テーマ#0.5『呼び方』

―私は今、引きつった笑みを浮かべて図書室に立っている。

図書室と言っても高校じゃない。母校である中学校の図書室だ。

そう、もうこれが何を意味するかは、言わずもがなであって。

「!」

―ほら、Hanaちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。


こうなったいきさつは、至極当然のものだ。

あれから二週間ほど経って、ほとんどあの出来事を忘れかけていた私は、迂闊にもまた図書室で小説のデータを開いてしまったのだ。

そんなわけで一瞬で事が進み

「はは……久しぶり……」

腑抜けた挨拶を返す羽目になった。

「あっ……こんにちは、えーっと…………」

椅子から立ち上がり、ぴょこんとお辞儀をする。

そこまではよかったが、なぜか急に口ごもってしまった。

「?どしたん」

不思議に思い訊ねると

「あの、名前……思い出せなくて」

こめかみに人差し指を当て、少し申し訳なさそうな顔でそう言った。

「名前……」

ペンネームである「白夏」と言いかけて、発音が同じである事に気づく。

ここは本名を使うほかない。

「上の名前?それとも下?」

「あっ、じゃあ……できれば、下を」

「はい……咲夏。木城咲夏。

好きなように呼んで、聞いてて変じゃなかったらなんでもいいから」

学生証を差し出した。

「きしろ……さいか」

Hanaちゃんはまじまじとそれを見つめ

「きれいな名前ですね」

「よく言われるよ、ありがとう」

マイナスなことを口にしたくなくて、「完全に名前負けだけどね」という言葉は飲み込んだ。

「呼び方、咲夏さんでいいですか」

「ん、いいよぉ」

Hanaちゃんの確認に、のんびりと承諾を返す。

しょっちゅう、「咲夏」の最初の字を読み間違えられることを除けば、この名前は気に入っている。


「じゃあ私は、呼び方Hanaちゃんでいいね?」

「はい」

同じように確認を取ると、Hanaちゃんはにっこり頷いてくれた。

この笑顔こそHanaちゃんだな、とつい嬉しくなってしまう。

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