サンタさんへのプレゼント

正方形

それは陽だまりのように

『サンタさんは、だれからプレゼントをもらうのかな』


 テレビで流れるクリスマスケーキの宣伝CMを眺めながら、娘がある日ふと呟いた。


『うーん、サンタさんは大人だから、プレゼントはもらわないんじゃないかなぁ』

『そうなんだ……サンタさん、みんなにプレゼントあげて、いいこなのに』


 そう言ってテレビを見続ける娘に、俺は何も言うことができなかった。


────


「ただいま……と」


 深夜12時の少し前。予想よりもずっと長引いた仕事を終えた俺は、ようやく娘の待つアパート我が家へと帰宅した。

 大きな音をたてないようにゆっくりとドアを開けて、真っ暗な玄関に向かって小声で帰宅の挨拶をする。

 履いていた革靴を適当に脱ぎ、ネクタイを緩めながらリビングへ。もちろん、足音がうるさくならないよう気を付ける。

 リビングも当然真っ暗。奥の洋室に続く引戸がしっかりと閉じていることを確認してから、明かりをつける。

 食卓の椅子に鞄を下ろす。さっきコンビニで受け取ったばかりの荷物も一緒に。小さな子供くらいの大きさがあるその荷物は、それだけで椅子一つを占領してしまう。

 肩に手を当てて首を回しながら、冷蔵庫を開ける。開いた扉の手前側にある1リットルパックの牛乳を手に取って、そのまま飲む。

 最近急にマセてきた娘はこれをやると「こっぷつかって!」とプリプリするが、彼女はいま夢の中。わざわざ洗い物を増やすようなことをするはずがない。


「ふぅー……」


 パックから口を離し、眉間を揉みながら目を閉じて深く息を吐く。これをやらないと家に帰ったという気がしない。本当は娘をハグしてからやりたいところだけれど、最近は「おひげいたい」と言ってあまりさせてくれない。

 それから牛乳を戻そうとして、気付く。最下段に置いてある小ぶりなホールケーキが開封されていない。


「あいつ……」


 当日は仕事で遅くなるからと、少し早めに買っておいたクリスマスケーキ。休みを取れなかったお詫びも兼ねて、1ホール全部食べて良いと言っておいたのに。「パパとたべる」と言っていたのは、どうやら本気だったらしい。あの甘い物好きな娘が。

 ラップに包んで冷凍しておいたご飯と適当な冷凍食品をレンジにかけながら、椅子に置いた大きな荷物を手に取る。

 ファンシーな箱に梱包されたそれは、大きなぬいぐるみ。包装を剥がして取り出すと、大人から見てもなかなか大きいと感じる。娘が持ったら全身で抱えることになるだろう。

 うるさくならないようレンジが温めを終える前に取り消しを押して、まだ少しだけ冷たい晩飯を平らげる。洗い物は明日することにしよう。朝は……十中八九時間がないから、帰ってから。

 念のためリビングの明かりを消してから、ぬいぐるみを抱えて洋室の引戸を開ける。

 すぐ目の前には二段ベッド。下段では娘が寝息を立てている。

 妙に暗さがないと思ったら、カーテンが開いて月明かりが射しこんでいた。『サンタさんをおでむかえする』と言っていたから、窓の外を見つめながら限界まで眠気に抗っていたのかもしれない。

 枕元には俺の靴下。大きな靴下の方が大きなプレゼントが入るから、と洗濯済みの靴下を渡したら、『きちゃない』と言って投げ返されてひどく傷付いたものだ。

 新品の靴下を買ってきて目の前で袋から出して渡すことで枕元には置いてもらえたが、結局プレゼントは靴下よりもずっと大きなものになってしまった。

 少し悩んで、ぬいぐるみの片足に靴下を履かせて置いておくことにした。

 枕元に片膝をつき、眠る娘を見る。ついこの間生まれたとばかり思っていた娘があっという間に立ち上がり、話し始め、大きくなっていく。娘の成長がずいぶん速く感じられるのは、俺が歳を取った証拠か。

 雑に掛かっていた毛布を首元まで引き上げてやり、安らかに寝息を立てる頬を人差し指の甲で軽く撫でる。娘の口元がわずかに笑みの形を作って、俺もそれにつられる。

 靴下を手に取ると、わずかな違和感があった。中に、何かがもう入っている。

 値札でも取り忘れたかな、と思わず苦笑しながら靴下を探ると、折りたたまれた紙片が出てきた。

 靴下を置いて四度折られた紙片を広げると、二人の人物が並ぶ絵が色鉛筆で描かれていた。この年代の子供特有の、極度にデフォルメされた棒人間のような人物画。ピンクとオレンジの服を着た小さ目の人物は娘。その横に並ぶ真っ赤な服に真っ赤な帽子を被った大き目の人物はサンタさん。二人の周りには色とりどりの花が咲いていて、花々に囲まれた二人は楽しそうに笑っている。

 サンタさんに描いたのだろう。彼女なりの、お礼のつもりなのかもしれない。

 微笑ましく思っていると、もう一枚紙があることに気が付いた。そちらは手紙だった。


『さんたさんへ

 いつもおしごとがんばってくれてありがとう

 さんたさんはいいこだから

 ほのかからぷれぜんとです

 だいすきだよ

 ほのかより』


 字はよれよれで、『し』や『す』が鏡文字になっていた。『か』と『な』は苦手だから他の字より二回りは大きく、『ほ』は何度教えても『ま』の右に縦棒という謎の文字になってしまう。そんな、娘からの手紙だった。

 手紙を読んでからもう一度絵を見て、ようやく気が付いた。

 絵の中のサンタさんが、口元にごま塩のような無精ひげを生やしている。

 娘が俺を描くときの特徴だった。

 もしかしたら、サンタさん自身が一番、クリスマスというものを知らないのかもしれない。

 サンタさん贈る側になってから初めてもらったクリスマスプレゼントを手に、ふとそんなことを思った。

 ぬいぐるみに靴下を履かせて、カーテンを閉めてからリビングに戻る。

 引戸をゆっくりと閉めたら、明かりをつけてもう一度、手の中のプレゼントを見る。

 一日分だけ伸びたあごひげを掌に感じながら、俺は小さなサンタさんが描いてくれたその絵を、滲む視界で遅くまで眺めていた。

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