第91話 星屑のまたたき


 泣き腫らした目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めたセシリアをベッドにそっと横たわらせる。まだ涙の粒が光る目尻を指先で拭い取り、長い前髪を優しく掻き分けて、トキは彼女の額にゆっくりと口付け魔法を落とした。


 耳元に寄せた唇が、微かな声で愛を紡ぐ。


 ややあって彼は立ち上がり、足音一つ立てずに部屋を出て行った。藍色のストールを靡かせ、静かな廊下を歩いて行く。

 すると通路の壁際に凭れるように、誰かが立っているのが視界に入った。



「……よォ……随分と女泣かせてやがったなァ……? トキ……」


「……アレックス」



 くつくつと喉を鳴らし、揶揄やゆをこぼしたのはアレックスである。トキは顔を背け、視線を落とした。



「……何でいるんだよ」


「くくっ……何だ、忘れちまったのかァ……? この宿、俺の親父が経営してたんだぜ……」


「……!」


「……ま、そんな親父も死んじまったがなァ……このやまいのせいで」



 どこか遠くを見つめ、アレックスは呟く。トキは何も言えずに俯いたまま、逃げるように再び歩き始めた。


 しかし、アレックスがそんな彼を呼び止める。



「……トキ」


「……」


「……悪い事は言わねェ……宿代も要らねえから、さっさとこの町出て行け……灰になりたくなかったらな……」



 その言葉に、トキは立ち止まった。彼は振り向く事無く口を開き、アレックスに告げる。



「……誰も俺の顔なんざ見たくねえって言うんだろ」


「……、へえ……。よく分かってんじゃねえか……」


「……言われなくても、明日の朝にはこの町を出る。もう、二度と帰ってくる事も無い……」



 それだけを告げ、今度こそトキは立ち止まる事無く廊下を歩いて行った。アレックスはフン、と鼻を鳴らし、壁から背を離すと跛行はこうしつつその場を去って行く。


 ──ぎし、ぎし、ぎし。


 軋む床を踏み付けて、トキは重い足取りで歩を進めた。古びた床板は気を抜けば崩れてしまいそうで、この建物も随分劣化しているのだと嫌でも分かる。



(……俺の故郷は、もう無いんだ)



 ──もう、死んだんだ。


 トキは奥歯を軋ませ、目を伏せたまま扉を開いた。途端に、ゴー、ゴー、という大きなイビキが耳に届き、彼は近くのソファへと視線を移す。


 そこでは紺のバンダナを巻いた赤髪の酔っ払いが豪快に手足を投げ出して眠っており、同じく酔っ払った子豚も彼の上でプゴー、プゴー、といびきを立てて眠っていた。間の抜けた彼らの様子に、強張っていたトキの肩からはゆるゆると力が抜ける。



「……ほんと、呑気な奴らだな……」


「全くだ」


「!」



 ぼそりと呟いた声に返事が返され、トキは振り向いた。すると、相変わらず椅子に腰掛けたまま酒を飲んでいたらしいマドックと目が合う。



「……マドック」


「……」


「……」



 互いに沈黙し、数秒。

 先にそれを打ち破ったのはマドックだった。



「……意外だな。血気盛んに殴りかかって来ると思ってたんだが、俺の思い違いか」


「……」


「……ふん。シケたツラばっか見せやがって。女泣かせて落ち込んでるようじゃ、まだまだだなお前も」


「……聞こえてたのか」


「あんだけデカい声で泣いてりゃ、嫌でも聞こえるだろ」



 マドックは冷めて硬くなったチーズフォンデュの中身にパンをくぐらせ、ぶつりとちぎれたチーズを強引に絡めて口へと運ぶ。同様に酒も喉へと流し込み、彼はふと窓の外に目を向けた。



