二歩は反則だけど三歩は反則じゃない。後半
飛車の王手を遮るために打った歩の筋の先にもう一つ歩がある。立派な二歩、反則である。
「なになにー反則? 反則?」
いつもはあまりこちらの将棋を気にしない長野先輩であったが、珍しいことが起こったらしいと覗き込んできた。
「先輩どうします? ここで終わってもあれだしやり直します?」
「いや、これは素直に負けで。休憩しよう」
駒をしまい始まる。
「えー終わりー?」
やけに食いついてくるもんだから、つい言ってしまった。
「やってみます? 将棋」
はあ?? って表情をする大橋先輩に対し、長野先輩は乗り気である。
「やろーやろー。並べて並べて! はい、大橋はどいて」
しかも対局者は僕のようだ。いや、ここは大橋先輩のほうが……
って大橋先輩、言いなりー。素直ーにどいてた。
「はい、並べました。ルールと言うか、駒の動きとか、大丈夫です?」
「大丈夫、私、藤井聡太くんだから!」
よくわからないけど、大丈夫なんだそうだ。
「先手は譲ってあげるよ」
「ホンマに藤井聡太やな」
……大橋先輩それちょっと分かりづらいです。
「まあじゃあ、お願いします」
頭をペコっと下げる。長野先輩も真似る。
「おねがいしまぁす!」
自分は対局者の棋力に応じて手を変えられるような棋力はない。ないが、流石に初心者に全力もどうか。
せめて、いつもやっている振り飛車じゃなく居飛車でいこう、飛車先を突く。
「これは……なかなかの手デスネ?」
うん、一手目よ? 何通りもないよ?
じゃあ私はこれだ! と力強く、長野先輩も飛車先を突く! 突く!
二つだ。
「いや、先輩? 二回動かすのは反則ですよ」
「? チェスだと最初は二つ動かしてオッケーだよ?」
はてな? って首を傾げる。可愛い。じゃない、反則である。
「チェスでオッケーならオッケー」
大橋先輩が叫ぶ。多分可愛さに負けたんだと思う。可愛さは反則なのだ。
「まじかよ!」
ルール変更。歩は最初は二マス動かしてオッケー。
「もちろん、伊藤はなしだ」
「まじかよ!」
「ハンデだよハンデ」
なら振り飛車でよかったじゃん。いや、それを言うのはあまりにみっともないか。
「分かりました。なら進めますよ」
居飛車の定跡は覚束ないが、なんとなく矢倉っぽくしていく。
「あー守りに入ってるー。させないから!」
パシン!!
長野先輩の攻めは早い。そりゃそーだ。歩を二マス動かしてんもん。
とは言え、攻め急ぎ過ぎで囲いとかしていない。居玉だ。居玉は山崎隆之八段とかじゃないとやっちゃダメって解説の人が言ってた。
長野先輩は藤井聡太七段だから居玉はだめなはずなのだ。
そうそうに歩がぶつかる。というかただなところに歩を二マス進めてぶつけてきた。ただやん。
ただなので取る。
「あーそれなしー!」
「さすがにそれは……」
助けを大橋先輩に求める。
「なし。オッケー」
ルール変更。待ったあり(言ってはないけど、長野先輩限定だろう)。
じゃあ、と、玉を矢倉の中に入れる。これで多分矢倉なのだ。
ってさっきのぶつかった歩、今度は僕のがただやん……
「ほんとにいいのー! やったー取ったり―」
可愛い。じゃない、これは大変なのでは?
とにかく粘って反撃の機会を待つ作戦に出る。
つまりそれは長野先輩の攻めが始まるということ。
「歩のプロモーション!」
僕の自陣にまで歩を伸ばされ、裏返される。
「プロモーション、オッケー」
「いやそれただの成りだから将棋にあるルールだから!」
というか大橋先輩は将棋部じゃないのか。
粘る。なんとか攻めあぐねたところをカウンターしたいところだ。
「難しいー」
長野先輩はうーうーとうなる。可愛い。
中盤戦はどちらも取って取られての難解な将棋になる。これはプロでは絶対起きないだろう。
「これでどうかな……」
長野先輩の選んだのは銀を進める手。しかし、それは僕の角打ちで王手ができる。
パシン!
つい力がこもり、大きな音を立ててしまう。
王手は勝ちではないが、初心者だと動かせる駒に制約ができるだけで難しくなるはずだ。
「えい! 桂バリア!」
「桂バリア! オッケー」
「だからこれ中あいだから!」
大橋先輩言いたいだけじゃん。
でもこれで攻めの手かがりはつかめたはず。
玉は囲むようによせよ、ちょっとずつでも包囲していけば、どうしようもなくなるはずだ。
「一旦逃げとこうかー?」
王の早逃げ八手の得。長野先輩も粘るみたいだ。
でもそれはさせない。無理攻めかもしれないけれどガジガジ行けばきっとなんとかなる。
桂で力をためて、銀打って……そうすれば角が通るから……頭の中で組み立てていく。
「あ、銀もーらい」
途中取られてしまうが、これで相手の守り駒も離れるから、飛車を成り込めば、だいたい詰みになるはず。
「で、もらった銀をここに打つ!」
王手された。でもこれは銀取ってしまえば――
って、あれ?
「いつの間に飛車打ちました?」
記憶にない、記憶にはないが、なぜか銀の遠く横に飛車があるのだ。これでは飛車の効きで銀は取れない。
でも、いつの間に?
「今、銀と一緒に」
いや、それ、反則やん。
同意を求め、大橋先輩の方をみてしまう。
「同時打ち、オッケー」
「そんなわけあるかー!」
もうそれでは将棋でも何でもないではないか。
最初から将棋でも何でもないけどさ!
「私藤井聡太くんだから!」
「藤井聡太七段は同時に二つ駒打たねえ!」
先輩だろうが可愛かろうが関係なくつっこむ。
「もう、後輩くんは真面目だな―。じゃあこうしよう、この銀だけ打つよ、飛車は取り下げる。でも後輩くんはこの銀を取らずに逃げるだけにしよう?」
棋は対話なんですけど、こういう対話じゃないんですよ?
「分かりました分かりました」
しかし、折れる。相手は先輩だし可愛いのだ。とりあえず、銀から逃れるように上に逃げておく。
「じゃあ再開ね」
長野先輩は角を自陣に打つ。守りの手だろうか。攻めにはなっていないはずだ。こちらは予定通り飛車を成り込む。
長野先輩はまた王を逃がす。追い詰めるため、龍を移動させる、次で連続で王手で迫れば、行けるはずだ。
パシン。
桂を打たれる。王手。でも歩で取ってしまえばなんてこと、ない?
いや、さっきの角が移動していて歩を動かすと王手になってしまう。見落としてた。逃げる。
パシン。
金打ち。これは……逃げるけど。
パシン。
飛車を今度はきちんと打たれて。僕は逃げて。
パシン。
さっきの銀に成り込まれて――
「あれ、え?」
詰んでる?
「詰んでるな」
大橋先輩も覗き込み確認する。
「負けまし、た?」
「ありがとうございました」
なんとも負けた気にはならないが、でも確かに上手い具合に詰んでいるのだ。
角の動きを確認していなかったのはそうだが、守りに使っていたはずなのだ。
不思議だ―って感情を隠しきれないまま、ぼうっと長野先輩の顔を見つめてしまう。勝って嬉しいのだろう、笑顔だ。
「私藤井聡太だから!」
長野先輩はドヤ顔でそういうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます