花憑少女

水面 匣市

第1章 梅

第1話

雪は溶け始め、春を思わす暖かい陽が少女達を包み込んでいた。

「…でもカーナビは淡々と案内するわけ『道なりです。』霧の中、運転手は突然嫌な予感がして車を止めたわけ、それで運転手が前方をよおく目を凝らして見ると、目前はガードレールがない断崖絶壁、あと数センチブレーキが遅かったら…運転手はゾッと嫌な汗が吹き出した。すると、カーナビから女の声で………あれ?…なんだっけ?」

しかし、その女学生達は季節の移ろいを感じるよりも季節外れの怪談に興じていた。黒髪を後ろで結った少女が呆れたように言う。

「登紀江…」

「『あと少しだったのに…』でしょ、その怪談で1番大事なことを忘れたの?」

「そーそーそれだよミッチー!ね、怖くないー!?」

「オチを私が言ったのに怖がってるわけないじゃない」

学生のじゃれあいの一貫だがミッチーこと道子はいつもどうり、突き放したようにクールに言い放っていた。

「えーでも、真琴は怖がってる見たいだよ。ほら震え上がって声も出なかったみたい」

2人の少し後ろをトボトボと歩きながら、上の空だったわたしは不意に話を振られ、狼狽した。

…ヤバい、半分ぐらい聞いてなかった。

「あー確かに…怖い…かも?」

わたしは気を張って笑顔で応えようとした。多分熱演で話してくれた登紀江に悪いという気持ちも少しはあるし(オチを忘れていたが)何より余計な心配をされたくないからだ。

そんなわたしと登紀江の話の間に道子が割って入る。

「大体幽霊なんて信じられないわ。人がが死んで幽霊になるっていうなら、例えばミジンコも幽霊になるんじゃない?そこらの水溜りはミジンコの幽霊ばっかりになるんじゃない?ミジンコも祟るのかしら?」

道子の言っていることもそれはそれでおかしいような気がするが登紀江は少し否定されるような事を言われてムキになっているようだった。

「まぁ確かにミジンコの祟りなんて聞いたことはないね。でも桜の幽霊の話なら友達から有力な情報があるわよ!」

「桜の幽霊?」

道子の変化の少ない顔でも怪訝そうになったのがわかった。

というか情報ってなんなのよ。

登紀江は胸を張って駅への大通りの桜並木を指差して続けた。春が近づいているとはいえ、桜は花はおろか蕾も膨らんでおらず、静かにたたずんでいた。

「そ、そこに生えてるやつよ。」

「昔、保健の先生にいたでしょあのスタイルのいい美人な先生。」

「ああ、加地先生ね。」

「そうそう加地先生。ちょうどこの並木道であった話なんだけど」

登紀江は再び熱が入ったようで、両手を広げて言った。

「この道に満開の桜が咲いたある春の日部活で遅くなった女子生徒がこの桜並木を通ってたのね。

その女子生徒はあんなに昼間は綺麗なはずの桜が夜になるとっても不気味に感じたんだって。

それでもここを通らなきゃ寮には帰れないから、女子生徒は足早で通り過ぎようとした、すると前から白いジャケットを羽織った女の人がやって来た。

その白いジャケットが闇夜にぼうっと浮かんで見えて、女子生徒にはなんだかこの世のものではないような感じに思えてしょうがなかった。

彼女は急いで通り過ぎようと思ったんだけどなんとなく、向こうからやってくるジャケットの女の人の顔をすれ違いざまにチラッと見た…すると…どうなったと思う?」

「さぁ……口裂けが耳まで裂けてたとか?」

「違う違う!言ったでしょ桜の幽霊って!その女の人の顔にはね…満開の桜が咲いてたのよ!」

「桜…?なにそれ。散った桜の花弁が髪に付いていたとかじゃなく?」

「そう!まるで顔面に花束にみたいにたくさん桜の花が!顔が見えないぐらいに満開の見事な桜が咲いていたのよ。女性の顔に!これは桜の妖怪に取り憑かれたとみて間違えないわね!」

幽霊なのか妖怪なのかはっきりしないなぁ。

「ふーん。それでどうなったの?」

「女の人は軽く女学生に微笑んで通り過ぎていったらしいわ。あっちの寺がある方に!」

「それだけ?その女学生が桜の妖怪にバラバラにされて桜の樹の下に埋められたぐらいに膨らみそうなものだけど。そういえばそれと加地先生とどう関係してくるの?」

「ああ、忘れてた。」

登紀江はあっけらかんと答える。

「なんでも、その女学生にはその白いジャケットに見覚えがあったのよ。女学生はあとからあることを思い出したんですって。保健室の清掃を行っていた時にその時の養護教諭だった加地先生が同じ白いジャケットを着ているのを見たらしいのよ。加地先生とそのことを話してたから、よく覚えてたんですって」

「ふーん、眉唾物ね。」

道子は特に興味なさそうに答える。

「リアリティあるでしょう?怪談の舞台がこーんな近くにあるなんて!ちょっとは怖い?これからは花の幽霊にも気をつけた方がいいわよ。」

「まぁ少しは楽しめたわ」

わたしは道子の顔色を伺うように眺めていた。

「じゃあお花屋さんは怨念でいっぱいね。それにそんなの祟りなんて一々気にしてたら足元の蟻も踏まないようにしなきゃならないじゃない。」

道子の考えていることは昔から読めない。表情も仮面を被ったように変わらない。あんなことがあったのに今日も一緒に帰りましょうってわたしに言ってくるし、気にしているのはわたしだけでまるでわたしのことはまるで眼中にないのかもしれない。



「あ、じゃあ私帰りこっちだから」

登紀江は横断歩道が青のうちに渡ろうとわたしたち2人を残して登紀江は別の方向に駆けようとした。

「じゃね。ミッチー」

「またね」

「バイバイ!真琴」

「なんかごめんね。わたしが一緒に帰ろって言ったのに、話をあんまり聞いてあげれなくて…」

「いいのいいの!どうせ大した話じゃないんだし!明日は真琴も飛んで叫ぶぐらい怖いの聞かせてあげる!じゃーね!」

登紀子は軽くわたしの背中を叩くと点滅する青信号の横断歩道に飛び込んでいった。

手を時子に振りながら道子はわたしに話しかける。

「幽霊だって。」

「真琴は信じる?」

「…わたしはちょっと信じちゃうかもな」

道子は私の方に振り向き言う、その白い雪のような肌、大きくは無いが切れ長で存在感のある目が私の中まで見据えられているような気がした。

「真琴こそ、幽霊みたいよ」

わたしは道子の言葉で突然刺されたようだった。

「元気ないじゃない。」

道子は髪をかきあげながらいった。

「先輩からまだ返信がないの?」

「…うん…まだ」

私はおずおずと言葉を紡ぐ

「そう…」

「まぁこんなこと言う資格は無いかもしれないけど、あまり気を揉み過ぎないようにね」


その後の別れるまでの時間はなんだか何倍にも感じ結局道子とはぎこちない会話をしてただただ時間を引き伸ばすばかりだった。その間、結局わたしは道子の顔を別れるまで見ることが出来なかった。一体わたしは前まで道子とどうやって話をしていたのだろうか?

帰宅後、重苦しい気持ちで夕飯と風呂を済ま部屋に戻る。

まるでわたしは心に石でも抱えたような気持ちだった。溜息をつきながらスマホの画面のメッセージアプリを覗く、返信はまだない。わたしは居ても立っても居られずに先輩にもう1回メッセージを打とうかとメッセージ欄に[おつかれ様で] と打ち込んだが全て削除した。もうすでに5件ほど既読の付いてないメッセージを送っている。向こうも引っ越しで忙しいのかもしれないし、もしかしたら携帯が壊れてしまったのかもしれない。携帯のデータを無くしてしまったのかもしれない。あんまりしつこいと嫌われて、返信をする気をなくすかもしれない。わたしには向こうの返信を待つしか無かった。

大丈夫、まだ予想どうりだ。2週間ないんだ今こんな時間になくても当然だ。大丈夫。

1時間後、わたしは気を紛らわせる為に雑誌を読んでいたがなんだか頭の中で文字はバラバラになってしまったようで全く入って来ない。肝心のスマホは音量最大にしているのにうんともすんとも言わない。

無駄な雑誌を閉じ、勉強でもしてみようかと教科書を開く。

しかし、捗らない。まるで集中できない。そんなことはわかっていたが全然頭に入ってこない。スマホの画面を覗く。先輩に電話も3回ほどかけたが、電話には誰もでず、おずおずと慣れない留守電に連絡が欲しいとメッセージを入れたがもちろん音信は1回も来ていない。わたしは落ち込む心を慰めるためにまるで最初からそれが目的だったようにSNSを開く。しかし何も思いつかない。何の気なしに自身の投稿を少し戻ってみた。

○月○日

引っ越しても一緒にいられる様にお揃いのストラップを買ったよ!

