第5話

「や、やっぱり引き帰さない?」


 私は声の震えを押さえながら、三人に提案した。


「不発弾なんて、爆発したらどうするの? 危ないよ?」

「いや、それはないと思う」


 淡々と答えたのは、克樹だった。ヘッドライトの逆光で見づらかったが、彼の顔には並々ならぬ自信が溢れていた。正直、それだけでドン引きしてしまう。


「もし不発弾があったとしたら、近所の住民に連絡が届くはずなんだ。もちろん学校にもね。それがなかった、っていうことは」

「っていうことは?」


 私が問い返すと、克樹は


「きっと秘密にしておきたい何かがあるんだよ」


 そう言って、目を輝かせた。こんなに興味津々で語る彼の姿を、私は見たことがない。

 私の不安を先取りしたかのように、美穂が声を震わせる。


「自衛隊の秘密、って? 何があるのよ、克樹?」

「それは分かんないけど」


 克樹は唇を湿らせてから、語りだした。


「秘密だからこそ、僕たちには分からないわけだし、もしかしたら少し危ないかもね」

「じょ、冗談じゃないわよ!」


 美穂が金切り声を上げる。


「何があるか分からなくて、しかも危険だなんて! ねえ、戻りましょう?」

「そ、そうだよ!」


 私は美穂に便乗した。今引き帰せば、輝流との約束を破らずに済む。


「自衛隊が動くなんて、よっぽどのことだよ? 探検は止めた方が、って、あれ?」


 私は違和感を覚え、周囲を見回した。美穂、克樹、健太。そして気づいた。


「健太は? あいつ、どこ行っちゃったの?」

「え、なになに? 健太は一人で先に行っちゃった、ってこと!? 誘っておいてなんなのよ、あいつ!」


 美穂が非難じみた主張をするが、そこには随所に恐怖心が滲んでいる。


「健太くん一人じゃ危険だし、僕たちも行かないと」


 克樹は飽くまで前進するつもりだ。これでいいのか? 

 

 その時、前方から悲鳴がした。


「うわあ! 待て! 待ってくれ!」

「健太!」


 私は思わず駆け出していた。健太は、昨日の怪物に遭遇したのかもしれない。私が行って何かできるとは思えないが、今は彼を救わなければ。


「ちょっと! 沙羅!」


 美穂を無視して、私は駆け出す。倒木をまたぎ、枝の間を抜け、やや開けた場所に出た。騒ぎはその向こう側で起こっている。


「畜生、放せ! 放せってば! どわあ!」

「健太!」


 健太は無事だった。自分の足で向こうの木々の隙間をかいくぐり、駆けてくる。

 私は健太と合流すべく、開けた場所に出ていった。そして、見てしまった。ライトのような光が、木々の向こうから差してくるのを。あれはまさに、昨日遭遇した怪物ではないか。

 やがて、健太の後から、『怪物』は姿を現した。全高は人間と同じくらい。色は迷彩柄で、二本の腕と足がある。それらがバランスよく胴体から伸び、関節を動かしながら、懐中電灯を持って――って、あれ?


「お、俺は何もしてないんだ! 助けてくれぇ!」

「駄目だ! ここは民間人は立ち入り禁止だ、一緒に来てもらうぞ!」

「嫌だあああああああ!」

 

 健太を追いかけているのは、怪物などではない。立派な自衛隊員だった。

 なんだ、怪物ではなかったのか。そう安堵したのも束の間、後方から長い悲鳴が響き渡った。美穂の声だ。

 今度こそ怪物かと思ったが、


「落ち着け、君たち! 我々は陸上自衛隊だ!」


 という声が被さってきた。


「ひい!」


 健太は私の背中に回り込み、喚きたてた。


「ほ、ほんの出来心だったんです! 皆さんの秘密を暴こうとか、そんな気持ちはなくって、ですね!」

「問答無用! 君たちを、機密保持のため連行する! さあ、こっちへ!」


 その言葉に、私は棘を感じた。この、相手に有無を言わさない感じは、いかにもお堅い組織らしく思われる。

 そもそも自衛隊に関して、私には因縁がある。私怨と言ってもいいかもしれない。

 私は、反論を試みることにした。


「すみませんけど、兵隊さん」


 鋭い視線がこちらに向く。小銃こそ背中にかけられているものの、こちらが何らかの敵意を抱いていることは察せられただろう。


「何かな、お嬢さん?」

「子供を脅かして『連れてくぞ!』っていうのは、あまりに大人げないんじゃない?」


 一瞬、相手の自衛官は口を閉ざした。ふっと息をつき、反論してくる。


「世の中、知らない方がいいこともあるんだ。黙っていた方がいいこともな。それをこれから、我々が君たちに教授しようというんだ」

「じゃあ、その『黙っていた方がいいこと』って何なの?」

「国家機密だ」


 有無を言わさぬ様子の自衛官。その時やっと、私は相手の名前と階級を知った。ネームプレートを読んだのだ。


「それではお尋ねしますけど。小野崎三尉」


 件の自衛官、小野崎三尉は微かに目を上げた。


「あなたの所属は? 一般の部隊じゃないよね。名乗れないような任務にあたっているの?」

「お、おい沙羅!」


 健太は、相手の敵意を買うべきではないと思っているのだろう。恐怖心を孕んだ声音で注意を飛ばしてくる。しかし、私はそれをバッサリ無視し、相手を睨み続けた。

 

