デッドパラダイス勇者狩り

里見さとみ

プロローグ・死死死

 果てしない地平の彼方に、白い薄靄がただよっているのが見える。

 肌を刺すような凍えにもにた痛みが全身を打っているけど、身体を動かすどころか視線一つ動かすことはできない。

 ただ、若草の芽吹くときに似た匂いがどこからか流れてきて、柔らかい風にのったまま俺を通り過ぎた。

 空はどこまでも澄み渡っていて、雲一つなく、目に映るその端々のどこにも、家も、人も、木々も山もない、何もない。

 

 ここはどこだ?


 なんでこんなところに?


『……復元率98%。サンプリングメモリーローディング実行中。ペイルシール完了。シンギュラリティ―ポイント上昇中。99%……100%……101%……尚も上昇……』


 耳……というか、脳内に直接響くのは、いかにもな機械的な音声。男とも女とも取れない、デジタルな感じの声が、意味不明な文言をひたすら羅列させ続けている。

 ローディング? シンギュラリティ? は? なんなんだ?

 相変わらず身体は動かないし、感覚もほとんどない。

 ただ何かによって自分の身体が撫でまわされているかのようなそんな不快感だけが俺を包んでいた。

 いったい俺はどうして……

 いや、そもそも俺はいった誰なんだ?

 俺の名前は?

 俺はいったい……

 頭が割れる様に痛い。しかしそれを言葉として表現することもできないし、誰かに救いを求めることもできない。

 誰か、誰かいないのか……?


 そうじりじりとした焦燥感の中で全身で叫ぼうとした時の事だった。


「……いつか……きっと……あなた……」


 それはとぎれとぎれのか細い女の声。

 良くは聞き取れないし、ザーザーという雑音のようなものが確かにそこにあって、その声を邪魔していた。

 でも……

 俺はその声に確かに聞き覚えがあった。

 どこかで聞いたことがあって、どこか焦燥に駆り立てられる。

 知っているはずなのだ。

 俺は、彼女のことを……


 でも、焦りはあっても決して思い出すことは出来なかった。

 ザーザーという雑音が続く中、その声が言った。


「ごめんなさい」


 物悲しく、切ない声音。

 俺はそれを聞き、絶望と寂しさに包まれる。

 雑音はどんどん大きくなっていった。


 そしてもう……


 彼女のその声を聞くことはなかった。



   ×   ×   ×



「『勇者』部隊を下がらせるな!! 『防壁プロテクションフィールド』展開!!」


「いやぁあああああっ!!」「助けてぇ!!」「嫌だ嫌だ! まだ死にたくないっ!!」「ふっざけんなバカやろう!!」「きゃああああああああああああああああっ」


 なんだ……これは……


 周囲に怒号と悲鳴が充満していた。

 そしてその向こうからは金属がかち合う音や、鋭い風が吹きつけてくる時のような耳鳴りのような音、それにたくさんの野生の動物たちのいななく声のような音が聞こえてきていた。

 

 なんだ……これは……


 最初に視界に入ったのは、目の前に立ちはだかる巨大な黒い影。

 それは人ではなかった。

 見上げるほどのその体躯の頭の部分にあったのは、やはり大きな豚の顔。

 絵本で見るような、擬人化された豚の様だなと思いつつも、それがそんな生易しい存在ではないということを、その豚頭が手にしている、巨大な丸太のような棍棒を見て即座に理解する。

 真っ赤な血がべっとりと着いたその棍棒を、パワーショベルのアームの様に振り上げて一気に振り下ろす。

 そのモーションの全てを見つつ、振り下ろされた先にいた一人の男の子……多分高校生くらいだろう、制服のズボンとワイシャツに、その上に金属のプレートを繋ぎ合わせたようなプロテクターを着込んでいる彼の脳天へとその棍棒が到達し……

 初めにその頭が『ふんにゃり』と、柔らかいお餅を指で押したときのように変形していくのを目視し、やがて扁平になって棍棒の陰に隠れたかと思った直後に、彼の背骨が皮膚を突き破って飛び出して、その背骨だけを残しながら、胸、腰、腿が順々に押しつぶされ、最後は残った両手で万歳をした格好のままで地面へと消えた--

