二つの世界の間で
原因があれば結果はある。
しかしその原因が何なのかが分からない。
道宇は今、アルノーアと四回目の対面の真っ最中。
しかも一対一ではなく、一対六。
もちろん道宇は一の方。
今回はアルノーアはにこにこしながら道宇の話を待ちわびている。
他の五人はアルノーアの部下。
彼女達は何者でどこから来たのか。
しかし道宇はその事には触れず、とにかく早く帰りたいとしか思わなかった。
三度目の対面から自分の世界に戻ってきた道宇。
今回はそれから二十六時間後のこと。
「同じ時間ならまた入浴中になるだろうと思いまして」
素っ裸よりはましだろうが、寺へ突然の連絡はおそらく来ることのない時間。
突然の連絡とはすなわち、誰かが亡くなった報せの電話。
その報せが来ればどんな時間でも即動く方針の道宇の寺。
しかし昨今、逆に檀家の方で、こんな遅い時間に連絡するのは菩提寺に申し訳ない、と気遣うようになった。
ゆっくりした時間が増えたのか、それとも明け方緊急の電話が来るのではないかという緊張の時間が増えたのかは分からないが、待機が確定された時間が増えたのは間違いない。
その時間帯に、三回目同様歪んだ空間にいきなり包まれて無理やり転移させられてしまっていた。
「何で俺が呼ばれるんだ。呼ばれたくないんだが」
「お話をお聞きしたくて」
話し上手で、しかもたくさんのネタを持っている者は大勢いる。
無学の自分がなぜ呼び出されたのか。
納得いかない道宇は尋ねるが。
「縁、ということでしょうね。この世界を受け入れそうにない者が呼び出されることはありませんから」
学生時代は人並み以上にロールプレイングゲームが好きだった。
現実逃避の先の一つとして。
だからといって、毎日がつらい現実世界とごちゃまぜにするようなことはなく、実際に他の世界が存在するなどと思ったこともなかったのだが、周りに流されやすいという性格が物を言ったのか。
「せっかくですから、そちらの世界の……道宇様のお仕事の話を」
「……様ってのやめてくんない? そう呼ばれたことはないし……みんなあんたみたいな尊ぶ気持ちは欠片もなさそうだし」
自称だから道宇から見たアルノーアは、本当に女神かどうかは分からない。
しかしこれだけ敬愛の態度をとる者が多ければ、それなりの地位にいることは間違いないとは判断できる。
そしてそんな高いと思われる地位にいる者相手にあんた呼ばわりする道宇。もちろんこれは故意である。
当然部下の五人は冷めた目つきから、いかにも敵意をありありと表す目つきに変わる。
「怖いので帰りたいです」
「みんな、控えなさい」
即座にアルノーアは全員を窘めた。
意外にもというか当然というか、すぐにその態度を改めるが、道宇も上っ面だけ怖がる姿を見せる。
これまでの彼の体験上、接触さえしなければ痛みも何もない。
だからと言って何の反応も出さなければ逆に小馬鹿にしていると思われ、さらに逆恨みの思いを強く持たれる。
「すぐにでも殺されそうだな」
「そんなことはさせませんから、どうかお話しを聞かせてくださいませんか?」
大慌てで、けれども落ち着いた口調でアルノーアは道宇の言葉を否定する。
しかしお話しと言っても、テーマも何もないまま出来るわけがない。
道宇はこの会話の流れに乗って進めることにした。
「……でも人って、死ぬんだよな。いつ死ぬか分かんないんだよな」
「まぁ確かにそうですね。怪我や病気で亡くなる場合はキャンセルさせますが」
「……何それ。斬新だな」
いきなり話を終了させられた気分になる。
聞けばこの世界では、生命力の衰え以外で亡くなることはないという。
魔物に襲われて死ぬ住民達が多く、その場合はアルノーア直々に蘇生の魔術を施すのだそうだ。
「魔物がなぜ現れるのかは、私でも分かりません。ですのでせめて、理不尽な悲しみを取り除くことだけはしてあげないと、と思っているんです」
死体の損傷が激しくても、肉体を復元し傷一つない体に戻した後で蘇生するという。
仏教で説く、苦しみの元である生老病死の病が否定される世界と知った道宇は、神様と一緒に生活する幸せに少し憧れた。
四苦八苦という言い回しのの四苦。その一つである。
しかし、八苦のうちの四苦を除いた四つならば、この世界でも当てはまるのは間違いない。
「えーと、怨憎会苦……めんどくさいな。憎む……会いたくない相手と会う時に嫌だと思ったり、好人物とお別れする時にいつまでも離れたくないと思ったり、欲しいと思う物が得られなかったり、思った通りにならなかったりするときに苦しい思いをする……」
生老病死の他の四つの苦しみ。
怨憎会苦。
愛別離苦。
求不得苦。
五陰盛苦。
その中身を分かりやすく説明すると、彼女達はそれぞれの持つ感情を込めた目で道宇を注視する。
自分の主をあんた呼ばわりした人物。
もっといろいろ話を聞いてみたいと思わせる人物。
魔物退治の際に、あれば便利な力の持ち主。
そんな力を得るためにどんな努力をしても身につかず、何の努力もなしにその力を持っている人物。
自分に向けられる感情は様々であることを道宇は察する。
このまま話を続けるといろんな意味で危ない予感がした道宇は話題を変えた。
「そう言えば今日は魔物退治は」
「昨日、道宇さんのおかげで倒せたので、しばらくは出ないと思われます」
女神の力でもってしても、原因不明の魔物の出現する現象ははっきりと予測は出来ないようだ。
それでも出現して姿を現す前の間もないうちに討伐すると、ある程度の安全な期間は生じるようで、そういう意味での緊張感は彼女達からは感じられない。
「ところでお話しの続きを」
「あ、あぁ……」
気を逸らしたのはほんのわずかだが、それでもさっきまでの視線の感じは変えられたようだった。
「病気やけがで死ぬことはないってことは、みんな寿命は同じ年齢で尽きるのか?」
「生命力の問題ね。生きる力は人それぞれだから何歳まで生きるかまでは分からないわね」
流石の神様でも、一人一人の体質までは把握していないようだ。
そこで、当然と言えば当然だし、ようやくと言えばようやくなのだが、道宇はあることに気が付いた。
「じゃあ医学ってのもないのか?」
「イガク? それは何ですか?」
アルノーアからの質問に道宇は気分が重くなる。
自分の話は、様々な事柄を同じ認識を持っている相手だからこそ通用する。
どちらが正しい、どちらが間違っているなどということはない、道宇とアルノーアの二つの世界の相違点。
自分の話を歓迎してもらえるのはいいが、理解してもらえなかったら時間の無駄。
「……話し方にも順序立てる必要もあるので、今回はこの辺までにしとこうか」
アルノーアは、道宇が何か思い悩む節があるのを理解した。
「……また明日のこの時間にお呼びしても」
「呼ばなきゃどうなってるか分からんだろうからな。すぐに帰るかもしれないし、すぐにやめるかもしれないし」
冗談を言える余裕が道宇にあることが分かり、アルノーアは苦笑いしながら了承した。
魔法陣から堂宇がいなくなるまでお辞儀をしながら彼女達は見送り、道宇はアルノーアの世界でのこの日の活動を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます