第5話 放課後

はぁ。高校生活初日の放課後だと言うのにいつもと変わらぬ自堕落な時間の過ごし方をしている。しかしながら、現状を変えたいとも思わない、いや、訂正しよう。変えたいと思えどもどうせできないからと諦めているといった表現の方が正しい。こんな時こそ「幼なじみ」がいたらなと思う時はない、一人寂しくスマホゲームをする俺を見かねて声をかけてくれるそんな優しくも愛らしい「幼なじみ」に俺は恵まれたかった。そもそも、「幼なじみ」なんてものは幼少期からの付き合いがあって初めて成り立つものなのだから、今欲しいと熱望しようと何をしようとどうしたってできやしないのだけれども、それでも望んでしまう俺である。人によって好みは様々といえども昨今各個人の個性を大切にする世の中になってきたといえども、俺がここまで「幼なじみ」なんてものにこだわるのか疑問に思う人もいるだろうから、いやたとえいなかったとしても言うのだが、それは単純明快である。

例え話をしよう...ここに一人の美少女がいたとする。街を歩けば10人中10人が振り向く程の正に美少女だとする。さて、男性である俺はその子と付き合いたいと思う、それ自体は何らおかしくないだろうこの世の男が女に近寄る理由なんて付き合いたいという恋愛感情が殆どであろうからな。さて、それは可能か?それというのは勿論その少女と付き合うことなのだがその恋は果たして成熟するだろうか?

はっきり言おう...十中八九無理だ。


つまり、例え俺の前にツンデレ、後輩、ヤンデレ、お姉さん、天然、等々の魅力的なキャラクターを持つ美少女が現れたとしてもその娘に話しかけてあわや恋が実なんてことはまずない、なぜなら俺という小心者はそんな人類の宝達を前にすると常はよく回る舌が麻痺したかの如く動かなくなるからだ。

しかし、もしその美少女の持つキャラクターが他の何でも無い幼なじみだったらどうだろう?俺は話しかけて友情関係を築く必要は一切合切無い、何故ならばある一定の友情関係は出来上がっているからだ。

唯一この理由だけが俺が幼なじみにこだわる理由というわけでは無いが...

などと、自らの幼なじみ愛を再確認するのはいいが、やはり何もすることがないのでスマホの画面見つめ溜息をついてみるのだが、やはり鍵の開いた窓から可愛らしい幼なじみが現れる予感はしない。至極残念なことにな。


このまま、怠惰を貪るのも存外に悪いものでもないが、ここはひとついつもとはテイストを変えた行動を取ってみようと思う。まぁ、少しオシャレに決めたが実のとこを言うと妹に今日の学校の話を聞こうとリビングに向かうだけだ、俺と違い才色兼備な我が妹ならば色々と有意義な話を聞けるのではないだろう。

と、リビングに行くとその妹様がエプロン姿でお迎えしてくださった。

「あ、お兄さま。もうすぐで夕食の準備が整いますのでもう少しお待ちください。」

と、台所に向かいつつ言う妹、史華は花柄のエプロンを制服の上から着ていてなんだか目の前にいるのが妹ではなく、同級生や後輩、先輩ならば男としてなんとも幸福なことなのだろうか等と直立不動のまま浸っていると、鼻腔をくすぐる香ばしい、なんとも腹の虫を唸らせる匂いに意識を取り戻させられた。好奇心の赴くままに台所に向かうと史華は一汁三菜を手際よく広い台所をまるで勝手知ったる庭かのように料理していた、勝手を知っているというのは確かにその通りなのだろう、我が家は広いので大概の雑用もとい家事全般はお手伝いの方が日中にこなしてくれるのだが、料理だけは祖母が女を高めるためにとか言って史華と共に毎朝と毎晩作っていたからだ。

「何か手伝おうか?」

と、本当に料理を手伝うつもりなど毛頭ないのだが社交辞令とは言わないまでも流石に3つも年下の妹に全てを任せているというのは世間的にも俺の自尊心的にもあまり芳しくないので尋ねてみたものの

「いえ、もうすぐで出来上がるので座って待っていてください。」

と、予想通りの返答で返された。

さて、座って待てと言われたが恐らくこちらだろうと朝とは違う台所の目の前に在る食卓の椅子に座った。こちらは朝3人で囲んだ食卓とは違いごくごく一般的な洋食のダイニングテーブルだ、何故かと言うと朝の食卓だけでなく今までの食事はいつも祖母に合わせて畳の大部屋で食べていたのだが、祖母がいなくなった(※逝った訳ではない)今ではその必要も亡くなったのだ、おっと失礼誤字だ、無くなったのだ。それにこれまでも祖母がいない日などはこうしてリビングすぐ近くのテーブルで食事をするのは常であったし、故に我々にとって不自然ではなかった。

「お待たせしましたー」

と、にこやかに見るだけで美味しい料理を運び食卓に並べる史華は本当に嬉しそうだった。いつもは祖母と一緒にだったから一人で作り上げたという達成感が彼女を少し童心へ返したのだろう、普段は行住坐臥完璧を貫く彼女でもまだまだ幼いのだなとダメ兄なりに普段の妹に多少の年齢不相応を感じていた身としては安心した。なんだか、決して少なくない量の料理しかも美味しそうなプロ顔負けの料理をせっせと作り上げてしまう史華を見ているとエプロン姿であるのも相まって凄く良い奥さんになりそうだなと思った

「史華はきっといい奥さんになるよ。」

故に声に出してみた。

...やはり、照れて赤くなる妹を見ながら食す妹が作った料理は格別なものがあるな。等と先述通りダメ兄っぷりを発揮していると魔女がリビングに入ってきた、案ずることは何もない、海風である。彼女は見るからにオカルトといった魔女魔女しい姿でリビングに現れたそしてドヤ顔で今席に着いた...。

...

...

...

そして、魔女っ子帽子を脱いで何食わぬ顔で料理を食べ始めた。

(一体こいつは何がしたかったのだろうか?)

それは甚だ理解し難いところではあるが、まぁ、大方俺や史華から何かしらのリアクションが欲しかったのだろうその証拠になんだか箸運びが寂しそうだ。

「なんだ、そんな寂しそうにすることはないだろう?普通に話しかけてみてはどうだ?俺も史華も海風のことが嫌いという訳では無いのだからしっかり応じるぞ。」

と、仕方なしに声をかけると先程の暗い顔をしていたのが嘘だったかのように歓喜に満ち満ちた表情になった...(分かりやす過ぎるだろ!?)海風のことは正直言ってまだよく分からない、厨二病で作った自分のキャラが邪魔して普通に俺や史華と仲良くできないのかもしれないが寂しそうにしてみたり、俺や史華のことを人間とか言って突き放したり等と、仲良くしたいのかそれとも一人でいたいのかどっちつかずな言動ばかりで真意が見えてこない。まぁ、その小さい体に色々と難しいことを抱えているのかもなと思いながら、楽しげに今日の学校のことを史華に話す海風を見ながら考えていると...て、あれ?俺には話しかけてくれないんだ。しかも、史華と話してる時厨二病口調消えてないか?...まぁ、いい。同じ歳同じ性別の方が3つも離れた異性より遥かに話しかけやすく距離を縮めやすいのは自明の理であろうよ。


月が綺麗だ...夕食を終えて部屋に戻った時人工的な明かりにともされず自然と同化した部屋を見て心にそんな言葉が浮かんだ、特に今日の満月は雲もなく透き通って綺麗である家の中といえどもベットに埋もれ俺じ自身も自然と同化し夜の深くどこまでもそこがない闇に呑まれて全身の感覚がなくなって行く気がする。ベットに仰向けに寝て月を眺めていると、かの大詩人李白が月と共に晩酌をしようとしたのも分かる、そんな奇行に走ってしまっても何故だが風流に感じるほど月というのは美しい、なんとも危険な存在なのかその美しさで今も途方もない人数の心を魅了しているのであろう。そうして、月の美しく神秘的な光に包まれながら眠りに落ちた...明日は今日よりも良い日であるように期待して。

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幼なじみが欲しいんです(序) 双傘 @miyutsuka

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