第3話
「む……」
着メロにしていたロックが鳴り響く。とっくに寝ついていた私は、何事かと思いながらスマホに手を伸ばした。時刻は午前一時を回っている。発信元は、
「もしもし、健太?」
《突き止めたぞ!》
半ば予想はしていたが、やはり健太だった。朝が弱い分、何かに熱中し始めると留まってはいられない。それが健太の性分だ。こうして私たちが引っ張り出されたのは一度や二度ではない。
《もしもし? 沙羅、聞こえてんのか?》
「呆れてる」
《何が?》
「あんたの行動力に」
皮肉で言われたことに気づかなかったのか、健太は威勢よく『おうよ!』と答えた。
「で? 何がしたいの?」
《転校生を追い詰めるのさ》
「……は?」
私には理解が及ばなかった。追い詰める? 転校生を? 何を言ってるんだ、健太は?
《じゃあ今から十五分後に――》
「ちょ、ちょい待ち! 待ちなさい!」
《なんだよ?》
健太のぶっきら棒な言い草にイラついた私は、無理やり彼を引き留めた。
「もう少し説明しなさいよ。何があったの?」
《あーもう! 美穂も克樹も呼んだのに!》
「いいから!」
《分かったよ。説明するから、終わったらすぐ来いよ?》
健太は放課後、自分が何をしていたのかを語りだした。なんと、輝流渉を尾行したのだそうだ。
「そんなことして、どうすんのよ?」
《まあ聞けや》
その後、輝流は真っ直ぐ帰宅することなく、今も帰っていないらしい。
「どこまで追いかけたの?」
《裏山の森の入り口あたりまでだ。あいつ、山の中に入っていったんだぜ? あんなところに住んでるわけねえだろ?》
「もしかしてあんた、そのままずっと待機してるわけ?」
《おう。山から下りて来たら、何をしていたのか問い詰めてやる!》
それを聞いて、私は一つの疑問に囚われた。
「あんた、どうして彼をそんなに敵視してるわけ?」
《え?》
「だから、なんでそんなに輝流くんを毛嫌いしてるのかって訊いてんの!」
もしかして、モテてモテてしょうがない奴だから、とか言い出すんじゃないだろうか。
しかし、そこから急に健太は歯切れが悪くなった。
《そ、そりゃあ、突然やってきてクラスの雰囲気ぶち壊したから……》
「いつもはあんたがぶっ壊してるでしょうが!」
《いや、そうだけどよ》
「何? もしかして、彼が私と握手したのが気に障ったわけ?」
《違う! 違う違う違う!》
『違う』は一回でいいだろうに。いったい何をムキになっているのやら。冗談で言ったのに。
《と、とにかく! お前もさっさと来い! 切るぞ!》
「あ、ちょっ!」
ピコロン、と音を立てて、LINE通話は切断された。
「ったく、何なのよ……」
※
おじいちゃん・おばあちゃんを起こさないようにこっそり階段を下りて、自転車を走らせること約十分。
「おい! おせえぞ沙羅!」
「なーにが『おせえぞ』よ! あんたがこんな時間に人を呼ぶ方がどうかしてるわ!」
「美穂も克樹も、とっくに来てるだろ?」
ちゃっかりその場に居合わせた二人を見て、私は眉間に手を遣った。特に、克樹に関しては呆れてしまった。大きなバックパックを背負い、カメラを首から提げ、ライトつきヘルメットを被っている。
「ねえ克樹、あんた、その荷物は何なの?」
「ああ、せっかく久しぶりに森に入るからね。深夜に活動する動物を観察したくて」
「あ、そう……」
私は腰に手を当てて、大きなため息をついた。
「よし、メンツは揃ったな! じゃあ、行くか!」
そう言うと、健太は先だって森林に立ち入った。
「え、本気なの!? あたし虫除け持ってきてないんだけど! 森の周りをちょっと見ていくだけかと……」
「甘かったね、美穂」
私は美穂の肩に手を遣り、軽く揺すってやった。
「健太のやることだもの、そのぐらい覚悟しなくちゃね」
言いながら、虫除けスプレーを差し出す。
「ああ、サンキュー、沙羅」
「おーい、早く来いよ!」
僅かに反響して、健太の声が聞こえてくる。
「二人共、早く行かないと!」
克樹までもが急かしてくる。
「はいはい、分かりましたよ」
美穂から虫除けスプレーを受け取りながら、私は答えた。
いざ森の中に入ると、気温がぐっと下がったように感じられた。やはり真夏とはいえ、昼間の照り返しがなかった分、空気も地面もひんやりしている。光源は、各々が持った懐中電灯。克樹の場合はヘッドライトだったけれど。
私は健太に問うた。
「で、どうやって探すの? 見つけたらどうするの?」
