25-5 復活

 息苦しくなるような沈黙の底で――



 玄武は待つしかなかった。次第にともりはじめた桜花市の灯りを見下ろしながら、家々の屋根の向こうへと遠のこうとする夕日になにかが――それもなにか決定的なものが――なぞらえられそうな気がして、胸に不安をくすぶらせながら。そして、その遠のこうとする何かとは果たして柏木武の命であったかといぶかりながら。


 前世でも現世でも柏木との関わりが薄かった玄武は、その死に立ち会ってなお、悲しみよりも戸惑いの方が先立ってしまう。そして、自分自身の悲しみよりも先に友の悲しみが思われてならない。玲子にどう知らせたものだろう?それとももしかすると、すでに玲子は……


 膝の上に載せた青ざめた顔を玄武は見下ろした。失われる寸前、玄武は辛うじて玲子の命をつなぎとめた。まさしく一刻を争う戦いであった。喰い破られた内臓はらわたも傷口も癒した。だから、後は待つだけだ。待つしかない……


 桜の大樹はすすんで夕闇を枝葉の下に掃き集め、散り敷かれた玉砂利は冷たく押し黙る。町の灯りが増えるにつれて、境内の見捨てられたような暗さがまざまざと感じられるようだった。玄武の不安を感じ取ったかのように、木守こまもりがつめたい鱗を頬に寄せてきた。玲子を癒している間、万が一の敵襲にそなえてずっとそばで番をしてくれていたのだ。礼をこめて木守に触れた玄武は、わずかに瞳をもたげて、向い合って座る少年の顔を盗み見た。司もまた玄武を助けてくれたのだ。いくども怪我人の体を支えなおしたその手が血で濡れているのを見ると、彼も前世からの仲間の一人なのだと感じた。こんなことは初めてであったけれども……


 そして今、司とのあいだに別個の連帯があることを玄武は感じている。司の薄紫の瞳が潤みを帯びてかすかに揺れるとき。きっと司はこの膝の上の怪我人を見ているのではない。京姫の姿を見ている。この瞬間、命を賭して戦っているはずの恋人の姿を。彼はひたすらにその生還を待つしかない。


 ――そうだ、待つしかないのだ。玄武も司も。玲子が目覚めるのを、京姫が篝火を退治するのを、ただ桜花神社の境内で。息苦しくなるような沈黙の底で…………



 と、闇に火花が爆《は)ぜた。 



 はっと飛び起きた玲子の身を支えかねて、玄武は尻もちをつきかけた。すかさず木守がその背中を支える。つい今この瞬間まで無意識の暗渠あんきょをさまよっていたはずの玲子がこれほど俊敏な動作をするだなんて、玄武は想像もしていなかった。玄武はただ目をしばたいて、かすれた声で呼びかけた。


「玲子さん……?」


 飛び起きた拍子にバレッタがゆるんで落ちたため、紅の髪がはらはらとその肩と耳にこぼれかかっていた。玲子はまるで悪い夢から目覚めたように青ざめて胸を押さえ、目を見開いている。まだどこか痛むのだろうかと玄武は不安に思った。


「おい、大丈夫か?」


 司が尋ねた。口調はそっけないが本心から気にかけてはいるようだ。玲子が唇の動きだけで何かつぶやいたのに気づいたのも、司の方が玄武よりも早かった。


「なんだ?」

「……来たわ」


 か細いささやきは夕風にまぎれつつ玄武の耳にも届いた。その時、玄武はまた、かすかな鈴の音を聴いた気がした。


「来たって、なにが?」

うるしよ」


 玲子が手を開くと、その胸に押しつけていたものが玄武の目にもようやく明らかになった。それは金色で朱雀の紋を施した紅の鈴であった。鈴は光り、鳴いていた。そのが次第に高まっていく。玄武の、司の、そして玲子の鼓動に合わせて。


 空を仰いだ玲子の眸が、落日の最後の一片を受けとめて強く燃え立った。



「舞……!」












「ようやくお帰りですか、姫」


 姫は切れ長の紫紺の瞳に

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