第3話 変化

 ある日上司から、違う部署への異動を打診された。

 私は、今の部署の仕事から離れたくないと思っていた事に気づいた。この部署で数年間やってきて、ある程度の地位にいた。それに執着している自分に気づいた。

 私が今後力を伸ばす為には、色々な部署を経験してほしいと上司に云われた。


「今ですか? 数か月、数年後ではなくて?」私は、そのまま自分の気持ちを云ってしまった。


 私が異動の話を渋っていたら、他の人が異動になったと聞いた。山内さんという、私と同年代の女性だ。

 上司には「この間の話はなかった事にしてくれ」と云われた。これはラッキー……なのか? 何だかスッキリしない。


 山内さんは、新しい部署で新しい企画のグループに入るそうだ。羨ましい。しかも、私がいつかやってみたかった企画だ。激しい後悔の波が寄せる。


 ほぼ毎日、山内さんとその企画が気になる。私はさり気なく同僚に聞いてみた。

「あの新しい企画、難航しているみたいだよ。山内さんも大変みたい」と聞いて、一瞬ホッとした自分がいてゾクッとした。

 最初は誰だった上手く行かないし、会社の新しい企画が難航しているのを喜ぶなんて、間違っている。もやもやする。これは、嫉妬だ。


 仕事がパッとしないので、恋人に気分転換しようと思った。しかし、化粧のりが悪い。

 毎週のように増田くんの家に行ってごはんを作っている。一人暮らしだから助かると思って、私は増田くんの役に立っていると思い込んでいた。


 近頃、妖精が見える時間が減ってきたというか、段々見えなくなっている。妖精は、少し透けていたりする。時々はちゃんと見えるけれど、会話が出来なくなっている。私が話しかけても妖精は答えずに、ずっと微笑んでいる。


 私は、一人でメニューを決められない。いつも妖精にヒントを貰っていたから。

 ある日増田くんに、料理がパターン化していると云われた。私は怒ってしまった。

 私は帰ると云ったけれど、増田くんがなだめてくれて、そのまま泊まっていった。

 私の感情が昂っていたので、その夜増田くんは一人でソファに眠った。私は増田くんのベッドに一人で眠った。妖精は、出てこない。


 次の日の朝、テーブルにお洒落な朝食が並んでいた。手作りのデザートまである。

「一人暮らしが長いから、一応料理は出来るんだ」と増田くんは云っていた。


「……増田くんが、妖精だったの?」私は寝起きなのもあり、色々な感情が混ざっていた。

 増田くんは「まだ寝ぼけているのか?」と少し困って笑っていた。


 妖精、どうして現れてくれないの?


「増田くん、ごはん作ってくれてありがとう。増田くんは料理の大変さを知っていたから、私が押しつけがましくごはんを作っても文句を云わなかったんだね」

 増田くんは、「そんな事思ってないよ」と、又困っていた。

「でも、時々は本音を云ってほしい」ようやく私も本音を云える気がした。


                 〇


 他人を嫌う事。違いを認める事。自分の弱さを認める事など、色々な事を考えた。

 その日の夜、妖精が少し見えた。消えそうになったので、私は手を伸ばした。妖精を、捕まえた。

「捕まえた! こっそりいなくなるのは駄目! こっそり消えるのは、こうゆうのの定説だもんね。」私は叫んでいた。


 妖精は、最初に会った時と変わらずに、微笑んでいた。


「今までの妖精への感謝と、妖精が消える哀しさを、私にきちんと与えて。私は別れを受け入れる。」私は涙目になっていた。


「貴方は今まで気づかないだけで、とても恵まれていたの。本当の別れや哀しみを知らなかった……でも知ったんだね」出会ってからずっと微笑みの表情だった妖精の顔が一瞬、寂しそうに見えた。そして消えてしまった。


                 〇


 次の日会社に行くと、上司に再び呼び出された。先日、山内さんが異動になった部署の人出が足りないという話だった。

 これは、チャンス? 妖精が置いていってくれたのだろうか。

 私がもし異動して、異動先の新しい企画が成功するかは解らないけれど、こんな気持ちのままじゃ嫌。私は、その部署に行く事にした。


 新しい部署の人は教え方が上手で、すぐに溶け込めた。けれども専門用語には全然ついていけないので、もっと勉強が必要だ。失敗しても自分で決めた事なのでうだうだしない事にしている。それよりも、勉強しなくては。


                 〇


 あれから妖精は現れない。解っていたつもりだけれど、何処か期待している自分もいる。妖精は、もう現れないかもしれないし、私が死ぬ直前なんかに現れるかもしれない。

 とりあえず、あのぷっくり唇のやり方を、聞いておけば良かった。来月、増田くんとデートの約束があるのだ。


                〇●〇


 此処は妖精の国。たくさんの妖精が、花の咲く場所でお茶会を開いている。

 そこに胸元に薔薇の花を付けた、薄い緑色のふんわりスカートの妖精が飛んできた。伏し目がちな大きな瞳にぷっくり唇の妖精。誰かが彼女に声をかけた。

「ローズ、今度は何処へ行っていたの?」

「日本の女の子の所よ」ローズは笑顔で答えた。

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手のひらに薔薇 青山えむ @seenaemu

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