 しばしの沈黙。それを破ったのは、背後からの複数の声と足音だった。ガサガサと下草を踏み分ける音も混じっている。


「小野崎三尉、侵入者の確保はできましたか?」

「一応な。西野崇史准尉」


 振り返ると、小野崎三尉と同じ格好の自衛官が立っていた。迷彩服にヘルメットと懐中電灯。彼もまた、小銃を背負っている。それに美穂と克樹がいた。


「二人共、大丈夫?」

「心配するな。民間人を傷つけるようなことはしない」


 答えたのは小野崎三尉だ。『あなたには訊いていない』ということぐらい言ってやろうか。しかし、そうしたところで状況の好転は見込まれない。それに、自衛隊を信用しきれないという気持ちもある。まあ、民間人を傷つけないというのは本当だろうけど。


 すると、小野崎三尉が出てきた方から、さらに数名の自衛官が姿を現した。


「ベースキャンプに報告。侵入者を確保。捜索班はこれより撤収する。『彼』に準備するよう要請しろと」

「了解」

 

 背中に四角い箱のようなものを背負った隊員が、その場でしゃがみ込んでマイクを引っ張り出し、報告を始める。三尉の言った通りの内容だ。


「では、来てもらおうか」


 三尉は淡々と述べ、数名の部下の名を呼んで『四人を連行しろ』と一言。私たちは為す術なく、周囲を自衛官に包囲されて、ゆっくりと移動を開始した。


         ※


 二十分ほど歩いただろうか。


「総員、構え。着剣。射撃準備。頭上に気をつけろ」


 相変わらず、不愛想な口調で小野崎三尉は言った。がちゃがちゃと、皆が小銃を背から下ろす。弾倉を叩き込み、銃口に沿うように近接戦用剣を装備する。


「なっ、何? 戦争?」


 不安げな声を上げる美穂。流石にこれには、克樹も声を出せないでいる。健太はといえば、緊張で凝り固まった足を動かすのがやっとといった様子だ。

 

 自分もまた緊張状態にあることに気づいたのは、皆の様子を観察した後のこと。あまりに緊張しすぎて、胃のあたりがぎゅうぎゅうと握り潰されるようだった。

 そして、察した。ここから先は、敵地だ。


 何が敵なのか? 普通だったら、森に逃げ込んだ武装勢力やテロ組織ということになるのだろう。だが、そんな不穏な噂は耳にしていない。もっとも、怪物や輝流のことも情報統制が為されていたのだから、本当かどうかは分からないが。


 一体何が待ち受けているのか、尋ねられればよかったのかもしれない。けれど、私は意地を張って、訊き出すことをしなかった。それに、今この森にいるのは怪物だ。健太たち三人の記憶からは抹消されてしまったが、怪物がここにいる、という事実は変わらない。


「皆、静かにな」


 そう言って私たちに声をかけてきたのは、先ほど小野崎に名を呼ばれた隊員だった。西野准尉、といっただろうか。笑顔を浮かべている。平常心を忘れずにいてくれるのは心強い。緊張感で身を切り刻まれるような状況で、その笑顔はとても眩しく見えた。


 しばらく、私たちは身を低くして進んでいった。一部の隊員は匍匐前進で進み、また一部の隊員は、やや腰を下げながら小銃を構えて歩んでいく。

 一体どのくらいの距離と時間、こうしていればいいのだろう。私は不安に囚われたが、西野准尉の人懐っこい笑みを思い出し、なんとか進む。


 それから、恐る恐るといった調子で時間が過ぎていく。気を紛らわすべく、私は自分たちの状況を顧みた。

 私たち高校生四人組は、自衛隊が秘密にしていた事象を知ってしまい、『何らかの処置』を受けるべく連行されている。

 まさか殺されはしないだろうとは思う。いや、願う。しかし、あんな怪物がいることを公表されたら、世間がどう動くか分からない。それは自衛隊も防衛省も避けたいはずだ。

 では、そもそもあのカマキリのような怪物は何物なのだろう? 地球上にいる生物には見えなかったけれど。


 そう考えている間に、私たちの前方に照明が見え始めた。きっと、自衛隊の前線基地だ。もしかしたら、あそこにいるのかもしれない。輝流渉は。

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