写真にはストラップを掲げて笑顔の先輩とわたしが無邪気に笑っていた。

わたしは大きなため息をついてそのまま散らかったベッドに飛び込む。

「何が『今はスマホがあれば世界中どこに行ったって変わらず連絡が取れるから』よ、なんだか余計に遠く感じるじゃん」

先輩にはマメに連絡や返事をくれる人だ。そう、くれる人だったはずだ。

飛び込んだ先に何か硬いものが当たりそれを手探りで手に取るそれはベッド上には片付け忘れたカバンがだった。

わたしはあまりカバンに物をつけるのはジャラジャラして好きじゃないがこれだけは付けておこうと決めた2つのストラップが付いている。先輩との引っ越しの時に買ったキャラクターのストラップと道子と初めて出かけた日に帰りに買った花の形をしたMakotoと彫り込んであるストラップだ。

わたしはカバンを持ち上げ、カバンを降るとその2つのストラップは空中でゆらゆら揺れた。

「2人とももうとっくに外して捨ててたりして。」

ありえるなぁ…特に道子

「あーあいいことないなぁ」

虚しい独り言はひとりの部屋に吸い込まれていく。

わたしはカバンを机に放り投げた

「そんなことしたらわたしのストラップが絶対に祟ってやるんだから」

そうまるで花の幽霊みたいに

わたしは祟るという言葉で登紀江の今日の何気ない会話を思い出した。桜の幽霊、保健室の養護教諭に憑いた桜の木の話だ。

なんで桜の花は取り憑いたんだろ。桜の枝でも折ったのかしら。

そんなことをぼんやり考えていた。目を瞑って1日の疲れにぼんやりと身を任せていると空中にふわふわと浮き上がっていくような心地よい気持ちになった。

どうやらわたしはそのまま寝落ちしてしまったらしい。わたしは夢をみてるんだ。そのことがはっきりとわかった。こんなことは初めてだった。所謂明晰夢という奴だろうか。そもそも夢はあまりみない方だ。昔はおばあちゃんの家の庭にあった古井戸が怖くてよく古井戸に落ちる夢をよくみたが、最近は朝まで夢は見なくてぐっすりだった。夢の中で目の前は乳白色の靄か霧の様なものがただ続いていて。そこから動けない。いや、何故だかわたしも動こうとはしなかった。そこでわたしはただ前を向いて変な夢だなあっとぼうっとしていた。

すると何処からか声が聞こえていた。

(かわいそうに)

それは妙な声だった。まるで耳元で囁かれている様だがはるか遠くから呼びかけられている様でもあった。

(無視されるなんてかわいそうに)

謎の声は意地悪そうに答えた。

その声はどこかで聞いたことがあるような気がした。その声は道子の声に似てる。だが声の主は道子ではないことは何故だかはっきりとわかった。何かが道子の声を借りて話しかけているような感じだ。声は私をからかってる様な様子で不思議と恐怖は感じなかった。むしろわたしは夢の中とは言え何処のどいつかわからない声にムカついて応える。

「何処の誰だか知らないけど、感じ悪いわね。向こうにも色々あるのかもしれないじゃない」

(忘れられちゃってかわいそうに)

その声次第に登紀江の声に変わっていた。

わたしの声には答えず、声はクスクス笑った。

(みんな離れたらすぐに忘れられちゃうよ。約束も思い出も。)

謎の声の声色はまた変わるこれはわたしの声だ。

(先輩に会いたい?)

「……それは」

(会いたい?)

「…仕方ないじゃんわたし達はまだまだ子供だし。行きたいところに行けるわけじゃないし、居たい人とずっと一緒に居れるわけじゃない。」

(会いたいんだね?)

