テーマ#1『食べ物』

「そういえば前会った時、お菓子作りの本読んでたよね」

互いの呼称も決まり、話の接ぎ穂として、初めて会った時のことを持ち出した。

「そうでしたっけ……」

「いや覚えてないんかい」

しかし返ってきた答えは予想外なもので、思わず県民性で培った反射的なツッコミが出てしまう。

「まぁいいや、お菓子好き?」

「はい」

こちらは思った通りで、心なしか表情も少し明るくなったように思う。甘味の力はすごい。

「たとえば?」

問いかけると、Hanaちゃんはうんうん悩み始めた。

なかなか物が決まらないところは私に似てしまったんだろうかと思いつつ、助け舟を出す。

「あー、例えばケーキとかだと」

「ケーキ、ケーキですか……」

Hanaちゃんがまた顎に手を当てて考え始めたので、助け舟の意味がなかったかと待つことを身構える。

「ショートケーキかな」

が、こちらはすぐに決まった。

「おっ、いいねぇ」

洋菓子屋さんに行くシーンではマカロンを選ばせたし、そもそも「ショートケーキ」という単語を出してもいなかったので、ケーキとなるとこの子はこれを選ぶのかと得心する。

「私はね、チョコレートケーキかな」

「あっ、もなちゃんと一緒だ」

「おっ」

小説で、仲のいい子として描写している女の子の名前が出てきて、つい反応してしまう。

「あの、もなちゃんっていう友達がいて、その子もガトーショコラが好きなんです」

「そっか〜」

関係描写が第三者への振る舞いにも出てきたのが嬉しくて、もうとにかく笑みを隠しきれなかった。

私が好きなのはガトーショコラではなく、トルテタイプのケーキだという訂正すらどうでも良くなるほどに。


「あ、そうだ私チーズケーキも好きです」

Hanaちゃんが思い出したように口を開いた。

「うわ〜分かる、あっちょっと待ってね、いい写真があるんだ」

そう伝えて、スマホを取り出し画像を漁る。

「あったこれこれ……下砕いたクッキーでね、シナモンの香りがまたいいんだ」

「うわ……」

スマホを覗き込んだ顔が歪み、これまた予想外なリアクションに少し面食らう。

「え待ってHanaちゃんシナモンだめ?」

「はい……死ぬほど嫌いってわけではないんですけど、あんまり得意じゃなくて」

「マジか……」

まさかこんなところに好みの違いが転がっているとは思わなかった。

「じゃあさじゃあさ、他に何がダメなん?」

「えっと……グリーンピースとかですかね」

「あっ分かる、ありゃダメだわ」

ここは変わりなしのようだ。

「あと私は脂身の多い肉とかお刺身がダメなんだよね、サーモンとか」

「私はある程度だったら平気です」

「マジか……」

下手をすれば私より好き嫌いが少ないような気がして、微妙な劣等感を覚えた。


今までの話から発展して、ふと気になったことを訊いてみる。

「好きなご飯って……」

「ご飯……うーん、オムライスとかですかね」

比較的ノータイムであることを見ると、よっぽど好きなんだろう。

「あぁ〜わかる」

少し子供舌なところがそれらしく、つい顔が緩んでしまった。

「咲夏さんは?」

今度は私の番だが、そう言われると悩んでしまう。

「うーん……」

もともと食べることは好きな方で、それゆえ食べ物への執着はそこそこ強いと自負している。

だからこそ、選択肢が多すぎて困るのだ。世の中美味しいものがありすぎる。

「じゃあ……好きなお寿司とかだったら」

そうHanaちゃんに提案されたところで、さっきのやり取りと全く同じものを繰り返しているのに気づき、身をもってあの説を証明してしまった自分にほんの少し呆れた。

「お寿司ねぇ……うん、よし、分かったオッケー」

「決まりました?」

「うん」

「あっ、じゃあせーので言いません?」

「おぉ、いいよ。せーのっ」

「「マグロ!」」

どうやらここも被るらしい。

「ははは、一緒だ」

「ですね、一緒でした」

声がきれいに重なった面白さもあり、私たちは顔を見合わせて笑った。


そこから流れに乗った私たちは、ところでハンバーグにはチーズが合うだの、チーズは最強の食べ物だのという話をした。

面白かったのは、Hanaちゃんにブルーチーズを食べた時のエピソードを教えた時だ。

「あーそうだ、チーズといえばブルーチーズってのがあるんだけど、分かるかな」

「あっはい、知ってます」

「そう、でそのブルーチーズってのを食べたことあるんだけど、それがメープルシロップをかけて食べてねっていうチーズピザだったんだよね」

「なるほど」

「で、なーんかこのメープルシロップ変わった匂いするな〜って思ったのよ」

何だったと思う?と問いを投げる。

答えは分かりきっているが、こういうのはテンポである。

「え、ブルーチーズだったんですか」

「そう!」

私が言うと、Hanaちゃんはけらけらと笑ってくれた。


その後も話は続き、好きなポテトチップスの味は、Hanaちゃんがコンソメとピザ味、私が上の二つに加えて、梅やビネガーなどの酸っぱい味のものという結果になった。

ドレッシングは一致して、和風とシーザー、嫌いなものはフレンチと胡麻である。

ビネガー味のポテトチップスを好く私がフレンチドレッシングを苦手とする事に、Hanaちゃんは最初不思議そうな顔をしていたが、「揚げた芋に合わせるのと、あっさりした野菜に合わせるのとでは訳が違う」という旨の説明をすると納得してくれた。

「……じゃあ、次好きなパスタとか」

「いいですね!私ナポリタンとかが好きです」

「あ〜いいよね〜」

同意を返したところで、さっきの「オムライスが好き」という発言を思い出す。

もしかすると、ケチャップの味付け自体が好きなのかもしれない。

「私はミートソースがいいかなー」

「あっ、私もそれ同じぐらい好きです!」

「同じぐらいか〜、そっかそっか」

目を輝かせて言うものだから、つい目尻が下がってしまった。

次はカレーで、ここにも大した差はなかった。

ビーフカレーに始まり、バターチキンなどお互いにオーソドックスなものが好きで、あまり辛いものは食べられないという結果だ。


さて次の話題を―と、なんとはなしに時計に目をやる。

「うわヤバっ」

なんと17時過ぎを指していた。

カーテンが閉まっていたから分からなかったが、おそらく外は日が落ちてしまっているだろう。

そして今から帰るとなると、家に着くのは18時半ぐらいになってしまう。

「ごめんHanaちゃん、時間ヤバいからそろそろ帰るわ」

口にしながら、あの双葉の生えたぬいぐるみを引っ掴む。

「あっ分かりました、じゃあ、また」

Hanaちゃんはドアの前まで来てくれ、手を振ってくれた。

「うん、じゃあね、またね」

私もぬいぐるみを抱えていない方の手を振り返し、図書室の外に出る。

そうしてドアをガラガラと閉めてから、ぬいぐるみの双葉を軽く引っ張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実体脳内会議 白木 咲夏 @Saika-Shiraki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