第12話 しかし、一方で女同士の戦がはじまったようだ

 ちょうどAさんに、上司への連絡をしてもらっているところだ。日時などは副校長たちに合わせることとなった。


「……え。本日、午後からお時間がいただけるのですね? は、はい。ありがとうございます」


 ピッとAさんがスマホの通話を切った。どうやら、こちらへ出向いていただけるようだ。


「先生方! 今日、午後から副校長と本多主任が来られるそうです」

「え? 早いですね。まさか今日とは思いませんでしたよ。みゆき、午後の診察は大丈夫か?」

「二人ほど診察予定だけど、午後の分はさよっちにまかせるしか……」

「いいと思う。ちゃんとみゆきから伝えてくれよ」

「……」


 さよことの仲が悪いのは僕のせいだ。何とかしなきゃな……。

 とりあえず今は仕事だ、仕事。自分自身に言い聞かせるよう、みゆきを諭す。


「仕事だろ? 個人的なことは後回しだ。おまえらしくない」

「わかったよ」


 苦々しげに口角を歪ませながら、絞り出すように彼女は返事をした。

 

 そんな顔するなよ。

 怖い顔をしているみゆきから視線を外し、僕は午後からの面談のことを考えた。


***

 

 Aさんの面談を終えると、もう昼食時だった。


 この職場はできるだけ患者さんと一緒に食事をとることになっている。食事介助の他、患者さんとのコミュニケーションをはかるためだ。

 今日はこれから副校長たちが来られる。いつものように患者さんと食べている時間はない。みゆきと相談して、職員食堂で昼食をとることにした。


「しかし殺風景だな。ここの職員食堂」

「みんな、患者さんと食べているからねえ。あたいたちのお昼ご飯も殺風景だけどね。

パンだけって、どういうこと?」

「しょうがないだろ? 突然、これから面談が入ったんだからさ」

「ちぇ。お腹がすくじゃない。後で何かすごいの作って! それかおごってよね?」

「はいはい。わかりましたよ。みゆき姫」


 パンにかじりつきながら、みゆきをなだめる。機嫌を直してもらうために、今夜は外食するかな。

 そんなことを考えていると、さよこがやってきた。


「何よ? 今朝の続きでもやるつもり?」


 突然やってきたさよこに対して、みゆきがにらみつけた。タイミングが悪すぎるよ……今は来て欲しくなかった。


「ケンカで来たわけじゃないわよ! わ、私は浩君に用事があって来たのよ」

「さよこ、用件は何だい?」


「こ、これを……た、たべてくれないかな?」


 さよこは後ろ手に隠していたお弁当箱を差し出した。僕に差し出したその手が、かすかに震えているように思えた。


「何よこれ? 浩はもうあたいと食べたけど?」

「お弁当、あまったのよ! あまりものだから! パンだけじゃ、午後から乗り切れないでしょう?」


 みゆきはすごく嫌そうな顔をしている。

 困ったな。この弁当、どうみても作ってきたものだよな。それを突っぱねるのも……。でも、僕がこれを受け取ると、みゆきはもっと機嫌が悪くなるだろうし……。

 

 あ、そうだ。いいことを思いついたぞ。


「ありがとう、さよこ。この弁当をいただく代わりに、午後、みゆきが担当予定の診察をお願いできるかな?」

「ちょ、ちょっと! 浩!」

「みゆき、これから僕たちはAさんの上司と面談するんだぞ。患者さんの方が大切だろ?」


 目配せしたけど、これがみゆきのためだって、わかってくれたかな。さよこに言いにくいなら、僕が代わりに伝えるよ。


「ちっ! わかったよ」

「……でも、私が午後の診察をことわったらどうするの? 浩君」


 意地悪そうに、さよりは僕の瞳をのぞき込んでくる。そしてなかなか弁当を受け取らない僕に対して、さよこは弁当箱を押しつけてきた。

 さりげなく手のひらで、その弁当を押し返しながら、僕は念を押してみた。


「そういうことなら、この弁当はもらえないよ。交換条件さ」

「あいかわらずね、浩君も……。いいわ。みゆきの分の診察はしてあげる。代わりに、今ここで、お弁当を食べてね」

「……わかった。今いただくよ」

「納得いかないな、あたい。どうせまずいんだろ」

「あら? みゆき。そんなこと言ってるけど、私の料理を食べたことある?」

「いや、ないけど。あたい、たいてい外食か、コンビニだったし」

「うふふ。じゃ、ちょっと食べてみなさいよ」


 さよこに挑発されたみゆきは、ムッとして弁当箱から卵焼きをつまむと、口の中に放り込んだ。


「うっ! うまい……」


 口に入れた途端、みゆきは目を見開いた。


「ふふん。みゆき、もしかしてまだ、浩君にご飯を作らせてるの?」

「くっ……。ほ、ほっとけよ。さよっち……」

「うふふふ。浩君、いつでもご飯を作ってあげるからね。じゃ、午後の診察はまかせて」


 白衣をひるがえして、食堂を出て行くさよりの機嫌が良さそうに思えたのは、気のせいだろうか。


「あのさ、浩」

「なんだよ。そろそろ副校長さんたちを出迎えないと」

「ご飯作れない女子は嫌いか?」


 おそるおそる尋ねてきたみゆきの瞳が揺れている。


 さっき、さよこに食事のことを言われたからだな。女性の手作り料理は好きだけど、みゆきの場合は危ない。もし料理中、睡魔に襲われたら、家事が火事になってしまう。


 みゆきの場合は、僕がそばにいないとダメなんだ。


「いや。みゆきは別だよ」


 黙って彼女は僕の手を握り直した。

 そしてAさんの上司たちを出迎えに、一緒に玄関へと向かった。


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