カラーオーラ

倉田京

カラーオーラ

 僕の名前は田中あつし。小学六年の男子だ。今、病院のベッドの上で退院後の計画を立てている。僕はもうすぐ退院する。この病院を出たら、とりあえず駅前に行ってみようと思っている。

 二週間前、僕は自転車で転んで大怪我をしてしまった。何が原因で、どう転んだかは覚えていない。学校のグラウンドで友達と遊んでいた所までは覚えている。でもその後の記憶がスパッと抜け落ちていた。気がついたら病院のベッドの上だった。聞いた話によると、僕は家に帰る途中の道で、一人で勝手に転んでしまったらしい。近くを歩いていた若いお姉さんが僕を助けてくれた。

 正直、覚えていなくてよかったと思う。なぜなら僕はその事故で右目を失ってしまったから。そんな事故の直前に見えていたものなんて、覚えていたらトラウマになってしまう。


 でも僕の右目は今もちゃんと機能している。べつに機械が入っているわけじゃない、僕の右目は元に戻った。正確には交換されたんだけれど。お医者さんが言うには、最新技術によって左目の細胞から新しい右目が作られたらしい。僕はこの時代に生まれてきてよかった。

 普通だったらこのまま退院して元の生活に戻る所だけれど、僕にはちょっと気になっている事がある。退院後の計画というのも、それに関わることだ。


 僕の新しい右目は、視界がちょっと変わっていた。左目には見えないものが映っている。お医者さんは手術の影響だろうと言っていたけれど、どうも違うような気がする。だって見えるのは人の体の周りだけだから。テレビや車椅子なんかの周りには何も見えない。

 人がまるで半透明のきりをまとっているように、僕の右目には映っている。


 僕に見えているものはおそらく、オーラというものだ。人だけが持っている何かのちから。それがどんなちからかは分からないけれど、僕だけにそれが見えるようになったというわけだ。なんだか漫画の主人公になったみたいで、ちょっとかっこいい。

 何かすごい超能力に目覚めたに違いない。そう思った僕は右目の能力について調べてみることにした。

 もちろんお医者さんや家族には内緒だ。僕に不思議な力がある事が分かったら、きっと大騒ぎになってしまう。テレビの記者会見ぐらいで済めば良いかもしれないけど、どこかの研究施設にでも拉致されたりしたら大変だ。きっと人体実験でもされて、最後にはバラバラにされてしまうに違いない。テレビや漫画でよく見る超能力者は、大抵不幸な結末を迎えている。この調査には慎重さが要求される。


 僕の右目に映るオーラには一つの特徴があった。それは色が付いているという事だ。僕はまず、その色について整理していくことにした。

 大体の人は白のオーラをまとっている。でも人によっては黒だったり青だったりする。そして時々オーラの色が変わる。僕を担当してくれている看護師さんは、今日は赤のオーラだ。でも昨日は白だった。たまにオーラが無くなる時もある。

 赤のオーラの人に『あなたはなぜ赤のオーラをしているんですか?』と聞くわけにはいかない。聞かれた方は多分きょとんとしてしまう。そして僕の退院が少しばかり伸びることになる。頭の精密検査をいちからやり直すなんて、ちょっとごめんだ。

 だから僕は自分なりにオーラについて考えてみることにした。でもいくら頭をひねってみても、はっきりとした答えが出なかった。オーラはきっと体調に関わるものなんだろう、ぐらいしか思いつかなかった。

 ちなみに僕自身のオーラは常に白だった。なぜだろう。


 病院の中で会える人は限られている。お医者さん、看護師さん、となりのベッドの人。時々、学校の友達や、お父さんやお母さんを見ることはできるけれど。

 でも退院すれば、駅前などに行ってもっと色んな人を見ることができる。文字通り『色』んな人を。そうすればオーラについて何かヒントが得られるはずだ。もしかしたら金や銀のオーラを持ったような人が歩いているかもしれない。

 退院後の計画とは、つまりそういうことだ。



 でも僕の計画はすぐに不要になってしまった。退院してすぐの病院の玄関で、僕はこのオーラの正体を知る事になった。


 病院の玄関を出て、迎えに来てくれたお父さんの車に向かっていた時だった。正面からお姉さんが歩いてきた。事故の時僕を助けてくれた人だ。退院祝いの花束を持ってきてくれている。優しい。お姉さんはとても綺麗な人だ。加えてその時は太ももがしっかり見える短いスカートを穿いていた。僕はお姉さんの足につい見とれてしまった。でもこれは仕方のないことだ。雨が降ったら傘をさすぐらい当たり前の反応だ。僕に罪はない、悪いのは短いスカートだ。

 その時突然、強い風が吹いた。風にあおられ、お姉さんのスカートがバサッとめくれ上がった。偉いぞ自然現象。僕はちょうどお姉さんの太ももに照準しょうじゅんを合わせていたので、そのスカートの中に隠された三角形をばっちり見る事に成功した。黄色だった。

 心の中でガッツポーズした後に気がついた。慌てた様子でスカートを抑えているお姉さんのオーラを改めて見てみた。黄色だった。


 僕はオーラの正体に気がついた。オーラの色はその人のパンツの色だった。

 そういえば思い出した。僕は転んだ時、風のいたずらで見えたお姉さんのパンツに見とれていたんだ。よそ見をしていたせいで、地面に落ちていた大きな石に気づかず、ガツン…。

 なんて偶然だろう。でもいい能力を手に入れた。これで女の子のパンツの色が丸わかりになる。パンツの色が分かった所で、大したことは無いかもしれないけど、文字通り『色』んな妄想に拍車はくしゃをかけることができる。明日から学校が楽しみだ。

 しめしめと思ったその時、玄関に近づく別の人の姿が目に映った。杖をついたお婆ちゃんだった。オーラはベージュだった。げっ…。慌てて目をそらした先に、ハゲたおっさんがいた。オーラは白だった。うわっ…。


 退院後、僕は駅前には行かず、急いで薬局へ行って眼帯を買った。



 僕は可愛い子や好きな女の子が一人でぽつんとしている時に、こっそり眼帯を外している。

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カラーオーラ 倉田京 @kuratakyou

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