第3話

 共同生活一日目。

 早朝に皆と朝食を取ったのち、帰省する隊員たちを見送る。

 その際、エドウィン大尉へ向かって隊員たちが、「頑張ってください…!」だの「ご健闘をお祈りいたします!!」などと言いながら敬礼しており、何故か言われた当の本人は顔を真っ赤にして憤慨していた。まあ、部隊員が隊長をからかうのはいつものことではある。そんな光景を微笑ましく見守りつつ、私は任された宿舎の管理方法について反芻していた。


「お、おい……」

「大尉殿」

 隊員たちを見送り終わると、大尉殿がこちらへツカツカ歩み寄ってくる――が、どうも様子がおかしい。


「……大尉殿、やはりお疲れなのでは――」

「ま、まあそれもあるが……」


 そう。彼はこういう人なのだ。高圧的な見た目に加え、尊大な態度で周囲と接するため、私を含め周囲の人間から誤解をされがちだが、彼の行動をよく見ていると――常に、部下のことを思って行動しているのが見て取れる。現に、彼が取り仕切っている第一部隊においては死者の数は一人も出ていない。他の鉄道警備部隊の中には、部隊員ほぼ全てを失った隊もあるというのに――。

 補給部隊とは言え、任務を侮ってはならない。どんなに逞しい軍人であろうと、補給がなければ満足に戦闘すらできなくなるのだ。即ち我らは軍の要であり、当然ながら要である我等は共和国の格好の標的となった。激しい攻撃の中、物資を守りながら隊員も守り抜くという偉業を、彼はやってのけたのだ。私はそんな彼を尊敬している。


 しかし、今の彼はなんだ?いつもの尊大な態度はどこへやら――顔は赤く、その上視線は気まずそうに泳いでいる。


「申し訳ございません、アルスター大尉。却って私にお気遣いいだだくような形となってしまい――」

「いや、それはいいんだ。どうせ私も、今年中に処理したかった書類があるしな」


 君の手が空いたらこちらも手伝ってくれ、と言われ了承すると、


 ――え、何ですか、その笑顔は!?


 おおよそ今までの彼の態度に似つかわしくない邪気を感じられぬ笑みを向けられ、図らずも心音が早まる。


「リディア・イーリス少尉殿――短い期間ではあるが、これからよろしく頼む」



 *  *  *


 共同生活二日目。


 一日目は特に大きな問題もなく過ごすごとができた。宿舎の掃除、戸締り――それから彼の書類の手伝いなどを少しして、一日はあっという間に過ぎていった。しかし今日の朝からは、厨房の料理人も休暇を取っている。即ち、料理を作るのは私だ。幸い作る量は二人分で良いそうだが。


 パンと、ベーコンエッグ、サラダとデザートのフルーツ盛り合わせ――それから…確か、大尉殿は紅茶派だったはずよね。


 しかし、定刻を過ぎても大尉は現れなかった。


 ――やっぱり、お疲れなのだわ。


 長い戦火を切り抜けたのだ。大尉と言えど、多少気が抜けてしまってもおかしくはないだろう。

 私は、彼の部屋に朝食を持って行くことにした。



 大尉の部屋の扉を叩くと、部屋の中から「誰だ」という少々不機嫌そうな声が返ってくる。


「おはようございます、大尉殿!リディア・イーリス少尉であります!お食事を持ってまいりました!」


 ――ドンッ!ドタドタ!ガッシャーン!!!――


 元気よく返事をすると、部屋の中から何やら不穏な音が聞こえた。


「た、大尉殿!?無事でありますか!?」

「痛っ……いや無事だ!ちょ、ちょっと待て!」


 焦ったような返答から数刻、慌てて着替えた様子の大尉がドアから姿を現した。

 寝癖もそのままだ。


「す、すまない――いつもは隊員たちの気配で目が覚めるんだが、」

「いえ、問題ありません。終戦直後ですもの!大尉殿もこれを食べて、ゆっくり休んでくださいね」


 そう言いながら朝食の乗ったプレートを渡すと、エドゥイン大尉は料理をまじまじと見つめ、真顔になった。


「――ん?なんだ、いつものメニューと……」

「ああ、今日の朝食は私が作りました!」

「は!?!?!?!どうりで美味し……い、いや、何故?厨房係は――」

「厨房係は今日から休みだとお聞きしましたよ?」

「え――誰から聞いたんだ、それは」


 ルイス・アロンドラ中尉にですが――そう答えると、彼はみるみるうちに渋い顔になった。


「あいつ――おのれ、してやられた………。すまない、君に負担を強いるような真似をしてしまって。至急、本部に連絡を取って…」

「いえ、問題ありません。作るのは大尉と私の二人分で良いと言われましたので」

「………………。ますます奴の思う壺じゃないか………」


 唸るような声を上げ、盛大に溜息をついた大尉殿の顔色を窺っていると、「あ」と彼がこちらを見た。


「そういえば、君……朝食はもう食べたのか?」

「いえ、まだですが」

「ならば君の朝食もここに持ってこい。その……良かったら、こちらで一緒に食べよう」


 大尉殿の指さす先を見ると、手ごろな大きさのティーテーブルがある。

 予想外の誘いに若干困惑していると、「一人で食べるのは味気ないんだ」という声が降ってきた。


「わかりました、では私の分もこちらに持ってまいりますね。少々お待たせしてしまうかもしれませんが――」

「いや、気にしなくていい。……それよりも、今度から食事を作るときは私も呼んでくれ。手伝うから」

「え!?た、大尉殿がですか?」

「な、なんだ…悪いか?私だって料理くらいは多少できるぞ。昔、野営で習ったんだ」

「し、しかし――」

「……私がやりたいと言っているのだ。何故君が遠慮する必要性がある?」


 ……結局、この日からアルスター大尉も食事作りに参加する決まりができたのであった。

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