「……お前の故郷は、話に聞いてたよりも随分と酷い有様だなァ、クソガキ」


「……」


「……だが、空に浮かぶ星は、どこよりも綺麗だ」



 マドックは目を細め、窓の向こうでまたたく星々を見上げる。彼の視線を追うように、トキもまたふらふらと窓辺におもむき、空に輝く星を見つめた。


 変わり果ててしまった故郷の中で唯一、昔と変わらない景色。北に輝く一等星が、視界の真ん中でチカチカとひらめいている。



「……知ってるか? 俺達の目に映るあの星の光ってのは、本当は何万年も、何億年も前に輝いた光なんだと。あの中には、とっくに消えちまってる星もあるんだとよ」


「……」


「こうしてちゃんと目に見えてるってのに、実はもう、あの星は存在して無いのかもしれない。そんな、幻みたいな光らしいぞ、あれは」



 酒に口を付けながら、マドックは語る。それを黙って聞いていたトキは、星々の光を見上げたままマドックの向かい側の椅子にゆっくりと腰を下ろした。


 ──こうして目に見えているのに、本当はもう、とっくの昔に消えているかもしれない淡い光。


 それは「死にたくない」と繰り返して泣きじゃくった、先ほどまでのセシリアの姿と重なって──美しく煌めく星々の光から、トキは目を逸らした。



「……消えてない……」


「……あ?」


「あいつは……まだ……ここにいるんだ……」



 微かな声でトキは呟き、椅子に片膝を引き上げて額を押し付ける。



「……俺は、失いたくないんだよ……もう……」


「……」


「もう、うんざりだ……あんな思い……」



 ぼそぼそと力無く呟き、トキは目を伏せた。


 家族を失い、故郷を失い、大事だった物は全て失った。その上、愛した女までこの世から消えてしまったら……自分は、一体どうなってしまうのだろう。


 そう考えて俯く彼の向かい側で、マドックは嘆息して酒を口に含む。強いアルコールを喉に流し込み、ややあって彼は「……お前、」と口を開いた。



「……惚れてんのか、あの娘に」


「……」



 トキは黙り込み、やがて「悪いのかよ……」と弱々しい声を発した。マドックは一ミリたりとも表情を動かす事無く、「そうか」と短く返す。その後閉口した彼だったが、暫し沈黙を挟んだ後、トキから目を逸らしたマドックは再び口を開いた。



「……あの娘……、“アルタナ”だろ」


「……!?」



 そうして放たれた言葉に、トキの顔が勢いよく上がる。「何で……」と声を発した彼に、マドックは顔を逸らしたまま続けた。



「……見てりゃ分かる。不自然に首やら手やら隠してたし、さっきの泣き声も聞こえてたしな」


「……」


「ったく。若い女が『死にたくない』って泣き喚いてるっつーのに、その旅の仲間の男共は酔い潰れて寝ちまいやがって。呑気な連中だな、飼い犬だけは主人の心配してたみてーだが」


「……!」



 そう彼の言葉が続いた頃、ようやくトキはマドックの足元で丸くなって寄り添っているアデルの存在に気が付いた。直後、「こいつ、もう手懐けられてやがるのか……?」とトキは眉を顰める。


 アデルが人にすぐ懐くのはいつもの事ではあるが、トキが傍に居るにも関わらず、マドックの方へと身を寄せているのが少しばかり気に入らない。むす、と不服げにアデルを睨めば、彼は顔を上げて「アゥ?」と首を傾げた。



「……」


「……それにしても、お前本当に変わったな」


「あ?」


他人ひとを見る目が変わった」



 マドックはトキを見つめ、僅かに目を細める。トキは言葉を詰まらせ、居心地悪そうに黙り込んで目を逸らした。



「……」


「お前、昔から根は甘かったが、素直にそれが表に出せねえんだろうと思ってたからな。誰も信用なんかしねえんだろうって」


「……」


「それを変えたのも、あの娘か」



 マドックは問い掛け、酒を呷る。トキは何の言葉も発さなかったが、やがて静かに頷いた。



「……そうか」


「……」


「お前を褒めんのは少し癪だが……女の趣味だけは良い。そこだけは俺に似てよかったな、大事にしろよ」


「……、は、はあ!? 誰がお前なんかに──」



 似てるもんか、と怒鳴りかけたところで、トキはその声の続きを飲み込む。


 なぜなら、目の前でこちらを見つめるマドックの、普段はぴくりとも動かないはずのその堅い表情が──その時初めて優しげに緩み、僅かな微笑みを浮かべていたからで。


 これまでついぞ見た事など無いはずの彼の微かな微笑みが、不思議とどこか見慣れたような、強い既視感をトキの中に植え付ける。



「……、?」



 つい黙り込んで彼を凝視してしまったトキだったが、胸に満ちる既視感の正体を探っているうちに、マドックの微笑みはフッと消えていつもの無表情へと戻ってしまった。


 トキは眉を顰め、黙ったまま彼を見つめる。──分からない。どうして今、俺は……その微笑みを知っていると思ったんだろうか。



「……どうした、クソガキ。神妙なツラして」


「……」



 無表情にマドックが問う。トキは先程の妙な既視感を訝しみながらも、やがて彼から目を逸らした。



「……別に……」


「──トキさん……」


「……!」



 その時ふと、会話に割り込んだ鈴の音にトキはハッと目を見張る。だが彼が振り返るよりも早くアデルが立ち上がり、尻尾を振って駆け出した。


 壁を伝ってふらふらとその場に現れたのは、やはりセシリアで。彼女は腫れぼったい目尻を細め、危うい足取りでこちらへと向かって来る。トキは慌ただしく駆け出し、ふらつくその体を支えた。



「おい、アンタ大丈夫なのか!?」


「う、うう……、の、喉がカラカラです……頭も少し痛いし……。私、いつの間に寝てしまったんです……?」


「……っ」



 どうやら、先程の事はあまり覚えていないらしい。トキはいささか迷ったが、ややあって「……気にすんな。少し疲れてたんだろ」と言葉を濁した。


 ひとまず彼はアデルと共にセシリアを支え、今までトキが座っていた椅子の上にゆっくりと座らせる。必然的にマドックと向かい合う形で腰を下ろしたセシリアは、黙って酒を飲む彼をじっと見つめた。



「……」


「おい、セシリア。すぐ水持ってきてやるから、少し待ってろ。……あと、このオッサンから貰った飲み物は絶対飲むなよ。絶対だぞ」


「……あ、はい」


「絶対だからな!」


「は、はい!」



 鬼の形相で念を押すトキに、セシリアはピッと背を伸ばして頷いた。更に彼は「おいアデル、あの馬鹿マドックが妙な真似したら迷わず噛み殺せ」と不穏な指示を囁き、「わふ?」と不思議そうに瞬いたアデルの頭を雑に撫でるとその場から立ち去って行く。


 一体何をそこまで心配してるのかしら……? と、何も覚えていないセシリアは首を傾げるばかりなのであった。



「……」


「……」



 暗い空に散らばった宝石のような星々が見下ろす中、室内に残されたセシリアは、酒を飲むマドックと向かい合ったまま沈黙する。耳に届くのは、真後ろのソファに転がって眠るロビンとステラの間の抜けたイビキ。そして酒の入ったグラスが卓上に置かれる、簡素な音だけ。


 互いに沈黙を続ける中──先に口を開いたのは、マドックだった。



「……悪かったな、さっき」


「……え?」


「間違えて悪いものを飲ませた」



 表情を変えることなくこぼしたマドックは、バツが悪そうにセシリアから目を逸らしている。セシリアは一瞬きょとんと目を丸めつつ、やがて「い、いえ! 大丈夫です!」と慌ただしく答えた。



「あ、あの、ごめんなさい。私、今お邪魔してしまいましたよね……せっかくトキさんとお話されてたのに……」


「……いや。気にしなくていい。どうせ、アイツは俺の事なんざ良く思っちゃいない」


「えっ……! そ、そんな事ないです! きっと、トキさんはマドックさんの事は悪く思っていませんよ! た、態度は、確かに少し乱暴ですけど……」



 後半やや言いよどんだが、「でも!」とセシリアは身を乗り出す。マドックは僅かに目を見開いた。



「トキさん、きっとマドックさんの事、嫌いではないと思います! だってトキさんは、嫌いな人にああやって自分から突っかかって行くなんて事、ほとんどありませんし……」


「……」


「ロビンさんとか、ステラちゃんに対してもそうですよ。口では嫌いって言いますけど……本当は、みんなの事が大好きなんです。……あの人は、本当に嫌いな相手だと口も聞かない人ですから……」



 分かりやすい人でしょう? とセシリアは苦笑するが、トキの事を話す際の彼女の表情はどこか優しげで、嬉しそうで。

 マドックは酒のグラスを卓上に置いたまま、何か眩しいものでも見るかのように目を細めた。



「……アンタは、変わった娘だな」


「……え?」


「得体も知れない俺に、そうやって嬉しそうに自分以外の人間の話をする」



 マドックはそう言い、グラスから手を離す。



「俺は愛想よく笑うのも下手だし、見るからにロクでも無い男だ。普通は、怖がって誰も俺には寄りつかない」


「……」


「アンタ、俺が怖くないのか。アイツの師を名乗ってるとは言え、俺も賊のはしくれだぞ。身の危険があると考えるのが普通なんじゃないのか?」



 マドックは脅すように声を低めた。しかし、当のセシリアはきょとんと不思議そうに目を丸めるばかり。


 ややあって、「……怖くありませんよ」と彼女は微笑んだ。



「……へえ。随分と肝が据わってるんだな」


「いえ、そうじゃないんです。……私、なぜだか分からないんですけど……不思議と、貴方とは初めて会った気がしなくて……」


「……!」


「あ、ご、ごめんなさい! 変ですよね、いきなりこんな事言うの。でも、そう思ったんです……。マドックさんが、トキさんと似てるからでしょうか」



 セシリアは優しく笑い、マドックを見つめた。対するマドックは言葉を詰まらせ、やがて視線を落とす。



「……似てるか? 俺とアイツ」


「似てます! 喋り方とか、立ち姿とか。だから、何だか安心するんです」


「……」


「きっとトキさんは、マドックさんの背中を見て……マドックさんのようになりたいと思って、今まで育って来たんですね」



 だからきっと似てるんですよ、と嬉しそうに話すセシリアを見つめながら、やはりマドックは眩しそうに目を細める。程なくして口を開いた彼の声は、先程までよりも随分と柔らかく感じた。



「……良い女を見つけたな、あのクソガキは」


「……えっ?」


「本当……アイツにやるのは、少し勿体ないぐらいだ」



 そう言いながらも、マドックの表情はどこか──ほんの僅かではあるが──嬉しそうに緩んでいる。すると不意に彼は左手を伸ばし、身を乗り出すとセシリアの頬に触れた。


 その薬指に光るシンプルな指輪の冷たさによって、彼女はふと我に返る。戸惑いを浮かべた表情でマドックを見上げ、セシリアはおずおずと口を開いた。



「……えっ……? あ、あの……」


「──右の、三列目。中を開けば、左端に“くぼみ”がある」


「……、え?」


「そこに神は眠っている。……アンタなら分かるだろう」



 マドックは耳元で不可解な言葉を囁き、セシリアの後頭部を撫でる。その手付きが何故だかやけに懐かしく感じて、彼女は瞳を見開いた。


 しかしその瞬間、室内に凄まじい殺気が満ちる。



「マドックてめええ!! 何してんだ!!」


「──あ」



 次いで、響く怒鳴り声。どうやら、トキが水を持って戻って来たらしい。


 彼は殺気立った様子で二人に駆け寄ると、セシリアから即座にマドックを引き剥がした。あからさまに牽制しながら睨む弟子の様子に、マドックは無表情のまま溜息をつく。



「気安く触ってんじゃねーぞテメェ! コイツに何もしてねえだろうな! あァ!?」


「触るぐらい別に良いだろ、減るもんじゃねえし」


「ふざけんな殺すぞ!!」


「け、喧嘩はやめて下さい!」



 マドックに掴みかかったトキを止めようと、セシリアは慌てて間に割り込んで制止する。しかしトキの怒りが収まる様子はない。


 そうして彼らが騒ぐ中、ふと、アデルの耳がぴくりと動いた。



「──!」



 アデルは即座に立ち上がり、うろうろとその場を不自然に回り始める。耳を澄ませ、周囲の気配を念入りに探り──やがて、アデルは低い声でうなり始めた。



「グルルル……」


「……!」



 彼の異変に逸早く気付いたのはセシリアである。彼女は「アデル……?」と呼び掛け、何かに威嚇する仕草を見せるアデルを訝しんだ。


 刹那、宿の中には轟音ごうおんが響き渡る。



 ──ドガァン!!



「!?」



 突如響いた破壊音に、それまで騒いでいたトキとマドックはおろか、酔い潰れて眠っていたロビンとステラまでもが飛び起きる。「な、何!? 地震!?」と開眼したロビンは咄嗟にステラに勢い良くしがみついた。一方ステラは、「プギョーッ!?」と絶叫し、強い力でロビンの胸板に押し潰される。


 そんな彼らをよそに、トキは眉根を寄せて低い声を発した。



「……下からだ」



 現在、彼らがいるのは宿の二階。並ぶ客室の中の、やや広めの一室である。

 先程から響く破壊音は、どうやらこの宿の一階から聞こえてくるらしい。


 未だにアデルは何かを警戒しているのか、扉の奥に向かって威嚇を続けていた。



「……何か来る」



 ぼそり、トキが呟く。


 その瞬間、バキィッ!! と彼らの部屋の扉は豪快に破壊された。続けて何かが室内へと飛び込み、トキは悲鳴を上げたセシリアを抱き上げると即座にその場から飛び退く。


 彼らが無事に床へと着地した頃、部屋の中に投げ込まれたはどさりと床に倒れた。


 ──その正体に、トキは息を呑む。



「……は?」



 目を見開き、彼は震える声を発した。どくん、と心臓が妙な音を立てる。


 目の前で倒れているのは、どう見ても──



「……アレッ……クス……?」



 扉を突き破り、部屋の中へと投げ込まれた何か。


 体の節々が崩れ、もはや原型すらも留めていないそれは──灰になった両手足を引きちぎられて失い、今にも事切れそうな浅い呼吸を繰り返す──アレックスだった。



「……っ!!」



 トキは即座に駆け寄り、いつ事切れてもおかしくない状態の彼に「おい!!」と怒鳴り付ける。



「アレックス! しっかりしろ!!」


「……、ッ……ト……キ、……」



 こひゅ、こひゅ、と妙な音を立てて繰り返される呼吸の最中で、アレックスの掠れた声が耳に届いた。至る箇所がボロボロと崩れ、触れるだけでも消えてしまいそうな彼の体をトキは悲痛な表情で見下ろす。



「……っ」


「……ト、キ……」


「……アレックス……」


「……おま……え……、」



 は、とアレックスは短く笑う。

 そして続いた彼の言葉に、トキの背は凍り付いた。



「……やっぱり、厄病神だ、な……」



 ──ぐしゃ。



 その言葉を最後に、アレックスの顔面を大きな黒いブーツが踏み砕く。いとも容易く彼の頭は砕け散り、血飛沫すらも舞う事なく、灰と化して絶命した。


 言葉を無くし、絶句するトキの頭上で、たった今アレックスの頭を踏み砕いた男の喉がくつくつと鳴らされる。



「……あーあ、もう壊れちまった。随分ともろい人形だねぇ、面白みもねえ」


「──……」



 その声に、トキはぴくりと反応した。ゆらり、薄紫色の瞳を見開いてゆっくりと上向うわむく。


 肩付近まで伸びたウェーブ掛かった黒い髪に、赤い双眸。忘れるはずもない、憎いその顔。



「──よォ、トキ。元気そうだな」



 にんまりと口角を上げた男──アルマを、トキの憎しみを帯びた視線が、まっすぐと貫いた。




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