「とにかく問い詰めるさ。何か怪しいぞ、ってな」
すると、克樹が声を上げた。
「あっ、もしかして!」
「きゃっ! 驚かすんじゃないわよ、克樹!」
「ごめん、美穂さん。でも、このあたりには伝説があってね……」
稀ではあるが、克樹はオカルトに傾倒する時がある。まさかと思ったら、そのまさかだった。
「このあたりに、大昔に隕石が落ちた、っていう伝説があるんだ。もしかしたら、宇宙人に関わりがあるのかも!」
「そんなこと、あるわけないわよ!」
「どうして言い切れるんだい、美穂さん? 否定するなら証拠を見せてよ!」
「はいはいそこまでーーー!」
理論武装には事欠かない克樹。そんな彼に議論をふっかけたのは、美穂の過ちだ。克樹は気が弱いながらも、気の置けない仲の人間(私たちのような)が相手であれば、いくらでも論述で戦える。
「そのへんで諦めなよ、美穂。私たちぐらいの頭じゃ、克樹には勝てないって」
「う」
短い呻き声を上げて、黙り込む美穂。
ちょうどその時だった。
「シッ!」
健太が振り返り、静かにするようサインを出した。私は健太のそばに駆け寄り、『何なのよ?』と語りかけた。
「何かいるぞ」
「何かって? ただの動物じゃないの?」
「いや……」
否定の根拠も示すことなく、黙り込む健太。私も彼と同じ方を見つめた。
何かがチカチカと光っている。そして、それが蠢いている。大きさは、体高が人間の胸と同じくらい。胴体の長さは分からない。
木々の隙間からなのでよく見えないが、数体はいるようだ。そして、地球の生物とは思えない。
「皆、ライトを消せ!」
小声で呼びかける健太。私も後方の二人も、慌てて光源を切る。
その時、ギシリ、と硬質な何かが擦れ合う音がした。横合いからだ。
私は興味半分、怖さ半分でそちらを覗き込んだ。スシャッ、という鋭い空気の『ズレ』が鼓膜を打つ。
一体、何?
まさに次の瞬間、私の身体があった場所に、怪物が飛び込んできた。
「くっ!」
私が、自分が何者かに突き飛ばされたことを察するのに数秒間を要した。しかしその頃には、他三人も後方へと放り投げられるところだった。
「うお!」
「うわ!」
「きゃあ!」
そんな悲鳴が交錯する中、私は見た。
「輝流……くん?」
そこにいたのは、誰あろう輝流渉だった。学校にいたのと同じ服装をしている。そして、謎の怪物三、四体と格闘戦を繰り広げていた。
怪物は、ひとまず輝流を先に倒そうと考えたらしい。だが、輝流は徒手空拳の姿勢のまま。
輝流くん、と叫ぼうとして慌てて口を塞ぐ。
しばしの沈黙の後、怪物がキシッ! という鋭い音を立てて輝流に跳びかかった。背後にいた一体だ。しかし、輝流はこれを軽々と跳躍して回避。怪物の輪から逃れた。
その頃になって、ようやく私は怪物の大まかな姿を捉えた。
色は真っ黒で艶がある。それに、昆虫のように六本の足がある。しかし、歩行に使うのは中足と後ろ足だけ。上半身は垂直に持ち上げられるようになっていて、前足を振り回している。
重厚なカマキリだと言えばそうかもしれないが、前進は鱗のようなもので覆われている。光を発していたのは、頭部にある三つの眼球だった。
「皆、伏せて!」
輝流が叫ぶ。それと同時に、軽い跳躍から強烈な回し蹴りが怪物にヒット。上半身が消し飛び、黒とも紺ともつかない暗い色の血液が飛び散った。残り三体。
直後、別な怪物も跳びかかり、輝流の上方から迫る。しかし、輝流はその鎌状の攻撃部分の関節を呆気なく素手で捉えた。そのまま強引に引っ張り込み、鎌をもぎ取る。
「はっ!」
その怪物は蹴り飛ばされ、後続の二体を巻きみ、倒れこんだ。
「喰らえ!」
すると私たちの頭上を掠めるように、熱い波動のようなものが発せられた。僅かな視界から見えたのは、真っ青な炎だ。鮮やかに木々の間を照らし、怪物はあっという間に灰となる。
それを確認するのに、輝流はしばし、その場で周囲を見回した。
そして、息をつく間もなく私たちの方へやって来た。
「怪我人は? 皆無事かい?」
私たちは各々顔を上げることで、無事を示した。私も含め、皆がポカンとしていたと思う。
輝流はそれを見ただけで、『ああ、よかった』と一言。
「お、おい、今のは一体――」
「説明は後だ、健太くん。悪いけど、今見たことは記憶から消させてもらうよ。美穂さん、克樹くん。それに沙羅さんもね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます