第五話.ロボ殺し シーン1



 ――夜。

 僕が向かい合うパソコンの画面には、今日もワープロソフトが起動している。

 小説は遅々として進まず……つまり、遅々としたレベルで一時間に数行ずつだけ書き進んでいた。

 午前を回ったら寝る準備を始めようと思っていたのに、パソコンの電源を落とそうとした矢先に始まった深夜アニメを見始めてしまった。

 あまり興味のない、少女漫画原作のやつだったから初めて見たが、演出が面白かったのでついつい見続けてしまう。そのままAパートが終わって、CMに入った時の事だった。

 パソコンの横に置いていたスマートフォンが振動して、メールが来たのを伝えてくる。

伊井坂 い い さかか……?」

 こんな時間にメールしてくる知り合い、他に心当たりがない。共通して買ってるマンガの最新刊が出たりすると、真夜中に感想を送ってきたりする。他にSNSをやってる友達も多いだろうに。

 しかし今日のメールは、伊井坂からではなかった。アドレスはだいぶ前に教えたけど、メールをもらうのは始めの相手だ。

 差出人欄に表示されている名前は「村瀬むらせ果穂かほ」。はゆの親友で、ネット小説投稿サイトで書いたライトノベルが評価されて商業デビューを目前にした女の子だ。

 ちょっと前、そのデビューの件でナーバスになって家出をして、映たちといっしょに捜しに行ったこともあった。今は心境を整理して、ともかく一冊リリースすることを目標に頑張っているそうだ。

 それでも、鉄のメンタルを持ってるというタイプの子じゃない。この時間だし、なにか差し迫った相談でもあるのかと、少し警戒してメールを開く。

 果穂ちゃんらしい、書いた人の緊張が伝わってくるような堅い文面が目に入ってきた。


天太あまたさんへ

 御無沙汰しています。お元気ですか。映に訊いても、あの子、照れてしまうのかあまり話してくれません。

 こんな時間にメールしてしまい、すみません。でも、早めにお知らせした方がいいかと思ってお送りしています。

 今日、校正の説明を聞きに会社に行ったのですが、そこでたまたまあいさつした作家の先生から……』


 本文の続きを読んで――僕は目を輝かせた。


        ◇


 翌日。

 朝から上機嫌だった僕は、朝食の時、隣に座った映に不審そうに見られたが、果穂ちゃんから来たメールの件を話すと映も機嫌を良くした。

「へぇ、兄に直接メールしたんだ。果穂、頑張ったじゃん」

 まったくだ。果穂ちゃんは学校の授業もこなしながら、編集部との打ち合わせや作品の改稿に励んでいる。まだ高校一年なのにすごいことだと思う。深夜まで悩んでろくにページを埋められない僕には、想像もできない世界だ。

 年下の活躍に不思議と焦りを感じないのは、まだ現実味が追いついていないからだろうか。僕に向上心が足りないだけかもしれないけど。

 それよりも今の僕は、週末の予定が埋まっていることに浮かれていた。


 登校時、映は僕より五分ほど早く家を出る。近所の人に、僕と連れだって歩いているのを見られたくないらしい。町内のおばちゃんたちの生暖かい視線まなざしはよく知ってるし、気恥ずかしい気持ちは同様なので、僕も嫌がらせで強引に付いて出たりはしない。

 学校の最寄り駅に着くのも電車一本分ずれて、僕は一人で校舎へ続くみちを行く。

 朝の時間、駅から学校までの道はそのほとんどが生徒で埋まる。その中を僕は、前を行く同輩たちをどんどん抜かしながら歩いていた。

 特に足が速いわけではない。遅くもないと思うけど、それ以前に周りが遅いのだ。友達とはしゃいだりスマホを見ながら歩いているのだから、友達もスマホを使う趣味もない僕は相対的に足が速くなる。

 生活がスマートでいい…………と言っては開き直りだろうか。

 入学当初はいかにも景気悪くうつむいて、前方と足下とを半々に見ながら黙々と歩いていた。通学途中になにか面白い景色があるわけでもない。考えるのは昨日の自分のことと、今日の自分のこと……

 でも、今はちょっと違う。

 目は常に前を見るようになった。僕が乗ってくる電車より少し早く着くものを、彼女が使っているからだ。三日に一回くらいは先を行く背中を見つけられたし、足取りののんびりした彼女に追いつくのは簡単だった。

 今朝も、ふわふわとたどたどしいような足運びをしている小さな背中を見つけることができた。髪質の軽さからか、ちょっと強い風が吹くたびに視線が遮られるらしく、何度も髪をかき上げている。

 ……などと一方的に観察していると、まるでストーカーだ。足を速めて、彼女へ並ぶ。

帆影ほかげ

 並ばれて、帆影あゆむは僕に気付いた。ふっと顔を上げた彼女と目が合う。視線がぶつかった瞬間に喉が詰まって、次の言葉を忘れてしまう。それは帆影も同様だったのか、口を開きかけたまま、何度かまばたきした。

 見つめ合って、立ち止まって――このままだと通行の邪魔になると気付いた頃、

「ぉ……はよう」

「おはようございます」

 ようやくあいさつを交わし合って、僕らは歩みを再開した。

 なんとなく視線を感じて帆影を見ると、また目が合った。帆影の目が揺れた気がしたが、揺れたのは僕の目玉の方だったかもしれない。それから帆影が目を前に戻して、僕も前を向いて、歩いた。

 僕も帆影も口数の多い方ではない。当たり障りのないような会話を始めるにもきっかけが要る。

 だから、話していたわけじゃない。でも、他の人と同じようにのたりのたりと、足の裏で地面を味わうようにゆっくり進むようになっていた。

 坂道のアスファルトに早朝の白い日差しが反射して、十字星の形の光が路面ににじんでいる。それをけるように帆影の方を盗み見て、ふと思い出す。

 僕は以前、この通学路で妹に殴られた。僕が帆影を好きになった理由を邪推した映が、僕のボディを強打したのだ。その時、映はこう言っていた。

『人間を! おっぱいで! 決めるな!』

 ……たしかに。今、隣を歩く帆影の姿を見ても、その胸は制服越しにも明らかなくらい大きい。姿勢が良いせいもあって、正面へ張られた胸が特に強調されている。帆影歩を表す特徴の一つではあるだろう。

 僕が帆影の大きな胸を好きか嫌いか、気になるかどうかを言えば、それはもう、圧倒的にポジティブだ。

 風呂場から送られてきた写真の中の湯船に沈んだシルエットも、下着売り場の試着室で一瞬だけ見えた胸元も、網膜から脳に転写されて細胞にこびり付いている。真善美という言葉に意味を与える膨らみの姿は心に刻み込まれている。

 でも、映は間違っている。僕は胸の大きさで好きになる人を決めたりしない。実際、タレントでもマンガのキャラクターでも、胸に注目してファンになったりはしない。

 人間をおっぱいで決めたんじゃない。帆影でおっぱいを決めたんだ。

 その順番は絶対で、逆はありえない。「青頭巾あおずきん」の僧侶が恋人への愛と食人を混同したのと同じく、帆影への想いが豊かな胸への関心に転移しているにすぎないからだ。

 銘ずべし、おっぱい先に立たず。と。

 心の中の頭をうんうんとうなずかせ、自分の信念に納得していると、帆影が小さくあくびしたのが判った。すぐに口元に手を当てて隠したけれど。

「眠そうだな」

 帆影は噛み殺した息を整えるためにか、一拍置いてから答えてきた。

「昨日は夜から本を読み始めて、途中でやめようとしたんですがやめ時が見つからなくて、数時間しか眠っていません」

 帆影は顔を上げて僕を見たけれど、太陽が視界に入ったのかまぶしそうに目を細めた。

 それで寝不足とは帆影らしい。僕の知る限り、基本的には規則正しい生活を送っている帆影だが、本のことになると歯車が壊れるようだ。

「そんなに面白い本なのか?」

「はい。柳生やぎゅう十兵衛じゅうべえが朝鮮柳生の呪術を受けて別人の体に宿らされ、復讐を考える話で」

「……なんかすごい話だな」

 それは眠れなくなりそうだ。という僕の感想に、帆影は小さくうなずいた。帆影にしては少しせわしない仕草だった。そんなに面白かったのだろうか。

「はい、すごいと言うより――」

 彼女がなにか言いかけたところで、残念ながら校門にたどり着いてしまった。

 朝練でランニングしていた酒々井しすいさんが帆影に話しかけてきたこともあり、僕らは別れて昇降口へ向かった。

「それじゃ……また後で」

 別れ際にかけた月並みな言葉に、帆影は反射的にうなずいて、その後から短い声を追わせた。

「はい」


 ――ほんの数分、並んで歩いただけだったけれど、朝から顔を見られて、声を聞けて、隣を歩けた。ただそれだけで、自然と口が緩んでしまう。

 満足なような気もするし、少しだけ物足りない気もする。

 帆影はどうだったんだろう……?

