたこと。
「皆、僕から離れないで! 包囲されてる!」
そう言われた直後、球形の淡い青色の光が、私たちを包み込んだ。一気に周囲の小石や砂が浮き上がり、振動し始める。
「今、バリアを張ってる! 動こうとしちゃ駄目だ! 神山二佐!」
次に、バリアの外にいた父が無線機を手に取ったこと。
「こちら神山二佐! このベースキャンプは敵襲を受けている! 総員、戦闘用意! 固まって四方を警戒しろ!」
そう言い終えるか否か、あちこちで銃声が響き始めた。
「僕も加勢する! 君たちはここから動かないで!」
輝流がそう言った直後、パーティションやカーテンは一気に吹き飛んだ。
伏せたまま前を見ると、そこでは壮絶な死闘が展開されていた。
人間側の攻撃は、主に小銃と拳銃で行われていた。特に小銃の威力は凄まじく、一瞬で怪物を倒すことができた。
しかし、それは弾丸が当たればの話だ。以前は目にしなかったような機敏さで、怪物はこのテントに四方八方から跳び込んでくる。
一度それを目にしてしまうと、怯んで銃撃を止めてしまう隊員も多かった。着剣していた隊員はまだ応戦できたが、近接戦闘でのリーチにおいては怪物に分があった。
そんな戦闘の真っただ中に、輝流は跳び込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます