13話 白い影
喧騒と街灯がほんの少し遠い雨が止んだばかりのビルの屋上。
コンクリートに叩き付けられた私は全身の痛みに呻き声を上げながら辛うじて上半身を起こす。
腕の中の少女はまだ目覚める様子が無い。
腕の中の冷たい
明日には体調を崩すであろう事が容易に分かる。
少女に被せた雨合羽のポケット部分に手を伸ばす。
薬瓶のいくつかはもう、割れていた。
仕方なく、直ぐに隠れられる場所を探す。
けれど、私達が叩き付けられたのは動きを止めた背の高いフェンスと室外機が端に在るだけの簡素なビルの屋上。
痛む体に鞭を打って腕の中の少女を強く抱き締め、少しずつ
当然、足は引き摺ってしまうけれど、私にも立ち上がれる程の余裕と余力は無かった。
少し遅れて降り立つ影。
後退りしていた私を見つけた足はそのまま私の目の前どころか横まで来て、テーピングされている手の甲を地面に縫い付ける様に踏んだ。
「ぅあああっ」
手の甲とガーゼで緩和されていた痛みに押し潰される様な痛みが増え、悲鳴を上げる余裕はあった。
辛うじて倒れる事も免れた。
但し、抱き締めていた少女を気にする余裕は無くなったが。
月に照らされた海斗先輩は私を睨み付け、「逃げるな」と言った。
そして、「質問に答えろ」と片膝を私の太腿の間のコンクリートに着ける様にしゃがみ、私と目線を合わせた。
「お前は何者だ
何故、俺を知っている」
私を睨み付ける海斗先輩の瞳は、琥珀色をしていた。
ふと、目の前から香る雨の匂いに混じる鉄の匂い。
近付いたからか、余計に分かる。
先程私に手を伸ばした女性と同じ…………。
思わず首筋に目が行く。
そこには明らかな噛み跡と、薄らと流れる血。
ふと見える色素の薄い髪色と琥珀色の瞳。
ひゅっっ
血の気が引く。目眩を感じた瞬間、頭に熱が籠る。
海斗先輩が正気である事、まだ完全に吸血鬼になって無い事に対する安堵。
人間に戻す方法を探す必要がある事への焦り。
そして胸と頭の内を支配する様な憎しみに似た熱。
それは私の顔から完全に表情を無くさせるには充分な衝撃だった。
「私は…………」
強い感情に支配されそうになり、海斗先輩の方を見て固まる。
彼の背後に音もなく白い影が起き上がり、忍び寄った。
そして言葉を発した。
私の意思と関係なく。
『まぁ、答えてしまうの?』
気配もなく後ろから響いた声に驚いたのか、海斗先輩は一瞬瞳を見開き私の首に手を伸ばす。
そのままいつの間にやら私の隣に来ていた気配に目を反らす。
白いレースのフードカーディガン、絹とレースのワンピース。
胸元にベルベットの深紅のリボン。
微笑みを象る薄い唇に当てた細く白い指先はしぃ、と私の言葉の先を封じた。
色素の薄い灰銀色の髪から覗く白い包帯。
──────盲人。
『久し振りね、もしくは初めましてかしら?
正気の貴方に会えて嬉しいわ、藤海斗』
そう、無邪気に微笑んだ。
困惑した様に私と白い少女との間をさ迷う海斗先輩の視線。
「どういう、意味だ」
海斗先輩の掠れた様な声が聞こえる。
『どうもこうも無いわ、簡単な話よ
私達は以前にも会っているのよ』
「は、記憶に無いぞ」
『一応、会話もしてるわ
夢見心地な貴方と、ね』
だから、ね
今の貴方になら武器を向けても死なないでしょう?
言葉と共に白い少女の手元で象られる。
それはさっき男に向けられたばかりの銃口だった。
銃口は、海斗先輩に向けられていた。
花の雫が眠るまで 白猫のかぎしっぽ @leis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。花の雫が眠るまでの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます