幼なじみが欲しいんです
双傘
第1話 幼なじみが欲しい人
冬将軍が校内の木々を白銀に染める中、二つの人影が北校舎と南校舎の間に佇んでいた。長期休暇で誰もいない静寂の中、僕は少女に想いを告げた──「告白」の瞬間だ。甘酸っぱくも酸味の強い青春の一幕は、僕の想いを断ち切る涙で幕を下ろした。
さて、皆は「幼馴染」にどんなイメージを持つだろうか。古くからの友人、異性として意識する存在──それは憧れだ。
僕はそこそこの偏差値の高校に通う平凡な高校生だ。不良でも魔法使いでもないが、確かに一つだけ特別な事情がある。それは、僕の家に複数の幼馴染が住むことになったという事実だ。しかも全員女の子。そして僕は「幼馴染キャラ」が大好きだ。これまで彼女いない歴=年齢を守り抜いてきた僕だが、幼馴染ならばそのルールを破ってもいい。だが残念ながら、彼女たちは僕が理想とする幼馴染像とは全く異なる個性的なキャラを持っている。
僕の家が豪邸なのは両親の財力のおかげだ。しかし、その代償として両親はほとんど家におらず、僕の生活は孤独に満ちていた。そんな平穏な日常が今、幼馴染たちによって壊されようとしている。彼女たちは異なる魅力を持つものの、僕の理想には程遠い。それでも彼女たちが僕の家に居候する以上、これからの日々が普通では済まされないだろう。
彼女たちはそれぞれ全く違う性格だ。
一人は勝ち気で口が悪いが、なぜか世話焼き。もう一人はおっとりとした優しい癒し系。
そしてもう一人は僕を見つめる目がどこか危うい執着を感じさせる──。
彼女たちが家に引っ越してくる理由は、僕の親の仕事絡みらしい。
詳しいことは知らないが、要は「親のいない大きな家なら住まわせても問題ないだろう」という判断のようだ。
僕の生活は完全に掻き回されることになる。
いきなり複数の女性、しかも同年代となるのはなんとも言い難いが、一言で言うなら。
「気まずい……」
そう言って庭の池を見つめ肩を落とした。
「さてさて、これからどうなるのか……僕の日常、僕の人生。」
僕は静かに息を吐き出し、空を見上げた。白く広がる冬空が、何かを予感させるようだった。
朝。眠い。体が起き上がることを全力で拒んでいる。なんとか自力で起きなければいけないが、やはり眠い。
二度寝を決め込もうとした矢先に、
「お兄さま、朝ですよ!起きてください!」
扉を勢いよく開け放つと同時に部屋の照明をつけ、窓を開ける妹の声。流れ込む冷気に震える僕。毛布にくるまったまま、死んだように微動だにしない僕を見て、彼女は溜息をついた。
「もう、お兄さまったら……私の身にもなってください!」
「そもそも何故、人は朝になれば起き上がるのだろうか?誰が決めた?何の法律に基づく?少なくとも我が国にはそんな法律はない。ただ"朝だから起きるもの"という固定観念に囚われ、多くの人は睡眠欲を断ち切って起き上がる。愚かしい限りだ。」
「お兄さま、そんなくだらないこと言ってないで早く起きてくれませんか?」
鋭い妹の眼光は怖い。僕は起きることにした。
彼女の名前は芥川史華。黒髪ショートの童顔で、どこからどう見ても小学生。だが信じ難いことに高校生らしい。兄として信じるしかない事実だ。
「お兄ちゃんともう一緒に寝るか?」
顔を真っ赤にしながら「からかわないでください!」と抗議する彼女を見ると、朝から少し清々しい気分になる。からかいがいのある妹を持つのも悪くない。
そんな日常の朝食。和食一択の食卓を祖母を交えて囲むのが日課だ。秋刀魚の塩焼き、玉子焼き、味噌汁と白米。それを畳敷きの部屋で正座しながら食べる。
食事中、祖母が不意にこう言い放った。
「あ、私ハワイに行くから。」
「は、Why?」
咄嗟に出たつまらない洒落をスルーしてほしいのに、祖母は「つまらない洒落だねぇ~」と笑い飛ばした。
