第5話 さあ、私たちはモノに悩まされ続けてきた。そして、これからも悩まされ続ける。

 「ねえ、カケル・・・どうしたのよ。これ。」

「・・・ごめん。けい・・・。」

「ちょっと、あんた自分が何してるか分かってるの?このままじゃ・・・。」


二時間前

 「カケル、最近元気ないけど大丈夫?」

「あははは、大丈夫ブイブイ。」

「・・・大丈夫じゃないね。その無理な笑顔でごまかすの、やめなよ。何があったの?先月の記事だと、結婚がかかってるってあるけど?」

「・・・もう、片付けても無理かもしれない。」

「え?」

「政春さんのお母様からきたタンス、全然物が入らないの。でも、大きいからスペースはとるの。うまくやらなきゃっていう、ストレスもあって・・・政春さんが出張中にまた、汚部屋に戻っちゃったの。帰ってきてそれを見た、政春さんと喧嘩したの。その時言われたの。」

『きったない部屋。よく住めるよな。』

「・・・また、言われちゃった。また、うまくできなかった。」

「まだ、終わったわけじゃないでしょ。要は片付ければ・・・。」

「私、保てなかったんだよ。また、きっと元にすぐに戻っちゃうよ。一昨日、喧嘩して以来、政春さん、家に帰ってこないの。実家に泊まるからって。」

「帰るよ、カケル。」

「え・・・。」

 けいはすぐに、私の手を引いて編集長の下へ向かった。

「葉山編集長、安住と久木、早退します。」

「え、ちょっと、けいってば・・・。」

「はいはい、また明日~。」

「編集長も・・・そんな簡単にいいんですか?」

編集長がきりっと、こちらをにらんだ。

「久木の一大事よ。あんた、ここで動かなかったらこの記事たちは無駄だったことになるわ。あんたには黙ってたけど、これ、毎月の雑誌のコメント投稿で一番反響があるのよ。先月なんて、コメントが全部あんたを心配してたのよ。そんな読者や私たちを裏切るの?久木、動かなきゃだめよ。さ、帰った帰った。」


現在

 逃げるように家に帰ってきた。そして、扉を開けたけいが目にしたのは、タンス二つと床に散乱するものものもの。スペースなんて、人がやっと通れるほどしかない。

「ねえ、カケル・・・そうしたのよ。これ。」

「・・・ごめん、けい。」

「ちょっと、あんた自分が何してるか分かってるの?このままじゃ・・・。」

「・・・ごめん。ごめん。」

「・・・私こそ、ごめん。強く言い過ぎた。ねえ、カケル編集長も言ったけど逃げちゃだめだよ。確かに、政春さんもひどい言い方だけど、この部屋、ひどいから片付けるしかないの。」

「でも、このタンスどうしたら・・・。」

「姑の嫌がらせなんて屈するんじゃないよ。カケルはこの五か月でいろんな人からアドバイスもらったでしょ。みんなから助言はもらったけど、実行したのはカケルなんだよ。自分一人でできたんだよ。」

カケルは急におかしくなって笑った。片付けでこんなに人からエールをもらうことなんて、きっと私くらいなものだろう。きっと、世界でたった一人。たったひとり・・・。

「カケル、大丈夫なんか急に笑い出したと思ったら、真顔になって黙るし、怖いよ。」

「ねえ、私勘違いしてたんだ。」

「え?」

「政春さんのお母様は、『活用してください』って私にメッセージを書いたんだよ。」

「それがそうかしたの?要は使えってことでしょ。でもこのマンションには大きすぎだよね。」

「そう、だから私も最初は二世帯住宅でも立てろっていう高度な嫌がらせかと思ったんだけど。」

「めちゃくちゃ伝わりづらい嫌がらせ。それは被害妄想!!」

「でも、違うの。確かに私たちみたいな人は世界でたった一人だけど、モノは変えられるのよ。代用が利くのよ。この桐のタンスじゃなくたっていいの。」

「え、ちょっとカケルあんた何考えてるの・・・。」

「これはいらない物なの。でも、活用するのよ。現代の錬金術でね。」



 私の目の前には今、政春さんのお母様がいる。あのタンスの答えを告げようということで、政春さんの実家近くの喫茶店へ来て頂いた。

「カケルさんの記事、最終回見ました。お見事でしたね。」

「ありがとうございます。お母様は私の片付ける力を試したんですか。」

「ええ。ちょっとからかってみたかったの。政春の選んだあなたならできると思ったけどね。で、記事にはタンスを売ったってあるけど、具体的にどうしたの?」

 目がキラキラと好奇心旺盛な少女のようだ。私を試すためなんて、やっぱり政春さんの同様に森山家の人々はどこか意地悪だ。

「あのタンスは古いものでした。おそらく二つ合わせて十万円くらいの値段があるかなと思ったんです。でも、その値段じゃ売れない。私は二つで五万円で売りました。最近のフリマアプリなら、必ず人の目にはつくと思ったんです。」

「思惑通り、タンスはお金に変わった。活用できたのね。」

「その言葉を信じて売ってしまったんですが、お母様はよかったんですか?」

「いいのよ。私が持ってきたあれは、私が処分にずっと困っていたもの。私の姑からお祝いでもらったの。でも、一度も使わなかった。私には使いこなせなかった。本当に、あの記事の通り、私たちはモノに悩まされ続けてきたのね。」

「でも、もう大丈夫ですよ。お母様はあのタンスを手放すことができました。」

「そうね、何度でもきれいにしましょう。あ、そういえば政春を許してやってね。私が作戦を話しちゃって、あの子下手な演技してあなたを傷つけたんでしょ。悪気があったわけじゃないのだけれど、どうも昔から意地悪なのよ。」

「お母様は似て?」

「ふふ、そうかもね。」

「このタンス代はお母様へお返しします。」

「違うわ。活用するのよ。」

「え?」

「これは私から結婚式の費用として・・・あなた達にあげる。」

「お母様・・・。」

「ま、式代の残りもお父さんが出してくれるわよ。」

 そう言って二人で笑った。



拝啓

 読者の皆々様、連載ですが今回が最後となります。私が見たり聞いたり得てきた片付けテクニックは皆様の役に立っているでしょうか?私はこの連載を通して、たくさんの人に助けられていることを再認識しました。この間、お話しした通り、私は元の汚い部屋へ戻ってしまいました。しかし、私は気が付くことができました。人と違って、物は代用が利くんです。今使っている、この物じゃなきゃいけないなんてほとんどないんです。部屋を占領していた桐のタンスを私はフリマアプリで売却しました。そして、床に散乱していた物も置き場所を決めて元に戻せば大丈夫でした。あれ以来、私の部屋はきれいなままです。

 私たちはモノに悩まされてきましたが、就職する、結婚する、家族が増える、節目節目に必ずモノは増えていきます。これからも悩まされ続けるかもしれません。でも、私はもう、自分の弱さには負けません。何度でも、きれいにして見せましょう。私は代用が利かない、世界でたった一人の私なのだから。

 読者の皆々様、そして、私を支えてくれたすべての方に感謝いたします。ありがとうございました。

敬具


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私たちはモノに悩まされてきた。そしてこれからも悩まされ続ける。 文字ツヅル @kokoga

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