居玉は避けよ。居玉からは避けよう。前半
10月30日
3限、体育。
を前にして、体操着を忘れたことに気づいた。
よくやることなので慌てない。将棋部の部室に予備の体操着はいつも置いている。
「ということで取りに来たんですが、何してんですか?」
部室の扉を開けると「よ、伊藤」と声をかけてくる人物がいた。
人物っていうか一人しかいない、大橋先輩である。
「今日は早退だ」
「なら帰りましょうよ」
具合がわるいのなら、せめて保健室とかに行けばいいのに。
「その時間がなかった」
先輩はスマホを凝視している。そして定期的に画面をタッチしている。
ゲームでもしているんだろうか? それは学生として良くない姿なのではないだろうか。
「ゲームを理由に早退とか良くないですよ」
「そんなちっぽけな人間ではない」
そうですか、ちっぽけな人間でない人は頭金された時に「ちょっとトイレ行ってくるわ」と言ってわざとらしく立ち上がりわざとらしく「足がしびれた―」と言いわざとらしく盤に膝を当てわざとらしく盤上の駒を乱したりしないと思うんですけどね。
「じゃあなんで」
「伊藤は! 将棋連盟ライブ中継に月額課金をしていないのか!」
食い気味に答えてくる。なんだそのダイレクトマーケティング。ダイレクトは向かい飛車だけにしてほしい。
「してますけど……って将棋連盟ライブ中継を見るために早退なんですか!?」
「そうだ。将棋連盟ライブ中継を見るために早退したのだ」
良い子はきちんと学校に行ってほしい。
「そんな注目局ありましたっけ?」
「そんな……?」
なんか逆鱗に触れたっぽい。
「藤井猛九段が藤井システムをしてるんだぞ! それはもう早退だろうが!」
や、学業しながら観戦してください。
体育に遅刻してしまうので、ささっと体操着を揃え、部室を出るのだった。
大橋くんと伊藤くん @nekohachinyan
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