28-2 「私たちは結ばれていた」
『……桜花爛漫!!!!!!!』
そう、桜花爛漫でよかったのだ――これは、司が授けてくれた技であるから。みんなを守りたくて放った技であるから。これ以上に、京姫を強くしてくれる技はないのだから。
仗の先が漆の胸を貫いて桜の樹に突き立てられた。姫の祈りは、言葉から水晶へ、水晶から仗の先へ、漆の身へ、そして桜の樹へと伝わっていく。それは、確かに届いた。
紫紺の眸は胸を貫かれたその痛みに大きく見開かれ、しかし、翡翠の瞳を捉えるなり不意に細まった。見つめる京姫の方が拍子抜けするほど、その眸は穏やかであった。こんな形容は、姫にしてみれば甚だ不本意なものであったにも関わらず。
「……姫さま、文のお返事はくださりませんでしたね」
京姫は眉をひそめる。思い当たったのは前世のこと。そういえば月宮参りのあとに一度だけ月修院さまと文の遣り取りをしたのだった。お返事はいただいたけれども返さなかった。返事をしてもらうのが申し訳なく思われて。どうやら今、姫に語りかけているのはどうやら月修院さまなのであるらしい。
しかし、だからなんだというのだろう?手紙がどうしたというのだ。今さら月修院がなんだというのだ。
「悔しくないの?」
「ちっとも。自分の才を見届けられましたから」
いともあっさりと、月修院は言ってのける。不満げな顔をしてみせるのは姫の方だった。この男はその才とやら見届けるためになら、多くの人の命だって奪ったのに、こんな後悔も苦しみもなく終わりになるなんて。
紫紺の眸は月修院の瞳になって、虚ろに空を仰ぎながらささやき続ける。
「姫さま……私たちは結ばれていたのですよ」
静かな怒りに満ちて、京姫は何も答えなかった。漆の意味するところはわからなくとも、それが極めていとわしい仄めかし以外の何であるというのだろう。姫の返事を求めてか、漆はまた同じ言葉を繰り返した。しかし、姫の言葉を待つほどの時間は与えられなかった。もしかしたらそのことだけが漆のたった一つの心残りとなったかもしれない。
ふわり、とやわらかく頬に触れかかるものがある。
長い黒髪を垂らして眠ったようにうなだれた女にも、桜の花びらはこぼれかかる。姫がおもむろに顔を上がると、ご神木の枝が色づいて桜の花が咲きこぼれている。咲き初めの花ではない。言葉どおりにこぼれるほどに満ちて、花開いている。花の色を透かしてみれば、枝と枝との狭い間に夜毎に空を訪う紺青が憩い、名も知らぬ星が遠くまたたいていた。
花の群れが紺青の夜に舞い上がる。波打つ髪をゆたかになびかせながら、羽搏きが風を送ってくる方を振り仰いで姫は微笑んだ。終わったのだと…………
「舞ッ!!」
最初に犬がけたたましく吠えはじめ、続いて司の声が追った。だが、遅かった。愕き憤る朱雀の炎がご神木もろともに彼女の体を焼き尽くした時には、すでに遅すぎた。
その手にはまだ鎌が握られていた。鎌の刃は京姫の胸に向かって振り下ろされ、そして再び女の方を省みたばかりの姫の白い頬には赤々と飛沫が飛び散った。
姫は藤尾の眸を見た。藤尾は
「死ね、八重藤の娘……!」
ああ、だめだ。せっかくここまできたのに。
せっかく漆に勝てたのに。勝利も、そして疲れや痛みさえも、あっというまにこの指の間からこぼれ落ちてしまった。
ご神木が赤くひずんで、崩れていく。玲子さんが言ってたのに――この神社の桜はこの町のどの桜よりも早く咲いて、そして最後に散るという話よ。知っていて?――みんなで一緒に見たかったのに。桜が散るまで、そして散ってからもずっと、
誰かが泣いている……
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