「何年か向こうで暮らすから、家のことは任せたよ。」
無責任極まりない言葉を残し、祖母は平然と箸を進める。この自由奔放な老婆、芥川菊が我が家の主だ。
駅のホームに到着すると、ちょうど電車が滑り込んでくるところだった。都会と違い、この田舎では電車を一本逃せば次は1時間後。無事に間に合ったことに内心安堵する。
ふと、視線の先で一人の少女と目が合った。健康的な褐色肌に茶色い髪を後ろで束ねた姿。制服のスカートから覗く長い脚に目を奪われるが、すぐに気まずさを感じて目を逸らす。史華が気を利かせて声をかけてきた。
「電車、危なかったですね、お兄さま。」
「ああ、そうだな。」努めて平静を装い返事をする。海風はまだ朝の出来事を引きずっているらしく、頬を膨らませてそっぽを向いている。
電車に乗り込むと、車内はいつも通りガラガラだった。見慣れた光景に飽き飽きしながら、いつもの特等席に腰を下ろす。ドア近くの座席は仮眠を取るのに最適だ。史華が起こしてくれるのを期待して目を閉じる。海風は車両の隅っこに座り、時折こちらを睨みつけているが、気にするほどでもない。
電車が揺れ始めると、心地よさに負けてすぐに眠りに落ちた。
雪が降り積もる中、一人の少女が立っていた。忘れもしない、あの顔だ。
「ごめんなさい。」
視界が涙で歪む。彼女の背中が遠ざかっていく。地面に膝をつき、その後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。心が抉られる感覚を覚えながら、冷たい風に全てを奪われていく。涙が頬を伝うたび、彼女への未練が浄化されることを祈った。
「お兄さま、起きてください。駅に着きますよ。」
史華が肩を優しく叩き、眠りから引き戻してくれた。朝から感じるこの優越感を、妹のいない全国の"おにいちゃん"たちに売りつけたいものだ。
「分かってるよ。」と素直に返事をし、眠気を振り払う。海風はまだ寝ぼけているが、史華が溜息をつきながら彼女を起こしに行く。そんな二人をぼんやり眺めながら窓の外を見ていると、またしても視線を感じた。先ほどの少女だ。読書を装いながら、隙間からこちらをチラチラ見ている。
電車が停まり、外に出ると足取りが重くなる。今日からまた憂鬱な学校生活の始まりだ。教室に入ると、クラスは春の陽気のような浮かれた空気に満ちている。しかし、僕の心は梅雨真っ只中だ。
一週間前の自己紹介で、僕は盛大にやらかした。
「初めまして、芥川龍介です。この浮かれた空気は正直苦手です。話しかける際は、心の換気を済ませてからお願いします。」
冗談のつもりが、クラス全体が固まり、以降誰も俺に話しかけてこない。
中学時代も同様で、友人がいないまま高校に進学した僕には、華やかな青春なんて無縁だ。それでも妄想の中では理想の「幼なじみキャラ」に思いを馳せている。幼い頃からの繋がりがあり、朝は「起きろー!」と元気に起こしてくれるような、そんな美少女だ。幼なじみは最高のポジションだと、心の中で熱弁を振るっていたところ──
「あの……ごめんね、ちょっといい?」
声に振り返ると、地味な黒髪にメガネをかけた少女が立っていた。見覚えはないが、その瞳の奥に潜む魅力を俺は見逃さない。こいつ、数年後に化けるな。心の中でそんな分析をしていると、彼女は困ったように眉を下げる。
「さっきのHRで配られたアンケート、出してないの芥川君だけだよ。」
「ああ、そういえば……」机の中からくしゃくしゃのプリントを引っ張り出し、彼女に手渡す。顔をしかめつつも何も言わずに立ち去る彼女を見送りながら、俺は心の中で静かに決意する。
今日も、一人で生き抜くしかない、と。
幼なじみが欲しいんです 双傘 @miyutsuka
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