命の長差(ながさ)に答えはあるか?
道宇はその枕経を勤めてから、しばらく思い悩むことになった。
修業を終えて生後数か月の乳児が先天性の心臓の疾患で亡くなったという連絡を受けた。
それだけだったなら、短い人生で可哀そうに、とか、親御さんの悲しみはとても癒すことはできない、などという思いを持ち、それを特に口にすることなく自分の仕事を進めていっただろう。
しかしその檀家はただの檀家ではなかった。
「おう、伽藍。頼むわ……」
「え? えっと確か……松戸……だったか?」
思い出したくもない学生時代。
その同期の家だった。
とは言っても同級になったことはない。顔は知ってても話しかけたこともないし話しかけられたこともなかった間柄。
その同期は道宇のことを知っていたようだったが、道宇は自分の記憶にあるだけ。その事がせめてもの救いだった。
しかし問題はそこだけではない。
彼の赤ちゃんの死因の話になるのだが、道宇が自坊に戻って来たばかりの半年前にさかのぼる。
「へぇ。隣町で海外に心臓移植手術受けに行く人いるんだ」
「まだ一才にならない赤ちゃんらしいな」
自室から台所に行くために居間を通りかかった道宇。
そこで、住職が見ていたテレビのニュースが目に入る。
渡米にも金はかかるし、そこでの入院費、手術代も併せるとかなりの金額になるはずである。
「そう言えば募金活動してたの、新聞で見たっけな。よく集められたもんだ。……成功するといいな」
「現地で順番待ちをしている患者もいる。それぞれいろんな事情を抱えてるもんだ。逆にこの赤ちゃんも場合によっては順番を飛ばされることもあるだろうな」
移植手術なら、臓器が適合するかどうかという検査もあるはず。
その検査が通らなければ、適合する結果が出るまで待機し続けなけば手術は受けられない。
いずれ、誰かしらその治療を受けることになる。
患者が限定しない限り、救われる命は増え続けるだろう。
しかし助かってほしい命は知り合い同士でなくても、自分と何かの繋がりがあれば特別にその結果が気になるものである。
そしてこの枕経の連絡を受ける数日前に、その結果のニュースをテレビで目にした。
手術は成功。経過を見て近日帰国予定という。
(確かその子と同じ病名なはずだ。どうして…‥)
枕経の仕事の前に、道宇は取り乱しそうになった。
同じ病気なのに、なぜ隣町の子は助かって、この子は助からなかったのだろう? と。
「移植手術しなきゃ助からないって言われてな。俺らにゃとても無理だからさ」
「無理……」
彼にとって無理なことを、隣町の子の親はやってのけた。
安心した親御の顔もテレビで流れていた。
親子そろって笑う顔もテレビを通して見た。
努力が実った結果を見て、良かったな、と道宇は思っただけだった。
そして、それが出来なかった親子が目の前にいる。
手術を諦めた事情はいろいろあるんだろう。
「お経、頼むわ」
道宇は我に返った。
自分がここに来たのは、この赤ちゃんを何とか出来たんじゃないか、この命を救えたんじゃないかという議論をするためではない。
檀家の家族と知らなかった既婚者の同期の子供を弔うために呼ばれたのだ。
独身の道宇には、生まれたばかりの子供を失った親の気持ちを慮るのは至難の業。
知ったかぶりのことを口にして、この子の両親の心を逆なですることもある。
何も言えず、頼まれるままに読経を始めた。
向こうの命は助かり、これから学校生活が待っているんだろう。
こちらは弔いの法要をしつつ、子供を失った後の毎日を、失う前の毎日同様に過ごしていくんだろう。
だがいとし子を失った思いがあるとないとの違いは残る。
割り切るか割り切れないかは遺族次第。家庭の事情に口を出す立場ではない。
こうあってほしい、そのためにこの話をしようということはできる。
しかし自分の器ではとても無理だ。
「ふむ。この葬儀は俺が行く。お前は留守番な」
結局道宇の出番は枕経のみ。
住職一人でその赤ちゃんの葬儀を執り行った。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
半年前のこの記憶を、振り返れば自分も辛い思いもするがあえて振り返った。
アルノーアの世界から戻り、布団の中で考える。
病の苦しみのない世界。
彼女がこの世界に来てくれたら、理不尽な差をなくしてくれるだろうか、と。
もちろん道宇の妄想だ。
しかし仮に可能だとしても、それが今更何かに発展するだろうか。
悶々としながら、睡眠時間も含めた二十四時間が経過した。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
「……そっちの世界も、大変なんですね」
またも無理やり召喚された道宇は、「しばらく話をする気分にはなれない」と、話をせびるアルノーアを突き放した。
その理由を聞く執拗さに負け、これらの話をしてしまう。
「……そっちがこっちの世界の劣悪さをどう言おうとこっちは痛くもかゆくもねぇけどよ。選択肢があろうがなかろうが、俺は俺の世界で一生を終えるつもりだし、こいつみたいに他の世界から助けを求めるつもりもねぇよ」
アルノーアに来てもらったところで、彼女一人で何ができるか。
自分がいる世界を作ったのは彼女ではないのだ。
そこのところは吹っ切って、昨日とは別の面子の彼女の部下達にチクリと釘をさす。
「も、申し訳ありません。一応全員には通達したのですが……」
「いいよ、別に。結局はこの世界の住人達も、いつかは必ず死ぬ時期が訪れるのには変わり……」
道宇の声が途切れた。
頭の中がフル稼働し始めた。
それは、これまで同様自分自身に答えの出ない問答の堂々巡りではなく、何かの答えが生まれそうな方向性を持った思考だった。
「……道宇、さ」「黙れ」
アルノーアの心配そうな声を遮り、思考を続ける。
五人の彼女の部下達は怒りに任せて椅子から立ち上がるが、昨日同様即座に静まるようアルノーアは彼女達に命ずる。
しかし道宇は全く動じず、さらに思考を深めていった。
異世界に召還された伽藍道宇は僧侶のくせに魔法が使えないと見下され、逆にその女神に説教をかます 網野 ホウ @HOU_AMINO
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