第87話 灰の町


 1




 不気味な森に朝日が昇っても、辺りはいつまでも薄暗い。風は無く、小鳥のさえずりすらも聴こえぬ谷底で、セシリアは東の空を見上げて祈りを捧げていた。



「……シズニアの大地の神よ、どうか今日も私達をお守り下さい」



 床に膝を付き、目を閉じて祈る。

 やがて彼女は日課であるお祈りを終え、立ち上がった。


 空き家の中では、まだ二人と二匹が穏やかな寝息を立てて眠っている。ロビンは怪我も癒えて全快したらしく、昨晩はトキと口喧嘩になりながらも、「俺もセシリアちゃんとちゅーしたいです!!」「あわよくば色んな所をお触りしたいです!!」とセクハラ発言を繰り返していた。


 デリカシーの欠けた二人に怒ったセシリアは、一足先に寝てしまったわけだが──こうして一晩明けてみれば、怒りというよりもつい呆れてしまう。



(……まったくもう、しょうがないんだから……)



 やれやれと苦笑をこぼし、セシリアは眠る二人を見下ろした。


 最終的に掴み合いか何かになったようで、彼らは頬や腕に擦り傷や引っ掻き傷を作っており、何故だか傍に空の酒瓶まで転がっている。どうやらどこからか見つけ出して二人で飲み交わしたらしい。酔っ払った二人に絡まれたのか、ステラやアデルまで一緒に折り重なるように倒れて眠っていた。


 大きなアデルの体にステラを抱いたトキが寄り掛かり、そんな彼にのし掛かってロビンが眠っている。トキとステラは寝苦しいのか、眉間に深く皺を刻んでしまっていて──セシリアは、思わず吹き出してしまった。



「ふふっ……いつの間にか、みんなと仲良くなって……。良かったですね、トキさん」



 小声で語り掛けるが、やはり彼からの反応はない。随分と飲んだようだし、深く寝入ってしまっているのだろう。そんな彼を見下ろし、セシリアは優しげに微笑んだ。


 トキの眠りは、出会った頃に比べると明らかに深くなったと思う。旅を始めたばかりの頃の彼は睡眠が非常に浅く、少しでも足音を立てれば目を覚ましてしまっていた。

 目覚めるといつも暗い顔をして、時折何かに怯えるような眼で虚空を睨んで──そんな彼を、セシリアはずっと見て来た。


 トキの過去に何があったのか、結局彼女は何も知らない。

 けれど知らず知らずのうちに、彼はその過去を自力で乗り越えていたように思える。


 人を信じる事を嫌って、他人との関わりを避け、ずっと心を閉ざしていた彼が──こんなにも、誰かに心を許せるようになったのだから。



(……もう、貴方は……独りで生きなくていいんですね)



 良かった、とセシリアは目尻を緩めた。


 寝苦しそうに眉根を寄せるトキと、彼に寄り添って眠る仲間たちを愛おしげに眺める。きっとこれから先も、こうして喧嘩や口論を繰り返しながら、彼らなりのやり方で絆を深めて行くのだろう。


 ──そんな彼らの生きる未来に、自分は居ないけれど。



「……」



 セシリアは俯き、目を伏せる。

 穏やかに眠る彼らと自分との距離が、とてつもなく遠い気がして。痛む胸の奥に気が付かないフリをしたいのに、出来ない。


 分かっていたはずだった。彼らを好きになればなるほど、自分の運命が辛くなる。

 だから決して、誰も愛すべきではないと、分かっていたのに。



 ──好きだ、セシリア。



「……」



 昨晩、ぬるま湯の中でトキが何度も口にしたその言葉を思い返して、瞼が震えた。セシリアはその場に座り込み、溢れ出しそうになる群青の塊に両手でふたをする。


 逃げないと固く決めたはずの己の運命が、歯痒くて仕方ない。──ああ、こんなに辛くなってしまったのも、きっと全部彼のせいだ。



(……トキさん……)



 愛する事を、愛される喜びを知ってしまった。

 離れたくないと思ってしまった。


 あなたと共に生きていたいと、心から願ってしまったんだ。



「……わたし……」



 ──死にたくないよ……。


 消え去りそうな声で呟かれた言葉は、誰の耳にも届く事なく、静かな部屋の中で溶けて行った。




 2




「──クッソ眠ィ……」


「何だよ、情けねえなトキ! 俺は早朝の腹筋と腕立て伏せで超全快だぜ!!」


「筋肉バカと一緒にすんな、クソゴリラ……」



 すっかり体調が回復したらしいロビンは、昨日まで大怪我で死にかけていたとは到底思えぬ騒々しさである。「んっだよ、冷てーなぁ!」とトキの肩を抱く彼に、トキは苛立ちをあらわにしながら「いちいち近ェんだよボケ!」と暴言を浴びせて蹴り飛ばした。

 そんな二人の背中を、アデルとステラが呆れたように見つめている。


 ──昨晩、怒ったセシリアが先に眠ってしまった後、ロビンはどこからともなく酒を引っ張り出して来た。



『トキぃ! お前ほんとふざけんなよ! 俺らに隠れてセシリアとこっそりイチャイチャしやがって! その状況を詳しく教えろ!! さあ教えろ!!』



 という滅茶苦茶な怒声と共に、トキは強引に酒を口に突っ込まれたのである。

 そのまま必然的に酒の飲み比べが始まり、互いに酔っ払った末、トキはセシリアとの“クスリ”のやり取りについてぽろっと口を滑らせてしまったわけで。


 ロビンは暫く黙ってそれを聞き入れていたが、やがて目を血走らせ、「テメェ、めっっちゃくちゃイチャイチャしてんじゃねえか!! 羨ましいふざけんなぁぁ!!」とトキに掴みかかり、心配そうに見守っていたアデルの前で酔った二人の子供のような殴り合いが始まってしまったのであった。


 髪を掴んだり、引っ掻いたり、頬を抓られたり。

 野良猫の喧嘩さながらの稚拙な小競り合いの末、最終的には一連の騒ぎによって目を覚ましたステラの猛烈タックルによって双方共ふっ飛ばされて──


 ──そこからは、全く記憶がない。



「……クソ、体の節々が痛え……」


「そういう時は腹筋と腕立て伏せで──」


「うるせえ黙れ」



 筋肉ゴリラの発言を一蹴し、文句を垂れるその声を無視して進んで行く。

 ふと後方を振り返れば、アデルに付き添われたセシリアが黙りこくったままトボトボと付いて来ていた。随分と足取りが重いその様子にトキは眉を顰める。



(……? 今朝はいつも通りに笑っちゃいたし、もう機嫌は直ったと思ったが……少し様子がおかしいような……。この森の雰囲気が怖いのか……?)



 そう考えて周囲を見渡せば、やはり枯れ木が連なる不気味な森が続いていて。


 本来、セシリアは暗い場所や幽霊の類が大の苦手である。午前中に空き家を出た際も静か過ぎる森の様子に怖気付いていたようだったし、少し怖がっているのかもしれない。


 トキは足を止めて振り返った。



「……おい、アンタ大丈夫か? 覇気のない顔してるぞ」


「──!」



 セシリアは小さく肩を震わせて顔を上げる。彼女の瞳は一瞬揺らいだが、すぐにへらりと笑顔を浮かべた。



「……ご、ごめんなさい。大丈夫です」


「……別に、謝る事ねーだろ。……怖いんなら俺の手でも握ってろ、多分この森もそう長く続かねーと思うし──」


「あ!! トキ!! 俺も握って!! 俺も怖い!!」


「知るかよ、テメェは一人で歩け」


「辛辣ッ!!」



 頼むよォ!! と縋り付くロビンをトキは再び蹴り飛ばす。放っておけばまた大喧嘩になりそうな二人にステラが「プギプギ……」と鼻を鳴らして呆れた頃、セシリアは切なげに微笑みを浮かべた。


 ──出会った頃、慣れない森の中を歩いた時も、彼はこうして手を差し伸べてくれたな、と思い出す。



『──何なら手でも握ってエスコートしてやろうか? 聖女様』



 ディラシナを出たばかりの森の中。

 薄ら笑いを浮かべ、小馬鹿にしたような口振りでそう告げられた言葉を、セシリアはちゃんと覚えていた。


 その後不器用に握られた手も、セシリアの歩幅に合わせて歩いてくれた足取りも。全部、全部、覚えている。


 彼の言葉や態度は、確かに冷たかった。

 でも、優しい所はいつまでも変わらない。


 セシリアは徐ろに手を伸ばし、今にも喧嘩になりそうなトキとロビンの服の裾を掴む。はた、と瞳をしばたたいた二人と目が合い、彼女は精一杯微笑んだ。



「二人に、手を握って頂けたら……とても心強いです」



 はにかみながら告げれば、トキとロビンは同時にギョッと目を見開き──即座に、セシリアへと詰め寄る。



「お、おい、アンタどうした!? そんなに怖かったのか!?」


「……、え? え?」


「大丈夫! 大丈夫だセシリア、安心しろ!! 俺もめっちゃ怖いから!! マジで!! チビりそう!!」


「……あ、あの、二人とも……? 一体何を……?」


「……い、いや、だってアンタ──」



 ──泣いてるぞ。


 焦ったようにそう続けられ──セシリアは、ようやく自身の頬を伝う涙に気が付いた。レザーの手袋に覆われた指先で触れれば、透明な雫がじわりと広がる。「あ……」と呟いた彼女は両手で顔を覆い、慌てて俯いた。



「……っ、な、何でも、ないです……」


「嘘つけ、泣くほど怖いんだろうが。……悪かったな、全然気付いてやれなかった」


「……」


「大丈夫だって〜セシリア! ほら、森の木の密度も疎らになって来てるし、霧も薄くなってるだろ? 多分もうすぐこの森も抜けられるから、安心しろよ! な!」


「……そう言うお前も声震えてるぞ」


「う、うるせぇいっ!!」



 無骨なトキの手と、ガタガタと震えるロビンの手がセシリアの手のひらを握る。背後ではアデルが寄り添い、ステラも励ますようにプギプギと鼻を鳴らして彼女の周りを飛び回った。


 二人の手を強く握り締め、ちくりと痛みを発した胸に気が付かぬように、セシリアは涙の浮かぶ瞳を細める。


 ああ、やっぱり私は、みんなの事が大好きなんだ。


 そう改めて感じてしまって──やはり、胸が痛い。



「……うん……。少し、怖かった……かも……」



 か細い声を紡いで、彼女は破顔した。「……でも、みんなが居るから、もう平気です」と続けたセシリアに、トキとロビンは顔を見合わせる。──やがて、彼らも微笑みを浮かべた。



「……相変わらずビビりだな、アンタ」


「俺も怖いから頬っぺにキッスしてセシリアちゃん」


「ふざけんな殺すぞゴリラ」


「け、喧嘩はしないで下さい!」



 再び掴み合いが始まりそうな二人を止め、セシリアは涙を拭ってその場から歩き出す。彼らに手を引かれ、目を細めながら頭上を仰げば、薄まった霧の向こうに微かな太陽の光が見えて。



(……どうか、お願いします、神様)



 ──もう少しだけ、この人達と一緒に居れますように。



 そんな儚い願いを、セシリアは胸の内だけで祈った。




 3




 森を出てからも、結局周囲の景色はあまり変わらなかった。木は枯れ果て、草花も生き物も姿は見えない。多少湿り気を帯びていた地面すらも乾き初め、ゴツゴツと足場の悪い傾斜面を進んで行く。


