実体脳内会議

白木 咲夏

テーマ#0『はじめまして』

放課後、ドアを押し開けると、軽やかなベルの音が耳に届く。

「まだ来てないか……」

委員会のグループチャットで教師から招集がかかり、図書室に来たはいいものの、教師はおろか生徒すらいなかった。

探しに行くという手もあるが、入れ違いになると色々面倒くさい。

「はーどっこいしょ……」

どうせなら来るまで小説でも書いていよう。

そう思い、窓際の長椅子に寝転がった。

「早いとこ進めなきゃ〜……っと」

スマホのドキュメント編集アプリを開き、小説のデータをタップする。



―Blackout―



ぼんやり目を開けると、緑色のカーペットの上に寝転がっているのが分かった。

ショッピングモールの床に使われるような、硬くて毛足がものすごく短いやつだ。

「―えっここどこ」

思考がはっきりするにつれ、意識に染み込んできた状況の怪奇さに慌てて跳ね起きる。

目の前には大きな本棚。

でも私がいた図書室の本棚ではないし、なにより床の材質も違う。

ただ、見覚えがないわけではなかった。

「中学の……図書室……?」

そう、ここは数年前まで、もはや自分の巣のようだった場所。

三年分の思い出が詰まった部屋を、低い位置からではあるが見回す。うん、間違いない。

なんでこんな所に―と首をかしげつつ立ち上がる。

「よいしょ……ん?」

誰もいないと思っていたが、すぐ前のテーブル、窓に一番近い奥側の席で本を読む女の子がいるのに気づいた。

ニコニコと楽しそうにお菓子作りの本を眺めているが、中学の制服ではない。

見慣れたベージュのスプリングコートとジーンズがその身を包んでいる。

その服装が、記憶の引き金になったのかもしれない。

この子が誰なのか、私には何故かピンときた。

「Hana……ちゃん……?」

おそるおそる、自らが書く小説の登場人物の名前を呼ぶ。

しかし反応はない。

一瞬、別人なのかとも考えたが、そんなわけはないという謎の確信が次の行動を引き起こす。

「は、Hanaちゃん……!」

今度は少しボリュームを上げて声をかけると、彼女はハッとして私の方を振り向いた。

「うわっ、わっ」

慌てて本を畳み、お説教に怯える子供みたいに固く居直る。

明るく、おしゃべりな子というイメージがついている私からすると、そんな反応をされてはどう声を掛けていいものか困ってしまう。

(えぇ……)

なんとか話題のきっかけを掴めないかと首をひねると、ぬいぐるみが視界に映った。

「ん……!?」

その見た目に、思わず目を丸くしてしまう。

というのも、それは中学時代、友人が私をモデルに描いてくれたものであり、今は創作用のSNSアカウントと創作サイトアカウントのアイコンに設定してあるキャラクターだったからだ。

「嘘やろ……」

だいたい漫画の単行本ほどのそれを慎重に掴み、角度を変えながらためつすがめつしてみる。

こっちは喋ったり、動き出したりする気配はなさそうだ。

「えいっ」

少し安心して、なんとはなしに、トレードマークとも言える、頭のてっぺんに生えた双葉を引っ張る。



―Blackout―



「―はっ……」

―帰ってきた?

「あっ先輩、起きましたか」

声をこぼして起き上がると、目があったのは、去年できた後輩のありちゃんだった。

「先生とか、他の子は……?」

「まだですねー……既読の数だと、他の先輩がたは見てるはずなんですけど」

私の問いに、ありちゃんはスマホを一瞥して答える。

どうやら本当に戻ってきたらしい。

いや、戻ってきたというか、そもそもあんなおかしな状況が起こりうるはずがないから、あれ自体夢だと考えた方がまだ現実的だろう。

ただひとつ「夢」で説明がつかないことがあるとすれば、図書室で目が覚める前に、麻酔銃で撃たれたのかと思うぐらいの速度で眠ってしまった点ぐらいだ。

でも考えたって仕方ないように思う。忘れてしまった方が面倒くさくない。

「あぁ……そう、分かった、もうちょい待とうか」

そう考え、ひとまずありちゃんに指示を返して、編集アプリは終了させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る