第40話 B子さんの横恋慕(B子視点)

「あちゃあ……。ちょっと遅れちゃったな」


 わたしは少し脚を早めた。月初めの〆の日だったから、残業しちゃった。

本当は一度、丘の上の病院に寄って、一緒に浩さんのアパートに行くつもりだったんだけどな。その分、浩さんと一緒にいれる時間が増えるものね。


 よし! バスに間に合った。


 バスに乗り込み、窓から流れる夜景を眺めながら、わたしはボンヤリと彼との出会ったころのことを思いだした。


 わたしと浩さんが出会ったのは、ほんの数ヶ月前。

 患者と相談員としてだった。


 わたしはくも膜下出血で倒れた。

 病院に運ばれた後、最初の頃は旦那が付き添ってくれてた。

 でも身体の半分に麻痺が残る、障がい者になるってわかったら、手のひらを返したんだ。新しく女を作って、とっとと離婚さ。


 所詮、世の中、こんなもの。


 病院職員だって仕事だからやってるだけ。

 どいつもこいつも、診察と治療やって終わりっていう連中ばかりだ。

 退院後、わたしみたいな中途半端なものは、家でじっとしてるしかないと思い込んでいた。


 でも、浩さんたちは違ってた。

 

 最初はわたしも戸惑った。

 だからかな? 最初の浩さんの印象は、なんだ? この人だった。正直いってウザい人って感じ。

妙にいろいろなことを尋ねてくるし、困ったことに応えようとしてくれる。そのうえ、退院後の人の心配して、『退院後、どうしたい?』だなんて、聞いてくる。


 その態度はわたしにだけではなかった。

 わたしにだけ優しかったりしたら、軽蔑してただろう。だって下心があるってことでしょ?


 それが性別も年齢も関係がなかった。

 いつも人の心配ばかりしている彼。

 ためしにちょっと色っぽく迫っても、どきまぎするばかりの彼。


 だから、わたしは自然に浩さんに惹かれた。そりゃあ、旦那と別れたばかりで、寂しかったっていうのもあるけどね。


 問題はいつも隣にいて、手を繋いでいるみゆきさんだ。

 ずっと様子をみていたけど、どうやらみゆきさんは浩さんのことが好きなようだ。当の本人はとっても純情だから、告白していないようだけど。

 肝心の浩さんは、というと……何だろ? みゆきさんのことが気になるようだけど、はっきりわかんないんだよね……。


 ま、お互いに告っていないのは確かね。これは元人妻の勘よ。

 ということは、わたしにもチャンスはあるって事だね。


 あ、アパートに着いた。


***


 アパートに着くなり、怒号が聞こえてきた。


「だからみゆき、今日のおかずが足りないだろう?」

「ちょっと、さよこの分を忘れちゃっただけじゃないの! 最初はB子さんだけだって思ってたけど、さよこまで押しかけてくるとは思わなかったもん!」

「いくら可愛らしく、口を尖らせたって、今夜の買い物当番はみゆきであることは変わらないんだからな。ちゃんと役目は果たさないと、廻らないだろ?」

「ふん。どうせあたいは可愛くないよ!」


 みゆきさんが何か投げて、あたしの方に向かって飛んできた。

 ヒュンっと耳元で風切り音がした。


「わっ!」


 慌ててあたしが避けると、脇にあった柱に突き刺さった。

 よく見たら、これ、メスだ……。怖っ!


「あ、B子さん。お帰りなさい。危なかったね」


 あたしに気がついた浩さんが、にっこり笑って平然と柱のメスを抜く。と、いうことは、いつもみゆきさんはケンカする時は、メスを投げるんだろうか……。


 深く考えちゃいけないような気がして、あたしは部屋にあがった。


「B子さん、お疲れさま。みっともないところを見せちゃったわね」

「いえ。こちらこそご厄介になります」


 一息ついてテーブルに座った、ちょうどその時、


「はあ。疲れた。お弁当買ってきたよ」


 と、さよこさんがあがってきた。


***


 さっき凶悪な夫婦ゲンカっぽいシーンを目撃した後だからかな?

 食べているときや、順番に入浴するときの小さないざこざが、逆に楽しく感じられた。


 みんな学生みたい!


 だって旦那(元だけど)とは、こうやってケンカすることも、騒ぐこともなかったもの。ある意味、あたしは旦那のお人形だった。大切にされて、何でも言うことを聞いてくれたけど、お互いに思っていることを言い合うって、仲じゃなかった。


 結婚するとき、


「君は何もしなくてもいい。いてくれるだけでいいから」


 って、いうのがプロポーズの言葉だった。

 好きになってくれたのは、ただ美人だったから、スタイルがよかったから……。

 今から考えたらアホかと……。ただのダッチワイフじゃん。あたし……。

 

 騒いでいる浩さんとみゆきさん、さよこさんを見てると、ああ、いいな、こういう関係って思っちゃう。


 横恋慕でもいい。あたしもあの輪の中に……浩さんと一緒にいたい。そう思ってる。



「で、浩。今夜はB子さんと一緒に寝るんだよね?」

「あみだで決めたじゃないか。みゆき。文句いうのはなしだろ?」

「そ、そうだけどさ。元患者さんなんだから、手ぇ、出すなよ。何かあったら……」


 みゆきさん、顔怖いし。

 両手の指をさっきからポキポキ鳴らしてるんだけど……。やっぱり彼女は武闘派なのね。


「手なんか出せないだろ? 他にさよこもいるんだから」

「ちっ! ま、しかたないわね」


 ぶつぶつ言いながら、床に布団を敷くみゆきさん。

 今夜くらいは浩さんをお借りするわね……。

なんとなく後ろめたさを感じながら、あたしも寝る支度をする。


 昨晩泊まったとき、みゆきさんも、さよこさんも派手な下着を着けてたから、あたしも対抗して、透け透けの下着を着けてきたんだ。


 それにしても……。

 みゆきさんは大人っぽい黒い下着だったし、さよこさんは真紅の下着……。

 こんな妖艶な女性に囲まれて、浩さん、エッチな気分にならないのかしら?


 ま、あたしの下着で興奮してくれたら嬉しいかな。人妻の色気で悩殺しちゃうよ。さすがにみゆきさんたちがいるから、エッチはできないだろうけど、いい感じになればそれで今夜は満足かな。

 

「それじゃ、電気消すよ。みんなおやすみなさい」

「はいよ。浩、おやすみ」

「おやすみ」


 あたしもベットに入る。


 部屋の電気が消され、浩さんが入ってきた。 

 やだ、あたし、ドキドキしてる。


「浩さん……?」


 あれ? 寝ちゃったのかな。ちょっとお話したかったのにな。もう寝息が聞こえてくる。

 

 眠れない……。


 あたしはそっと浩さんの胸元に頬をよせてみた。

 彼の鼓動が聞こえる。


 なんだか落ち着くよ……。

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