第6話
「小野崎隼三尉以下六名、哨戒任務より戻りました。不審者四名の身柄を拘束しています」
「ご苦労だった、小野崎三尉」
テントで待っていたのは、迷彩服姿の集団だった。テントの広さは、体育館の半分ほどもあるだろうか。この規模だと、司令官は三佐か二佐。今、小野崎三尉が敬礼している相手は二尉だから、まだ階級の高い人物がいるのだろう。
テント中央には木製の大きなテーブルが置かれ、その直上とテントの周囲を囲むようにライトが配されている。道理で明るいわけだ。
「おい、お前たち」
相変わらず鋭い目つきで、小野崎三尉が顎をしゃくってみせる。ついて来いということらしい。その間に、克樹は持ち込んでいたリュックサックなどの装備は没収されてしまった。
私たちも、軽く背中や太腿のあたりを叩かれた。危険物を持ち込んでいないか、確認しているのだろう。
美穂は『いやん! 何すんのよ!』などと声を上げていたが、言い終える前にボディチェックは終わってしまった。
その先には、パーティションで区切られた一角があった。安っぽいプレートが貼りつけられ、『司令官室』と書かれている。パーティションには隙間があり、カーテンで仕切られていた。
「小野崎三尉、入ります」
「入れ」
その時、私は全身が硬直した。
「お、おい、どうしたんだ、沙羅?」
健太に心配されたが、それに構っていられる心境ではなかった。今の声は紛れもなく、私が心底憎んでやまない人物のものだったからだ。
「ほら、こっちへ来い、お前ら」
三尉に背中を押され、強制的にその人物の視界に入れられる。相手のリアクションを直視するのは困難だったが、気持ちで負けるわけにはいかなかった。
微かに息を飲んだ相手の顔を見上げながら、私ははっきりこう言った。
「久しぶり、父さん」
「三年と五ヶ月ぶりだな、沙羅」
なんだ、もう少し驚くと思ったのに。私はさもつまらなそうに肩を竦めてみせた。
「お、おい沙羅、今『父さん』って言ったのか? じゃ、じゃあこの人は……?」
「聞いての通り。私の父親、神山悟志。今の階級は? 三佐から昇進したの?」
顔だけ向けて健太に答えながら、私は正面にいる相手、神山悟志という父親に向き直った。
「半年前に、陸上自衛隊の二佐を拝命した。現在、この森林地帯で起こっている非常事態の収拾にあたっている」
「非常事態、ねえ?」
私は喧嘩を売るつもりで、唇を歪ませた。
困惑する気配が背後から聞こえてきたが、どうでもいい。これは私と、私の父親との話、否、勝負だ。
「じゃあ訊くけどね、父さん。あなたは分かってるの? 今のあなたと私の仲の方がよっぽど非常事態だってことを?」
しかし父は、眉を顰めることもなく『それがどうした?』と言い返してきた。言葉を続ける。
「我々親子の仲は、今回の事態とは関係ない」
「関係あるよ。あなたの命令で、小野崎三尉は私たちを拘束したんだから。さっさと帰して頂戴。おじいちゃん、おばあちゃんに心配をかけたくないから」
「そうはいかん。お前とお前の友達は、この時間帯に森林を徘徊していたんだ。それだけでも警察に補導されかねん。しかも、お前たちは『立ち入り禁止』の札を見たはずだ。にも関わらず侵入してくるとは、目的は何だ? 何を狙ってここに来た?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
割り込んできたのは、やはり健太だった。
「あの、あなたは神山沙羅さんのお父さん……?」
「今までの会話で十分察せられるだろう、少年」
父は怒るでも見下すでもなく、淡々と健太にそう言った。それ以上、言葉を渡さなかった。
「沙羅、今の自分の立場を考えろ。お前は知ってしまったんだろう、怪物のことを? 情報統制が敷かれている。お前たちを帰すわけにはいかん。繰り返す。何の狙いがあって、お前たちは今ここにいるんだ?」
感情を抑えるのが巧みな父。それでも、百八十センチを越える長身からすると、自然と高圧的な態度に出てしまうのだろう。後ろで手を組んだ父を前に、私は答えようがなかった。
健太が輝流の後をつけてきたから、とは言えない。攻撃対象として父の前に健太を差し出すのは気が引ける。
「私が皆を誘ったの。不思議な転校生が来たから、帰りに後をつけてみようってね」
「嘘だな」
「何故?」
「お前にそんな趣味趣向はない。分かり切ったことだ」
その言葉に、私はカチンときた。目の前が赤く染まってくるような錯覚を感じる。私の堪忍袋の緒は、呆気なく千切れた。
「あんたに私の何が分かるっていうの!? あんたのせいで、母さんも里沙も死んじゃったっていうのに!」
直後、ダン! とデスクを叩く音が響いた。
「この期に及んで、まだ私を責めるのか!?」
私を除く三人が、『ひっ!』と短い悲鳴を上げる。父の手元を見ると、スチール製の簡易デスクは見事に凹んでいた。小野崎三尉までもが姿勢を正している。
父は一瞬、デスクに視線を落とし、パイプ椅子に腰を下ろした。軽いため息をつく父。一瞬、まだ四十代後半の父が、十も二十も老け込んで見えた気がした。
「神山二佐、何事ですか!?」
慌てて駆け込んできたのは、西野准尉だった。小野崎三尉は軽く首を振り、なんでもないと伝えようとしたが、西野准尉には伝わらない。
「何も問題はない。気にするな」
「は、はい……」
父本人から指摘され、すごすごと退散していく西野准尉。
「とにかく、お前たち四人の身柄は拘束させてもらう。悪いが、外部へ連絡することも許可できない。いいか、沙羅。これは国が決めたことだ。お前たちは、我々を通してそれに従う義務がある」
「そうね、おっしゃる通り。そんなだから、母さんも里沙も――」
と、私が言いかけた時だった。
「沙羅、よせ!」
何者かが跳躍し、パーティションを越えて割り込んできた。誰あろう輝流渉だった。
「これ以上、君が他人を傷つけるのを見聞きするのは耐えられないんだ。止めてくれ」
しかし私は、彼の乱入に驚く余裕もなく、新たな攻撃目標としてしか捉えなかった。
「はあ? あんたに私の何が分かるの? 昨日今日で出会った人間に口出しする権利はない!」
私が輝流に掴みかかろうとした時、輝流は思いがけないことを口にした。
「健太くんたちの記憶を戻すよ」
「何ですって?」
「彼らは昨日の段階で、あの怪物たちに遭遇しているだろう? その記憶を戻すんだ」
すると健太は『何の話だ?』とでも言いたげに首を傾げた。
「皆、僕の指を見て」
昨夜と同じように、輝流の指先に白い光が灯る。それが写真撮影のフラッシュのように煌めくと、健太、美穂、克樹の三人はしばし、目をしばたかせた。すると、はっとしたような顔になって叫び出した。
「あ! あのカマキリみてえな怪物!」
「きゃあっ! あたしたち生きてるわよね!?」
「確か輝流くんが、僕たちを助けてくれたんだ! どうして忘れていたんだろう……」
「すまなかったね、三人共」
輝流は軽く頭を下げた。
「まさか、また森に入ってくるとは思わなくてね。こうなったら、彼らに全てを話しましょう、神山二佐」
「君はそれでいいのか?」
「構いません。僕たちが、彼らを巻き込んでしまったようなものです。彼らには知る権利がある」
「ふむ」
父はしばし、顎に手を遣っていたが、
「止むを得ん。ただし、身柄を解放することはできない。我々と行動を共にしてもらう」
と重々しく答えた。
「そんな! あたしたち、帰れないの!?」
「仕方ないよ、美穂さん。自衛隊にもこの世界にも、守るべき秘密があるんだ」
淡々と告げる輝流を前に、私は再びカッとなって、彼の頬に平手打ちを喰らわせた。
「あ……」
しかし、輝流は考えるまでもなく語りだしていた。
「ここの自衛隊の人たちには、術式は仕掛けていない。こればっかりは、信用してもらうしかない」
「自衛隊は、そんな根拠のない情報は信用しないよ?」
すると父が、輝流に助け船を出した。
「脳科学の権威に確かめてもらった。昨日のことだ。我々がその術式とやらで記憶操作された痕跡はないそうだ」
それを聞いて、私の胸中にずっと渦巻いていた疑問が湧きだしてきた。
「ねえ、輝流くん。あの怪物は何物なの? それにあなただって、一体何者なの?」
輝流は僅かに顔を歪めた。父の方に振り返るが、父はただ頷いてみせるだけ。
「信用してはもらえないだろうけどね……」
私たち四人は、揃って唾を飲んだ。
「僕は宇宙から来た。この星の人間じゃない。数万年前に偶然、僕たちの星のテクノロジーを搭載した宇宙船が墜落した。それは兵器だ。僕の目的は、それを完全に破壊して、この星に平和をもたらすことだ」
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