声は突然少し語気を強め、脅すように言う。

(会いたいなら会うべきだ。今すぐに)

声はまた声色が変わる。

この声は先輩のだ。

「わたしは……ただ…」

(会えるよ。きっと)

「わたしは…」


わたしは夢の中で瞬間的に何かを言おうとした。しかしその思いは言葉になる前にその夢から覚めていくことがわかった。ああ、変な夢だった。あんまりにも先輩のことを気にしすぎて変な夢を見てしまった。ベッドの上で目を閉じ、大きくため息をつく。伸びをして私はベッドの上で目を開ける。しかしわたしはその夢のことを考えるよりも起きた部屋に違和感じずにはいられなかった。いつもの部屋なのにどうもおかしい何がおかしい。もしかしてもはとっくに朝で寝過ごしたのか?と思い壁の時計をみる時刻は寝落ちてから30分ほどだ。違和感はそこではないようだ。その時計も何がおかしい。とにかくしっくりこない。部屋の何かがおかしいのだ。いや、おかしいのは部屋じゃない。考えようとしても身体がフワフワというかフラフラしてよくわからない。とにかく、何か大変なことが起きている予感がし、わたしはその違和感を確かめようとベッドの上から急いで起き上がろうとした。しかし床に置こうとした足は見事に空振り、わたしの体は大きく前方に倒れた。

やば、踏み損ねた?

あれ?部屋のベッドそんなに高かったっけ?

大きく転ぶ様に倒れたわたしの体はでんぐり返しをするように180度傾き再び目の前に天井が現れたとき。

わたしは違和感の正体にやっと気がついた。

わたしの足は踏み損ねた訳ではなく空振ったのだ。

わたしは宙に浮いていたのだ。

まだ夢を見ているのだろうか。そしてそのままわたしはまるで団扇に吹かれて浮かぶ羽毛みたいに天井に浮かび上がり天井が自分に迫ってきた。

夢じゃないわ、これ。

そのままあたしはどうすることもできなく天井に頭をぶつける。

頭をぶつけたところに蛍光灯が無くて幸いだったがわたしの頭はゴンと鈍い音を立てて天井に打ち付ける。すると私の視界は目を回した様に一瞬反転した。わたしは逆さ吊りにされて内臓がひっくり返された様な気分になった。わたしはどうやらそのまま叩き落とされたハエの様に浮力を失い、下のベッドに落ちた。落ちた先がベッドで落ちたのがお尻からだったからか落ちても大怪我にはならなかったが。頭とお尻を強く打ち付けたのだ。

「イッッッタ!」

何が何だかわからないまま。たんこぶになりそうなぐらい打ち付けた頭の痛みに思わず手で抑えた。

「いたあ!もうほんとになあんにもツイてないなあ!まっったく!」

………………っていうか今浮かなかった…?

痛みが引いてきたわたしは今自分に起きたことを、反芻した。しかしわたしには受け入れられず

寝ボケてベッドから落ちたのを勘違いしたのかなあ?そんなことを思いながら

頭を打ち付けたところを触るとなにかができている。

たんこぶになっちゃったかな?

しかしそのデキモノには痛みがない。

かといって髪の毛の手触りではない、薄く湿った様な不思議な感じだ。

ベッドのサイドテーブルの鏡を手を取りデキモノを見てみる。

それは小さなピンク色の花だった。

花…?

どこからか、散った花を髪につけてしまったのか?

わたしは思わずその花を取ろうと手を伸ばす。

おかしい。お風呂にも入って、頭も洗ったし、部屋に花はない。それに何より今は咲いている花はほとんどないはずだ。

わたしはその花を取ろうとしたが手がぐっと離れない。頭から花が離れないのだ。

いや、

私の頭から生えているんだ。

この花は。


わたしの頭は次々と起こる出来事になんとかついていこうとした。フル回転している。

道子

先輩からの連絡

変な夢の声

浮かぶ体

頭から生える花


あたしはきっとストレスでどこかおかしくなってしまったのだろう。

それもこれも先輩が連絡をくれないから悪いんだ。

そう思うとあたしはまた無性に何もかもに腹が立った

「なんなのよ!もう!」

そう口から怒り言葉になって出ると同時に、目の前の非現実を否定する様に掴んだ頭の小さな花を引きちぎった。

自分の頭と繋がっていたことは確かだか不思議と痛みはなくまるで痛覚のないカサブタを剥がした様な感じだった。

わたしは自身のわけのわからないものに対してとっさにとった行動を後悔しながら引きちぎったものをつかんでいるはずの手を恐る恐る広げる。

しかしその手にはなにも入っていなかった。

わたしは今日の登紀江の話が頭によぎる。

わたしは受け止める事ができずそのまま放心状態のままただ呆然と机の椅子に座ることしか出来なかった。

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