第2話

 ――いったい、どういう風の吹き回しなのかしら。


 リディア・イーリスは首をかしげていた。

 隊長の有無を言わせぬ返答に、つい押されるような形で承諾してしまったが――些か腑に落ちない。

 まあ、恐らくあのお人よしの隊長のことだろう。これも、彼なりの気遣いの一環なのかもしれない。


 大学在学中、ゴルド共和国の進軍によって実家への帰省が絶望的になったとき、私は一刻も早くこの戦争の終結を願った。しかし、戦況は日に日に悪化していくばかり。しまいには両親との連絡も取りづらくなる始末。

 そんなとき目に飛び込んできた『鉄道警備隊隊員募集!』というポスターが私の運命を決めた。

 魔術を学びつつ、軍入隊のための学業も修め――ついに、大学卒業と同時に鉄道警備隊への入隊が決定したのである。


 第一部隊への配属当初、私の懸念とは裏腹に、所属していた人間は皆良い人ばかりで直ぐに馴染むことができたのだが――あの、エドウィン・アルスター大尉殿に慣れるのには随分と時間がかかった。まあ、今となっては、彼のあの尊大な言い回しも、自信過剰な態度も、隊員たちへの照れ隠しのようなものなのだろうと思えるのだけれど。


 ――ともかく、明日から頑張らなくちゃ!


 そんな、短い共同生活への決意を胸に、私は早めに就寝したのであった。


 *  *  *


「やあ~エドウィン君」

「げ」

「おいおい、友人にその態度はないんじゃない?」

「貴殿を友人だと思ったことなど一度もないわ!」

「なんだよ、相変わらず素直じゃないねえ」


 目の前でニヤニヤと不快な笑顔を浮かべている男、ルイス・アロンドラ中尉。

 参謀部に身を置く魔術師で――まことに遺憾ながら我が幼馴染である。ちなみに現大公の弟の息子だ。

 だいたいこいつが絡むと碌なことが起きない。私は即刻踵を返し、自室に避難することにした。


「あ、ちょっと!逃げないでくれよ!」

「逃げてなどいない!戦略的撤退だ!!」

「ええ~?……ま、いいや。それよりも、なんか面白いことになってるみたいだね」

「……何がだ」

「彼女のことだよ。彼女――リディア・イーリス」

「は!?彼女がどうしたというんだ!」


 まさか奴から彼女の名前が出てくるとは思わなかった。

 よもやその陰湿な毒牙を彼女にまで向けようとは――これは、全力で阻止せねばならない。

 勢いよく彼に詰め寄ると、奴の紫色の瞳が面白そうに細められる。


「お!やっぱり彼女のこととなると食いつきがいいねえ!初恋アンド片思い中の男はこれだから――」

「だ・ま・れ!」


 やはり碌なことがない。私が彼女のことを慕っていると何故かバレて以降、コイツは事あるごとに私をからかってくるのだ。

 君ほどわかりやすい奴なんていないよ~!などと腹の立つニヤケ顔で言われたが、そんなはずがあるか!!


「いやあ、黙ってられないよ!だって、君ったら…彼女と二人で年越しするんだろ?」

「――は?ま、まあそうなるな」


 コイツの野次馬根性にはもはや頭が下がる思いだ。恐ろしさすら感じる。

 屈辱的なことに、昔っからこの男にはしょっちゅう振り回され泣きを見てきた身だ。

 今は、あの傍若無人っぷりは表面上は鳴りを潜めた――ように思えるが、別の意味で悪質性が増している気がする。

 そんな男のやたら機嫌のよい様子に戦々恐々としていると、案の定奴はとんでもない言葉を吐いた。


「君の愛を打ち明けるチャンスじゃないか」

「…………………」

「君の、愛を打ち明けるチャンス、じゃないか…!」

「二度も言わんでよろしい!!!!!!」

「大事なことなので二回言いました」


 べ、別にそういう下心があった訳ではない!

 ただ――終戦直後で浮かれた連中の真っ只中に、家族と未だ再会すらできぬ彼女を置き去りにするのは…なんとなく、気が引けただけだ。


「そんな大チャンス到来のエドウィン君に朗報です!」

「やめろ、嫌な予感しかしない」

「じゃーん!ルイス・アロンドラ特製!恋のお守りを君にプレゼントー!!」


 拒否する私を全力で無視し、妙な――ロザリオのようなものを押し付けられた。


「いらん」

「おおっと、即答だね!」

「捨てろ」

「嫌だね!君が受け取ってくれないなら、私から彼女に君のある事ない事――」

「やめろ!!!」


 コイツならやりかねない。ひったくるようにして、その妙ちくりんなロザリオを受け取ると、奴はにやりと笑った。


「お、まいどあり~!」

「はあ…受け取ったのだから、彼女に妙なことはするなよ」

「当たり前でしょ?何せ私は君の恋のキューピット役を仰せつかっているのだからね!」


 恋の成就どころか破滅の予感しかしないのだが。

 暫く厳重に保管したのち、コイツに悟られぬよう機を見て捨てよう。うん、絶対に捨てよう。


「じゃ、頑張ってね~友人殿!」

「二度と私の前に現れるな!!!!!」


 怒鳴りつける私を全く関知せず、ヘラヘラ笑いながら去っていく幼馴染を見て、私は盛大に溜息をついたのであった。

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