第37話 ベッド de サンドイッチ?

「ねえ、浩さん。このベッドって、ふたつ、くっついてるように見えるんだけど? 気のせいかしら」

 

 B子さんが寝室を覗いて、ひと言、言い放った。

 思いっきりジト目でにらまれてる。背中に嫌な感じの汗が流れてくる。

 

 はい、そのとおりです……とは言えない。


「こ、これはだな。みゆきが手を繋いでないと眠れないっていうから……」


 思わず言い訳をしてしまった。半分本当だけど。

 

 ただでさえ、僕とみゆきは、実質夫婦だの、早く結婚してしまえだの、リア充だのと言われている。それが一緒のベッドで寝てるってのがバレたら、

とんでもない騒ぎになる。正直、その事態だけは避けたい。

 

「へえ~。夜はみゆきさんと愛し合ってるわけね。いいなあ。うらやましい」


 どうして手を繋いでると、イコール愛し合ってることになるんだ! 謎だ。


 指をくわえて、僕を見つめるB子さん。上目遣いでうるうるしてるせいか、妙に色っぽく見える。思わず生唾をのみ込んだ。


 もし、他のみんながいなかったら、うっかりB子さんをベッドに押し倒してしまってたかもしれない。危ない、危ない。


「B子さん、どうしたの?」


 僕たちが寝室で騒いでいるのを聞きつけて、みゆきとさよこが来た。二人で食器を洗ってたのに。

 B子さんのただならぬ気配を察知してのことかもしれない。

 

「あの、一緒の布団でみゆきさんたちが寝てるのかなって思ったので……」

「確かに一緒の布団で寝てるように見えますわね。どういうことかしら? 説明してくれるかな? みゆきさん」


 密着してるベッドを指さし、凍りつくような笑みを浮かべるさよこ。


「え、えと……。あのね、これは……それだよ。ちょっと安心できるかなって思って……」


 歯切れが悪いぞ、みゆき。

 すがるように僕を見つめてもな……みゆき。

 僕から説明しても無駄なような気がするけど。しょうがないな。


「どっちかが夜中、トイレに行くとき、手を繋いでた方が誘導しやすいからだよ」

「トイレだけのため?」


 さよことB子さんが僕の瞳を覗き込む。思わず背に冷たい汗が流れる。以前、寝ぼけたみゆきを誘導介助したこともあったから、間違いじゃない。


「ま、いいわ。そういうことにしておきましょう。私たちも一緒に寝ればいいんだし」

「は? 何を言ってる! さよっち。こ、こ、このベッドはあたいと浩だけの……」

「みゆきさんこそ何言ってるんですか! 別にナニするわけじゃないですよ。ただ一緒に寝るだけです」


 さよことB子さんが共同戦線を張ってきた。

 ナニするって……。この人たち、一体何をするつもりなのか。僕とみゆきは思わず顔を見合わせた。


 ***

 

「浩さんを真ん中にして、私とB子さんが、左右に添い寝すれば問題ないわ」


 つまり僕をサンドイッチしてしまうってことか! いくら何でもそれはない。


「ちょっと待ってくれ!」

「あら? 何かご不満でも?」

「さよこ、困るよ。もし何だったら、僕が居間で寝るよ。三人はベッドでいいだろう?」


 眉をひそめて、さよこは頬に人差し指をあてた。思案している時の彼女の癖だ。もしかしたら、ベッドで揉みくちゃにされる事態は避けられるかもし

れない。


「それはダメよ。饅頭にあんが入ってないようなものよ」


 やっぱりダメか……。

 誰の機嫌も損ねずに、三日間過ごすなんて無理な話か。正直、患者さん相手にいろいろ考える方がずっと楽だ。


「いいこと思いついた!」


 いい加減、どうにでもなれ! と思い始めた時、みゆきが叫んだ。


「どうした? みゆき」

「あみだくじよ! 三日間あるんだし、あたいたち三人が代わる代わる浩と寝ればいいんだよ!」


 なぜにあみだくじなのか? 

 あ、もしかして順番を決めるためか!


「三日間あるから、代わる代わる一緒に寝るのはいいわね。でもなんであみだくじなの? ジャンケンでもいいじゃない」

「ふふふ。さよっち! あみだくじこそ、公平にできるくじ引きだからよ!」

「あら、そういえば、貴女はジャンケンが弱かったわね。あはは」


 一瞬、グッと下唇を噛むようなしぐさをみせたが、僕の両肩に手を置いて、ポンポンと叩くと、


「浩があみだくじ作ればいいわ。だって部屋の主でしょ?」


 ぐぅの音も出なくなった。そりゃそうだ。


 結局、僕が作ったあみだくじで、一緒に寝る順番を決める事になった。

 なんだかおかしいような気もするが、反論すると面倒な事態になりそうだ。

 


 みんなでわいわい騒ぎながら、くじ引きの準備をしていると学生時代を思い出す。何だか懐かしいな……。

 思い出に浸ってると、さよこがちょんちょんと脇を突いてきた。


「どうしたの? 遠い目をして」

「いや、学生の時、こうやってみんなでバカ騒ぎしてたなって」

「そうだったわね。懐かしいな……。みゆきさんがいるから、いつまでも学生気分が抜けないんじゃない?」

「……そうかもな」


 横目でさよこを見ると、B子さん達が騒いでいる様子を、寂しそうに見つめていた。


「ほら! さよこの番だよ?」


 みゆきが持ってきた紙に、ここよ!、と自分の名前を書くと、その紙を僕に手渡した。


「ほら、あなたが適当に線を引いて」


 さよこが促したので、僕は彼女たちの名前を隠して、適当に線を引いた。

 こういうのは決まる瞬間が一番楽しい。はずれるにしても、だ。


 みゆきがBGMにワーグナーの『ワルキューレの騎行』を流した。

 

「わあ。やる気出てくるぅ!」


 パチパチと無邪気に手を叩くB子さんを見て、満足そうにしているみゆき。


「ふふん。いいでしょ。さあ、オープン!」


 B子さんから順番にみゆきがなぞっていく。


「ちぇ、あたしは一番最後か」

「どれ、私は……二日目だね」

「やったあ! あたいが最初だ! やっぱりあたいと寝るのがいいよね? 浩」


 結局、初日の夜はみゆきと寝ることになった。

 なんだ、いつもの通りじゃないか。そう思っていたのが浅はかだった。


「じゃあ、私たちも監視のために、同じ寝室で寝るから」


 おもむろに居間に置いていた来客用の布団を、寝室にひっぱってくるさよこ。

 

「同感! やっぱり不安だわ。みゆきさんが浩さんに手を出すと悪いから!」


 ドキリとするようなことを言いつつ、B子さんも寝室の床に布団を敷きはじめた。

 

 妙な結託をしちゃって……。今の共通の敵はみゆきなんだな。


「じゃ、おやすみ。すごく疲れたよ」


 初日からこんなんじゃ、あと二日、持つんだろうか? いろいろな意味で……。

 仕事の数十倍も疲れたよ。

 

 女の子たちの、おやすみの声を聞く間もなく、僕は深い眠りに落ちていった。

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