勇者専用車両・イン・ビジネスマン

ちびまるフォイ

最強の戦士がかけつけた!

「当車両はまもなく勇者専用車両となります。

 どなた様もお乗り間違えのないようにご注意ください」


電車でウトウトしながら聞こえたアナウンス。

次に目を覚ましたときには、電車の車両にいるスライムにどつかれてからだった。


「痛ってぇ! な、なんだ!?」


スライムはビジネススーツを着た俺に突進してくる。

スライムを受け止めて壁に叩きつけたが、ゲル状の体にダメージはない。


「こういうのって、もっとちゃんとした装備があるべきじゃないのか!?」


相手はスライム。

こっちはサラリーマン。


ネクタイで締め落としてやろうにもどこが首かわからない。


スライムは飛びかかり、その体で俺を飲み込んだ。

窒息させるつもりだとすぐにわかった。


とっさに胸ポケットから取り出したボールペンでスライムを突き刺した。


「ぴぎーー!」


ボールペンは途中で折れて中のインクがスライムの中に入ってしまった。

それはまるで毒素を注射した形になり、スライムを内側から倒した。


「や、やった……しかし、いったいなんなんだここは」


うっすら勇者専用車両だとは聞こえていた気がする。


『まもなく~~。1丁目駅~~1丁目駅~~』


「しめた! 最寄りの駅だ!」


電車のドアが開くなり駅に降りた。

これで現実世界に戻れたと安心して周りを見渡した。


「なんじゃこりゃ……」


駅の周辺も現実世界ではなかった。

ドラゴンが飛び交い、見たこと無い植物が生い茂っている。


そんな中にひとりビジネスバッグを持った男がひとり。

これほど心細いことはない。


『1番線に、快速勇者電車がまいります』


勢いよく駅のホームに電車が飛び込んでくる。

まるで俺が乗るのを待っているようにドアが開く。


「ここで待っていても、何も変わらないしな……」


いつか現実に戻れると信じて電車に乗り込んだ。

ふたたびスライムが車両に1匹現れる。


青いボールペンでスライムをやっつけると、

車両同士をつなぐ連結部分のドアが開いた。


「す、進めってことか……?」


おそるおそるドアを開けると、今度はゴブリンが待ち構えていた。

スライムのように一筋縄ではいかない。


でも人形モンスターだったのは幸いで、

頭に向けてビジネスバッグを振り下ろして気絶させた。


また前後のドアが開く。


「よし、この調子で車両ごとのモンスターを倒していけば

 最終的に運転席にたどり着くはずだ」


運転席にさえたどり着ければ現実行きに切り替えることができるだろう。

次の車両に進もうとドアの取手に手をかけたとき。


「うそだろ……」


ガラス越しに見える先頭車両には禍々しいドラゴンが待ち構えていた。

すでにその体は車両に収まらないレベルでみっちみち。


手持ちのノートパソコンでも勝てっこない。

後ろの車両まで戻ってみるが、後ろの車両ではライオンのようなモンスター。


俺の事務用品でどう戦えというのか。


「もう進めないじゃん!!」


諦めかけたとき、車両に風が履いているのに気がついた。

この電車は窓が開けられるタイプだった。


いちかばちか、映画で見たようなチャレンジをするしかないと

窓に近寄り体を電車の外へと出した。


叩きつけるような風が体全体にふりかかる。

なんとか車両の上まで這い上がると、四つん這いになって先頭車両に向かう。


「ふ、ふふふ……これなら戦闘を回避して先に進める」


少しでも油断すれば放り出される恐怖を感じながら

這いつくばって先頭の運転席までたどり着いた。


「あの! この電車を現実に戻してください!

 俺まちがえてこの車両に乗ったままになったんです」


「ククク……」


運転手が振り返るとおでこに「魔王」と書かれていた。


「おろかなり勇者よ! 電車を止めたくば我を倒してみよ!」


「だから勇者じゃないんだって!」


「この車両に乗り合わせた人間はそれが赤子であっとしても

 すべからく勇者なのである! さぁこい!」


「あーーもう! くらえ!」


やぶれかぶれになって、腕時計をメリケンサックのようにはめてパンチした。


「どうした勇者よ? よもやそれが攻撃のつもりではないよな?」


「ぜ、全然きいてない……」


「戦士と呼ぶにはあまりに貧弱。

 だが、我は手加減などせぬぞ!!」


「ひええええ!」


魔王が本気になったので慌てて車両の外へと戻る。

すると、走る勇者車両の横に、普通の車両が並走した。


普通の回送電車に乗り移れれば、現実世界にたどり着くことができるはず。


「よ、よし! あれが近づいたときに、飛び移ってやる!」


電車の上に立つと突風でふっとばされそうになる。

なんとか態勢を立て直し、心の中でカウントダウン。


「さん、にぃ、いち、いまだ!!」


回送電車が並んだ瞬間、思い切り飛び出した。

風にあおられながらも乗り移ることに成功した。


「はぁ……はぁ……こんなに危険な乗り換えは初めてだ……」


安心して窓から車両の中に入る。




「ククク。まさか逃げ切れると思っていたのか?」



「ま、魔王!?」


逃げ込んだはずの現実行き回送電車に魔王が待っていた。


「勇者車両に乗り込んだ戦士ならば戦うが良い。

 そして、その小さな命の散りざまを我に見せるのだ!」


「戦うしか……ないのか……!」


「当然だ。我はここを一歩も動かない。

 貴様が戦士として雄々しく戦わない限り逃げることもできん」


長い、長いにらみ合いが続く。

一向に攻める気配のない様子を魔王は感じた。


「クックック、どうやら攻めあぐねているようだな。

 では我が直々に手を下してやろう。

 冥土の土産として光栄にに思うが良い」


「攻めあぐねてなんかない!」

「なんだと?」


「俺はこのときをずっと待っていたんだ!」


「チャンスとでも言いたいのか? 笑わせる。

 貴様はなんの武器も持っていないじゃないか」


魔王が鼻でせせら笑ったとき、回送電車が停まった。


『トーキョー駅~~トーキョー駅ぃ~~。

 どなたさまも押し合わずご乗車ください』


回送電車が駅に着くと、ドアから流れ込んでくる人に魔王は潰された。


「グアアアア!! お、押すなァァァァ!!」


けしてその場を動かなかった魔王は圧死して消えた。

この世界は企業戦士によって守られた。



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