 と、その瞬間、爆発にも似た砂煙と血しぶきがはじけ飛び、遅れて大きな爆音が轟いた。


 なんなんだ……これは……


 死んだ。

 目の前で一人、この得体の知れない豚の頭をした怪物の棍棒によって頭から叩き潰されて死んだ。


「小野寺っ!!」 

「お、小野寺くんが……小野寺くんが……い、いやぁあああああああっ!!」


 潰されて死んだ男の子の傍にいた赤い刀を持って、やはり赤いジャケットを羽織った男子がその名前を叫び、その後ろにいた、三つ編みで大きな眼鏡を掛けている革製のコートを着た女子が悲鳴を上げる。

 どうやら潰された男の子は小野寺というらしいが……

 当然そんな思考を悠長にしていられる時ではなかった。

 豚頭はすぐに標的をその二人へと移す。

 威嚇するように睨みつつ、固まって動けなくなっている二人へと、棍棒を振り上げた。

 と、その時、その豚頭にスコンっと音を立てて弓矢が横から突き刺さり、頭が大きく左右に触れた。

 アレは脳に直撃しているはずだ。

 普通であれば死ぬだろうが……

 当然のように、豚頭は生きていた。

 奴は大きく絶叫した後で頭に弓矢を突き刺したままで、その矢を射たであろう方向へと頭を向けていた。

 そこにいたのは、緑のマントをはためかせ、弓を構えた長い黒髪の少女。

 俺はその子を見た瞬間に全身に電流が走った。


 俺はこの子を知っている。

 そう知っているのだ。

 でも、誰だかはわからない。

 どこかで絶対に会っているはずなのに、それを思い出すことができない。

 頭の中にノイズが走る。何かが薄っすら見えそうで、見えないままに、ザーザーとまた雑音のような音が響き始める。

 頭が急に痛くなるが、それ以上その場に止まることは出来なかった。

 なぜなら……


「あ……」


 目の前に立ち尽くしていた三つ編みの女の子の首が飛んだから。

 それは突然のことで、あの巨大な豚頭が横を向いて、さっきの黒い長髪の少女の方向へと移動を始めていたから危険は去ったのかと思っていた。

 が、違った。

 唐突に彼女の首が空中へと飛び上がり、まるで噴水の様にその首から血が吹き上がった。

 暫く立ったままだった彼女のその身体だが、よろよろおたおたと、まるで足腰の弱った老人のようにふらつきながら、その場に崩れ落ちた。


「ひ、ひぃいいいいいいいっ!! 神崎ぃぃぃぃ!!」


 すぐ脇で、悲鳴をあげているのはさっきの赤い剣を持った男子。

 みっともなく悲鳴をあげるも、その手にした剣をめったやたらと振り回し始めた。


「ギャッ!!」「ギャオっ!!」


 ザシュザシュとその剣の刃が何かを切り刻む。

 それがなんなのかと目を向けてみれば、そこに居たのは小さな子供のような見た目の緑色の怪物だった。

 その小さな怪物も手にナイフや棍棒を持っているが、いかんせん小さいせいか、彼の長い赤い剣の方がリーチがあり、それ以上は近寄れない様子。

 

「井上!! 逃げろ!! こっちだ!!」


「うわっ!! うわああああああああっ!!」


 井上と呼び声が掛かったと同時に、今のいままで三つ編みの子の死体のそばでガクガク震えていた男子が、向きを変えて、その声の方へと向かって駆けだした。

 目を大きく見開いて、鼻水と涎と涙を溢れさせながら絶叫しながら俺の後方へと走って行く。

 どうやら彼は井上という名前か。

 俺は井上がいなくなったその場を見回した。

 そこには、先ほどの緑色の小さい怪物が無数にいて、こっちへ向かって駆けだしている。

 それだけではなかった。

 先ほどの豚頭がゆっくり移動している向こうにも、もう一頭同じような豚頭がいて、そいつは手に人間の腕のような物を掴み、口へと運んでいた。

 そいつはそれをむしゃむしゃばりばりと食べている。

 視線を少し下の方へ動かしてみれば、二人の男子に支えられつつ錯乱して悲鳴を上げている片腕のない女の子の姿。

 それに、大きなサソリのような青い虫の群れに剣を振っている男の子の集団も見え、その背後には横たわって動いていない女の子が数人見えた。

 俺は視線を正面へと戻した。

 先ほどの小さな怪物の群れはこっちへと向かっていたから、次は俺が狙われるのかと考えもしたが、そうはなっていなかった。

 奴らはそこに横たわっている首のない少女の亡骸へと殺到したのだ。

 その衣服を引きちぎりながら脱がし、それからその全身に噛みついて噛みちぎりながら食べ始める。

 ここからは見えないが、跳び落ちた彼女の首も、あの身体と同様の運命をたどっていることだろう。


 俺はそこまで見てから後方へと向き直る。

 そこには巨大な水槽のような透き通った光の壁と、その壁を泣きわめきながら叩いている大勢の少年少女達の姿。それと、その壁の向こうに勢然と陣取っている、馬に乗った甲冑姿の古代の兵士たちの姿。

 銀色の鎧は中世の騎士が装着するような板金鎧フルプレートアーマーの様でもあるし、長尺のロングスピアー戦斧ハルバード、それに鎧に固定するように取り付けられた棘のある鉄球、星球武器モーニングスターなどのそれらから、ここにはより軽量で高強度の炭素繊維系の防刃防弾装備が存在せず、かつ、機関砲オートキャノンはもちろん、連射式の機関銃オートガンも存在していないだろうことが予見できた。

 理由は簡単だ。

 板金鎧などは一見頑強そうであっても、あくまで防刃防槍の為の装備であり、垂直方面からの銃撃にはほとんど防御の意味をなさない。

 炸薬弾の防御には、放たれた銃弾に対応するだけの装甲板の厚みが必要であり、そのような厚さがあれば非常に重くなり、戦車や装甲車のように高い馬力のエンジンを備えていなければ移動もおぼつかなくなる。

 つまり、ミニガンクラスの攻撃を行えば、あそこに列を為している鎧騎士の集団などは瞬時に壊滅させることができるわけ。

 それはまあ置いておくとして、今気になるのはあの透明な壁。

 あのように揺らいだガラスが存在するものなのか?

 みた感じまるでゼリーの様でもあるし、だが、それを叩いて壊すことが出来ないでいる大勢の少年少女たちのことを考えれば、あれが相当に強度の高いものであることが推察できる。

 壁の向こう側の騎士たちに並んで腕を突き出して祈ってでもいるかのような聖職者のような青い法衣を着た複数の男女の姿。

 背後のあの獣のような生物の群れに、そこの透明の壁。それと、その何かを呟き続けている法衣の人物たち。

 これらから推察できるもの、それは……


「たすけてぇえええ」

「いやだいやだいやだ!」

「怖い」「きゃーーー」

「死にたくない」


 目の前で怪物たちに襲われ、殴られ、切られ、生きたまま喰われて、ばたばたと倒れていく彼ら。

 必死に助けを懇願して光の壁を叩き続ける彼ら。

 それを冷めた瞳で見下ろし、傍観しているだけの壁の向こうの騎士たち。

 せまりくる怪物と、その腹に収まっていく死した亡骸たち。

 

 絶望が確かに辺りを支配していたが、俺はその向こうに別の動きも見た。

 先ほどの黒髪の弓の少女は、未だに怪物たちへと弓を射続けている。その射線は正確そのもので確実に怪物たちの頭を射抜き倒し続けていた。

 やはり頭は弱点のようだな。緑の小さいのはその一撃でほぼ動かなくなっている。

 生きているのはあの豚頭くらいなもの。

 戦っているのは彼女だけではなかった。剣を奮い、虫や緑の怪物を切りまくる髪を逆立てた男のこや、どうやっているのか指先から炎を飛ばして怪物の群れを燃やし続ける少女。 

 それと殺せないまでも、槍や剣を振り続けて怪物を近寄らせないで留めている男の子達もいた。


 なるほどな……

 まあ、そういうことか……

 

