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「終わったー!」
ベンチの背凭れに背中を預け、そのまま仰け反るようにして腕を伸ばす。未だ熱は覚めやらず、だ。
「おつかれ様。頑張った甲斐があってよかったね」
同じベンチに座るのは、自販機で購入したお茶を湯呑みのように持ったお隣さん。
「本当に助かりました!一時はどうしようかと思ったので。ギター、弾けたんですね。かっこよかったです」
「まぁ、昔ちょっと…ね。それに曲なら毎日聞いていたし」
「楽譜も見ないで、急にあそこまで弾けるなんてすごいですよ。でもどうしてここまでしてくれたんですか?」
「…きみとよく似た人を知っているから、かな」
そう言うと、少しだけ遠くを見るようにして、ぽつりと話し始めた。
「前にきみが音楽を始めるキッカケになったって言う好きなバンドの話をしてくれた事があったよね」
「はい」
「実はあのバンド…、僕たちの事なんだ」
「え」
咄嗟に言葉が出ない。あのバンドでギターを弾いていたと言うことは、私が憧れて好きだと思った歌声の持ち主で、音楽をやりたいと志したキッカケで、その事はお隣さんにも話して…。
軽くパニックになりながら、瞬間的に聞きたい事がたくさん頭の中で生まれて渦を巻き出した。
「なっ、えっ、ほんっ、でっ…」
「びっくりするよね。でも取りあえず落ち着いて」
言葉の切れ端しか出てこない私に一度優しく微笑んでから、また前を向いて続きを話し出す。
「元々僕は引っ込み思案で、自分から何かに積極的に関わる子どもじゃなかった。そんな僕を変えたのはあいつ。いきなり仲の良かった三人を集めて、バンドやりたい!って突拍子もない事言い出したかと思ったら『俺はヴォーカルやりたいからお前はギターな』って、人の意見そっちのけでどんどん決めちゃって。引き摺られるまま付き合ってたらだんだん楽しくなってきて、結局最後まで一緒にバンドしてたなぁ」
そう話す顔には懐かしさと楽しさが浮かんでいる。
「前にバンドの曲を“一耳惚れした”って言ってくれたけど、僕もなんだ。曲は全部ヴォーカルやってたあいつが書いてたんだけど、最初にバンド組んだ時も、アカペラで歌って聞かされたメロディに、なんて言うのかな。ありきたりな言葉になっちゃうけど、心が震えたんだ」
「そうだったんですね」
「知っての通りバンドはもう解散してしまったけど、今でも交流はあって、僕はヴォーカルの奴の実家がやってる昔ながらの仕立て屋を時々手伝ったり、バンドやってた頃の繋がりで楽器の
「それでギターを…」
どこからともなくアコギが取り出された理由に納得していたら、「はい」と大きめの紙袋を差し出された。開いた口から中を覗くと、白い布が綺麗に畳まれて入っている。目線で促されて取り出して広げてみると、それは真っ白なワンピースだった。
「本当は応援のつもりで今日のライブに間に合わせるつもりだったんだけど、初めてデザインから考えたものだし、途中で思い付いた事をあれもこれもって盛り込んでたらつい遅くなっちゃって…」
「え、もしかしてこれ、作ったんですか」
「うん、サイズがわからないから、どうとでも調節出来るようなワンピースにしてみたんだ」
再び驚きながらも改めて見てみるが、失礼ながら先程言ったような“盛り込んだ”感じはあまり、というか全然しない。
「あー…、なんかいろいろデザインを考えてはみたんだけど、最初に思い描いたシンプルなものが一番いいかなって思って戻したんだ」
「ありがとうございます。今度はこれを着て歌わせてもらいますね」
仕立て屋の手伝いをしていると言うことは、いつも聞こえていたあの音はミシンの音なんだろう。
今日の路上ライブを決めた時、「自分もやってみたい事が出来た」と言っていたのはこの服の事だったんだと思ったら、無性に嬉しくなった。
「本当はもっと早くいろいろと話すつもりだったんだけど、憧れだなんだって言われたらなんだか自分からは言い出しにくくなっちゃって…」
言いながら、横に逸らしたお隣さんの耳がほんのりと赤く染まっていた。
「私こそ、憧れだとか言いながら、ご本人だと気付かず…」
釣られるように、耳に熱が集まってくるのがわかる。そのまま暫し沈黙が訪れた。
「あのさ、さっきのライブの事だけど」
まだお互いに顔を合わせられないまま、聞こえた声に耳を傾ける。
「一度あの快感を味わっちゃったら…、病み付きにならない?」
言われて、先程までの光景が脳裡に鮮明に蘇ってきた。
自分に向けられる目、笑顔と拍手。それに推されてどこまでも伸びるように思えてしまう声。
あの気持ちよさは他のどんなものでも味わえないだろう。
「…そりゃあもう」
私の返事に小さく笑う声がする。耳に伝わる心地好い声は、確かにいつもの聞き慣れたもので。
だけど。
いつもとは違う壁越しじゃない距離感に、一度治まった熱がまた戻ってくる感覚がした。
きみの声、ぼくの音 柚城佳歩 @kahon
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