 僕と同じように、顔を見ただけで胸が溺れるようになったり、相手の一挙一動に喜んだり不安になったりしているのだろうか? いつも涼しげな彼女の顔からは、よく解らない。

 いつもの問いを頭に浮かべながら、僕は上履きに収めた爪先つまさきをトントンと廊下に馴染ませた。


        ◇


 漫画研究会は研究となってはいるが、一応、正式な部活動だ。部員も、僕と帆影二人きりの文芸部よりは多い。確か五月の時点で六人はいたはずだ。

 しかし原稿や資料、それらとは全く関係なく部員が持ち込んだマンガや玩具の山で、机も棚も床も埋まってしまっている。何度かお邪魔したこともあるが、足の踏み場に困った覚えがある。

 我らが文芸部室はと言えば、本は漫研に負けず劣らず多いが、歴代の部員も僕らも部屋は整頓されていないと落ち着かない性質たちだった。本棚は整然としていて、床や机の上はこざっぱりとしたものだ。

 だから伊井坂りんは、雑談したい時だけではなく、なにかスペースの要る作業をしたい時にも文芸部室を訪れる。

 今日の放課後の伊井坂は、文芸部の机の上でプラモデルを広げていた。

 前期に放送された巨大ロボット物アニメのグッズで、主人公の友人が乗る機体を精密に再現している。作品は、クールだが闘志を秘めた主人公と、野望に燃えるワイルドなライバルが、意地とプライドをぶつけ合う内に奇妙な友情で結ばれるというシチュエーションが女性に受け、近年まれな大ヒットを飛ばした。

 しかしファン層の偏りからか、主役級はともかく伊井坂が作ってるような脇役のプラモデルはあまり売れず、ワゴンセールの常連になっていたはずだ。

 ――ということを、先生に用事を頼まれたせいで遅れて部室へ行った僕は、入ってすぐに見て取った。キャラクター物の模型にはそこそこ詳しいつもりだ。

 部室には帆影ももう来ている。部室で所有する本を読んでいるが、それとは別に文庫本を手元に置いていた。

 顔を上げた帆影と目が合って、彼女が口を開きかけた時、軽く背中を押されてつんのめる。入ったところで立ち止まっていた僕を押しのけて、映が入り込んできたからだ。

 来る途中の廊下で会って、そのまま付いてきた。怒って出て行った数日後にケロリと顔を出せるあたり、我が妹ながらたくましい神経の持ち主だ。

 入るなり、映は微妙に鼻白んだ声を出した。

「なんでロボットのプラモデルなんて作ってるんですか?」

 伊井坂は、片目をつむって手元の距離感を測り、前腕のパーツに小さなポリキャップを挟み込みながら答える。

「これの原作はイケメンいっぱいのアニメで、あたしのような乙女たちに大ウケでね。フィギュアが欲しかったんだけど高くて手が出なくて。安く買えるこれを手に入れたってわけさ」

「イケメンじゃなくてロボットじゃないですか、それ」

「乗ってるキャラが好きなんじゃよ。あと、ソシャゲで使えるコードが付いてくるし、同人誌うすいほん描く時の資料になるし」

 手先が器用なせいもあってか、伊井坂はこういった手間のかかる模型作りにも抵抗がないようだ。今時貴重な資質だろう。

 ちなみに僕も、子供の頃からこういった物が大好物だ。

「へぇ、さすが大手メーカーだけあって、よく出来てるなぁ」

 ふらふらと寄っていって、伊井坂の手元をのぞき込んでしまう。最新解釈の合わせ目処理や引き出し式の関節機構に心が躍る。

 おっ、と伊井坂が顔を上げた。

「シャケ先生、こういうの好きなんだっけ?」

「ああ。日進月歩で進化する成形技術の精華は、もはや芸術の領域だよ。キットの完成度自体もさることながら、本当にスゴいのは、それだけの物を誰でも簡単に組み立てられるようになされた工業的な工夫の数々で――」

「うわ……早口になる奴……」

 体ごと引いてうめく伊井坂。映も露骨に呆れた顔をしながら、いつもの席へ腰を下ろす。

「……ホント、馬鹿馬鹿しいですよね。巨大ロボットとか」

 そして、開幕から恒例の暴言を飛ばしてきた。これは聞き捨てならない。

「なんだ、やぶからぼうに」

 映はやれやれと大げさにポニーテールを左右に振って、肩をすくめて見せた。

「子供じゃないんだから、高校生にもなってロボットロボット言うの、恥ずかしくないの?」

 ……こいつ。時に正論が罪もない人間を追い詰めると知らないのか。

「それは……いいだろ。好きなんだから」

 としか言いようがない。誰にも迷惑をかけていない以上、開き直って悪いこともないだろう。

 両腕を胴体に接続してキットの上半身を完成させた伊井坂が、満足げに吐息して笑った。

「まぁまぁ、ロボ好きなのはシャケ先生だけじゃないよ。それこそ、ラノベ原作のロボット物が来期にアニメ化されるしね。なんだかんだ、すたれても廃れきらないジャンルだよ」

「小説なのにロボなんですか。わけわかんないですね」

 映はとにかくミもフタもない。理屈になってないのに解る気がするのも悔しい。

 しかも非難はそこで止まらなかった。映は、いっそロボに恨みでもあるかのように僕へ向き直って続けてくる。

「だいたい、巨大ロボなんて作れるわけないでしょ。時々ニュースで見るけど、子供サイズのロボットでも二本足で歩かせるのに苦労してるじゃん。

 それが一〇倍も二〇倍も大きくなったら無理は一〇〇倍でしょ」

「そ、それはやってみないと判らないだろ? 今は無理でも、いつかは出来るかもしれないし」

 思わずむきになって反発する。映の言うことは印象論にすぎない。映も引き下がらず、いつも通りの睨み合いになる。

 伊井坂が「ぁん、またか……」と半笑いの声を出して、それから帆影の方を見やった。

「ホカちゃんはどう思う?」

 僕と映の視線もさっと帆影へ向かう。そうだ……帆影なら、この小憎たらしい妹の面白くもない現実主義をひっくり返す奇論をひねり出してくれるかもしれない。

 帆影はその少し前から本を閉じていた。その本と文庫本の両方に手を置いて、目を落としている。そもそも話を聞いていたのかいないのか、少し眠たげなその目からはうかがい知れない。

 一拍の後、顔を上げて――帆影はおもむろに口を開いた。

「妹さんの言う通り、巨大な人形ひとがたというのはナンセンスですね。考えるまでもなく、ありうべからざるものです」

「えっ!?」

 ま、まさか……帆影も巨大ロボット否定派だとは。それにしても、

「ありうべからざる……というのは言いすぎなんじゃ?」

 いかにも大げさな表現だ。次々とダイナミックな仮説を開陳する帆影だが、ここまでの断言は珍しい。

 しかし帆影は、全く表情を崩さず否定した。

「いいえ」

 いつもと違って、つんとはじくような声の張りがある気がする。

「アメリカの建築家ルイス・サリヴァンは『形態は常に機能に従う』と言いました。生物だっておおむねにおいてそれは変わりません。

 形態にはサイズも含まれるでしょう。機能と形状には、それにふさわしいサイズがあります」

 たとえば――と、帆影は右手の親指と人差し指をくっつけるようにした。ごく小さい物を示すような仕草だ。

「体長数ミリの昆虫であるノミは、全長の一〇〇倍もの高さへ跳躍します。これが人間のような大きさになったらどうなるでしょう?」

 僕と映は顔を見合わせて言葉が出なかったので、真っ先に口を開いたのは伊井坂だった。

「何百メートルも飛び上がれる?」

 素直に考えればそうなるが、帆影は首を小さく横に振った。

「それどころか、自分の重さでろくに動けないでしょう。

 ノミの筋肉の質自体は人間のそれと大差ありません。それなのに体が大きくなるほど体重が加速度的に増大するわけですから、それに見合う筋肉量は、とても元の形状には収まらなくなります。

 しかし昆虫は外枠の決まっている外骨格ですから、自重にふさわしい筋肉量を無制限に増やすこともできません」

 かと言って骨格の形状や配置が変わってしまったら、それはもうノミではない。

「ノミは数ミリの小さく軽い体に、跳躍と吸血に特化した体構造があって初めて驚異的なジャンプができるのです」

「……人間と巨大ロボットも同じってことか?」

 帆影はコクンとうなずいて、伊井坂が作っているプラモデルを指差した。

「形状にはそれにふさわしい形と大きさがあるということです。大きい物には大きい物なりのメカニズムがあって、それを体現した形を持っているはずです。

 その模型も、その大きさだから安定するのであって、本来想定した大きさではすぐ分解してしまうでしょう」

 伊井坂の作っているプラモの縮尺スケール表記は1/144。原作アニメの設定上の全長から一四四分の一に縮小したという意味だ。これだけだと大したことないように聞こえるが、実際の「大きさ」は体積だから縮尺は三乗される。

 そこにあるプラモを、二九八五九八四にひゃくきゅうじゅうはちまんごせんきゅうひゃくはちじゅうよん倍に大きくしたとすれば……まぁ、現実感はない。

 旗色悪く沈黙する僕に、帆影はとどめとばかり言葉を突き込んできた。

「人間の形は、二メートル前後くらいまでの身長とそれに適切な体重で、この星の環境に適するように収斂しゅうれん進化したわけですから。それより大きくても小さくても、生き抜くには不利にということです。

 ――その体型を極端に拡大・縮小するという発想自体が、そもそもナンセンスと言えるでしょう」

 根本こんぽんッ……! そもそもの根本 ね もとから……巨大ロボの存在意義を、刈り取られた!

 ……そう言われてしまうと、たしかに「ありうべからざる」存在というのも解る気がする。ロボットだけでなく、巨人の存在もアウトだろう。人間は内骨格だから筋肉量は外側に増やせるとして、体重に見合うだけ筋肉をまとったら、どこもかしこもぶっとくなって姿勢も変わり、とても人形ひとがたには見えない物になってしまう。

 ロボットの場合は素材や動力次第で条件が変わるだろうけど、重すぎれば脚が折れるかバランスが崩れるだろうし、軽すぎれば風に煽られる。人間の前後に扁平な体型は、巨大ロボほど重いことも表面積が広いことも想定していないからだ。

 ……いや、そんなざっくりした想像すらしなくても、ある機能を持った形をそのまま巨大化すること自体が馬鹿げてるってことか。

 悔しいが、どうしようもなく納得できることでもある。

 僕が帆影でおっぱいを決めるように、立体の形状はサイズによって決めるのだ。その逆はありえない。そういうことなんだ……

 ふへっ、と。

 鼻で笑う声に見やれば、映が嫌みったらしい笑顔をこちらへ向けて勝ち誇っていた。

「ほーら、やっぱり。巨大ロボなんて無理の極み。ありがたがってるのは兄みたいに幼稚な坊やだけなんだから」

 くっ……「どうよ? 今日のトカゲちゃんはこっちサイドみたいだけど」とでも言いたげなツラしやがって……

「ま、こういう日もあるって兄。元気出しなよ。今日の晩御飯はハンバーグだったよね? ソースに入ってるマッシュルームあげるからさ」

 お前が嫌いなだけだろ、それ……

 巨大ロボを否定されたことより妹への屈辱が怨めしくて、うめき気味に帆影を見る。

 目が合って、帆影の唇が小さく開いて。

 ――目をそらされた。

 …………………………えっ!?

 ……これは、まさか、ロボなんてあんまり子供っぽい話題を引きずるから呆れられている……のか?

 だとしたらマズい。せっかく告白して、うまく行ってたのに、こんなことで愛想を尽かされるのは御免だ。

 ……どうしよう? どうするべきだ?

 一瞬、大人になってロボ支持論を捨て、帆影の言うことに合わせようかと思った。

 ……だけど、それはなにか違う。いくら帆影が好きでも、なんでも迎合するのが彼氏ではないはずだ。

 それに、僕にもまだ言うべきことはあった。

「待ってくれ帆影……まだ結論を出すのは早いんじゃないか?」

 帆影は一度ちらりとこちらを見てから、ゆっくり向き直って、

「……どういうことですか?」

 さっきまでより小さな声で訊き返してきた。心なしうつむいて、いつも真っ直ぐに目を見て話す彼女らしくない、なにかをうかがうような上目遣いだ。やっぱり距離を感じられてしまったのかもしれない。

 タイムリーと言うべきか、僕は週末に予定があった。奇しくも、さっき伊井坂が言及していたロボにまつわる予定だ。

 僕は帆影をのぞき込むように身を乗り出して、提案した。

「論より証拠だ。実物を見に行こう」


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