 俺は今、だいたいの状況を把握した。目の前で少年が叩き潰されてからここまでまだ一分も経ってはいない。

 そもそも自分がなんなのか、名前すら思い出せてはいないし、現在周り中大混乱のパニックで、多くの少年少女がすでに死んで奴らの餌になっている過酷な状況。

 だけど、この場にいる自分たちの『役目』について理解できたことによって、選択できる道が浮かび上がった。


 となれば、まずやらなければならないのは……


 これだ。


「おい、そこの弓の女。お前だお前。ちょっとこっちみろ」


 そう怒鳴ってみれば、先ほどから弓を射ている彼女がチラリと俺へと視線だけを向けた。その顔は少し驚いているようだが、彼女はすぐに俺へと叫んだ。


「なに? 鈴木くん。今忙しいんだけど」


 鈴木? 俺は鈴木なのか?

 うーむ、実感わかないが、まあ鈴木姓は多いからな、そういう話ならそういうことなんだろう、多分。

 とりあえず、俺が鈴木かどうかは置いておくとしてだ。


 そう前置きしたうえで俺は彼女へと言ったのだ。

 

「悪いが今から俺が言う奴を射てくれよ。あれとあれだ。ここを射ろ、ここを」


 そう言いつつ、俺は自分の身体のある一点を指さして彼女へと示した。


「え……でも、それってあんまり意味ないんじゃ」


「気が進まないかもしれないが頼む。死にたくないならな」


「う、うん」


 俺の言葉に彼女はコクリと頷くとすぐに弓を引き絞った。

 俺はすぐさま次の奴らへと声を掛ける。


「そこの頭とんがってるやつとヤリ持ってるやつら、すぐに俺のとこへこい」


「はあ? なんで鈴木の言う事聞かなきゃなんねえんだよ、すっこんでろ雑魚が」


 どうやら俺、鈴木君は、すっこんでいなきゃならないくらいの雑魚で嫌われているようだ。いじめられてたのかな?


「そんなことはどうでもいいんだよ、バカ。お前らは俺の言う事聞けよ、バカ」


「んだとこの野郎。てめえ、ぶっころす。だいたい、今俺がここで引いたら、全員すぐに死ぬだろうが」


 つんつん頭をとんがらせてるそいつの言う通りではある。

 他の連中が泣きわめている中、とんがってるそいつと、その脇で槍で応戦している集団がなんとか怪物どもを足止めしているのが現状だからだ。

 だが、それがもう限界だということは目に見えているのだ。

 包囲している怪物どもは、殺した少年たちの身体を貪っているから今は進軍が止まっているだけで、食べ終わればすぐに突入してくるのだから。

 とうぜんとんがり頭も槍の少年たちも側面から襲われるのは時間の問題。

 それにさっきの巨大な豚頭もゆうゆうと近づいている。

 もう後は死ぬだけなのだ。

 だからではないが、俺はもう一度言った。


「言う事聞けよ。そうすりゃ助かるから、ここから逃げ出せるからよ」


「ほ、ほんとうか?」「鈴木、マジなのか?」


 槍の中の何人かが俺へとそう言ってくる。

 やっぱり俺の苗字は鈴木らしい。それはもうわかったからそろそろ名前もおしえろよ。

 俺はとりあえずこっちを見た連中に頷いてかえしてから、目を見た。

 戦いながらでも悩んでいるようだが、その顔は不安に染め上げられてしまったままだ。でも……


「わかった。言うとおりにする。俺達を助けてくれ」


 一人がそう言うと、他の連中も俺に同意した。

 最期にあのとんがりあたまだ。


「ちいっ!! 鈴木よぉ、てめえはあとでぶっとばすからな」


 これは了解したとうけとっていい物かどうか……

 ヤンキー言語は理解に苦しむんだよ、まったく。


「よし、じゃあ始めるぞ」


「は、始めるってなにを?」


「おい、弓の女! やれ」


「弓の女言うな、バカ鈴木っ!!」


 ぴぅっ!!

 と激しい風きり音が響く。

 そして次に響いたのは、大絶叫だった。


「グァアアアアアアアアアアアッ!!」


 突然の咆哮は怪物の群れの中で発生した。

 そう叫んだのはあの豚頭。

 弓女の放った矢は、寸分違わず豚頭の目に突き立った。

 そして、二射目が放たれる。

 その矢はまたしても別の豚頭の目に。

 そっちも絶叫をあげつつ、手にした棍棒をめったやたらと振り回し始めた。


「よし、成功だ」


 豚頭は頭を射抜かれても死ななかった。だが、確かにあの一撃でダメージはあったのだ。

 足元はふらついていたし、悲鳴もあげていた。

 つまり、『痛い』のだ。

 奴が標的を目で追っていたことは確認済み。

 となれば、その視覚を奪えば……しかも痛ければ……

 当然こうなるわけだ。

 暴れる豚頭の棍棒で緑の怪物どもが次々に弾き飛ばされていく。

 丁度俺達を包囲するように配置されていた怪物の群れだが、右翼側と中央で豚頭が暴れ出したために、その付近の怪物たちの密集が少し緩んだ。

 それを見つつ、俺はこっちに集まっていた男連中に指示をした。


「それ、放りなげるぞ」


「お前……最低だ」


 そんなことを言いつつも、連中は震える手でそれを担ぎ上げると、それぞれ抱えたそれを山なりに怪物の左翼の方へ向けて放ったのだ。

 思ったとおり、俺達は普通の人間よりもパワーがあった。

 どちゃりと音を立ててその場に転がったのは、すでに死んでしまった少年たちの骸。

 なんとか前線から引きずって横たえさせていた遺体であったのだ。

 怪物どもは放り込まれたその死体へと群がり、またびりびりと服を剥ぎ取り始めた。


「ほれ、今だぞ。一気に逃げろ」


「え?」


 俺がそう叫んだのに即座に反応したのは、例の黒髪の弓女だけだった。

 他の連中はとにかく困惑している。

 こんな状況になって、蜘蛛の糸のような助かる道が現れても動けないのか。

 こいつらどんだけお花畑なあたましてんだよ。

 見れば俺達の背後を封鎖していた光の壁が弱まり始めていて、その向こうにいる騎士連中もなにやら慌て始めている。

 奴らは叫んでいた。


「に、逃がすなっ!! 勇者どもの生き残りは必要だ。勇者どのっ!! お待ちくだされ!! どうか城へお戻りを!!」


 もはや支離滅裂なんだが、俺達を逃がしたくはないらしい。

 モンスターの矢面に立たせた挙句、これだけ死なせておいて、逃がすな? お戻りください? 

 こいつらの立ち位置がいまいちまだ判然としないな。

 しかし、三十六計逃げるに如かず。

 ま、とにかく逃げるが勝ちだよ。

 俺は弓女に目配せしたまま走り出した。目指すは怪物の右翼と中央の間。そこは豚頭に吹き飛ばれた連中がいた辺りで、混乱の中で死体に飛びつくのに必死なせいか、その穴を埋めるようなことはしていなかった。

 こいつらが集団戦闘を考慮していないことは予測していたが、予測以上にこいつらは獣だった。

 もうあとは逃げるだけ。

 出来れば密集したまま紡錘陣形を取れれば文句はなかったのだが、パニックのあいつらではどうしようもないか。逃げ遅れがもう何人か死ぬと言う事だな。

 そう思っていたのだが、振り向いたそこにはこっちに走ってくる全員の姿。

 どうやらこの土壇場で覚悟だけはついたらしい。

 俺は黒髪の弓女と一緒に戦闘を走り、迫ってくる小さな怪物を蹴り飛ばしながらその包囲網を脱出した。

 身体はやはり強化されている。

 俺達はオリンピック選手もかくやというべき速度で、見たこともない荒地を走り抜ける。

 もう息も続かないと、またもや悲鳴が上がり続け始めたころ、空を見上げればそこには大きな青い月。

 辺りは既に暗くなってしまっていた。

 振り向けば、怪物たちはおろか、騎士のようなあの連中や、建造物も草木も動物もなにも見えなかった。

 そう逃げ切ったのだ。

 俺達は荒野の一角の巨大な岩の陰に隠れるように身を寄せて、全員で朝まで眠った。


 ここに辿り着いた少年少女は俺を含めて、男子7名、女子10名の、計17名。


 この時……

 俺は何者なのか。

 俺達がどこから来たのか……

 

 まだ何も理解していなかった。

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