 周辺に崩れた家屋の残骸や残された農具が目に付くようになってきたあたり、以前はこの近くに人里があったらしい。しかし今となっては切り立った谷の底だというのに風も吹かず、まるで“この世の終わり”を目の当たりにしているかのような光景が広がるばかりだった。



「……誰も、いませんね……」


「……」



 セシリアが不安そうに呟く。彼女の言う通り、周囲に人の姿は見受けられない。

 人が住んでいた形跡はあるものの、風化して荒れ果てた家屋や乾ききった畑、そして古びた無数の墓が目に付くばかりで──まさに、亡霊でも居着いていそうな雰囲気だ。


 セシリアはトキの腕にしがみつき、そんな彼女の背中に顔面蒼白のロビンがへばりつく。更にはステラまでぶるぶると体を震わせながらトキのケープの中に潜り込んで来る始末で、必然的に先頭を歩く羽目になったトキは呆れたように嘆息した。



(……ビビりしか居ねーのか、ここには……)



 揃いも揃って怖気付き、不安げに震えまくっている。脳天気なアデルだけがいつもと変わらぬ様子でついて来ていた。


 徐々に急になって行く斜面を、一行は言葉少なに上がって行く。──ふと、トキは周囲を見渡して訝しげに眉を顰めた。



(……? この景色……)



 どこか、見覚えがあるような……?


 何故そう感じたのかは分からないが、不意にそう思った。しかしいくら見渡せど、眼下には灰にでもなったかのような荒れ果てた景色が広がるばかり。風もなく、空気もよどんでいる。


 長年彼が過ごしていたディラシナも大概荒廃した街だったが、まだあの街には「生」に縋り付く人々の僅かな気力が残っていた。死んだように希望を無くした人々で溢れながらも、あの街はまだ呼吸をしていたのだ。


 だが、ここはもう、完全に死んでしまっている。



(……こんな場所、他で見た覚えもないはずだが……)



 トキは怪訝な表情を浮かべつつ、黙ったまま斜面を上がって行く。──しかし、進むに連れて彼の中に蔓延はびこる既視感は強くなって行った。



「……っ」



 知らない場所のはずなのに、どこか懐かしいと感じてしまう。相反した感情が薄気味悪さを増幅させ、トキの表情は歪んだ。


 真横で腰を曲げる枯れ木も、こんな干からびた地面も、崩れ落ちた家屋も、全て見覚えは無い。見覚えはないはずなのに──



(……何だよ、これ……)



 何で、こんなに哀しい気持ちになるんだ。



「──トキさん!!」


「……!」



 突如叫んだセシリアの悲鳴のような声に、トキはハッと目を見開いて顔を上げる。その視線の先には、一つの人影があった。

 なんだ、人がいるんじゃないか──と安堵したのも束の間。視界に飛び込んだその出で立ちに、一同は息を呑む。


 痩せ細り、全身に包帯を巻いて、まるでミイラさながらのその姿。

 亡霊と見紛うようなそれに、セシリアとロビンが「ひい!!」と声を上げて震え上がる。トキは警戒を強め、男か女かも定かでないそいつを睨んだ。



「……お、お、おば、おば、おばけ……っ」


「……バカか、そんなもん居るわけねーだろ」


「ででで、でも、あ、あの人、」


「あれは人間だ。……多分な」



 ガタガタ震えて手を握り合っているセシリアとロビンに嘆息し、トキは彼らを残して目の前のミイラに近寄って行く。



「と、ととと、トキさんっ……!」


「と、と、トキぃ! ききき気を付けろよぉぉ!?」



 二人がそう震える声を張り上げると──包帯を巻いて立ち尽くしていたその人物は、ぴくりと微かに反応した。やがて、徐々に近寄るトキへと視線を向けたそいつは口を開く。



「……、トキ……?」


「──!」



 ミイラの口からぼそりと零されたのは、酷く掠れたの声だった。汚れた包帯の隙間から僅かに窺える瞳が動き、じっとトキの目を見つめて──彼は、更に続ける。



「……トキ……って……、お前、トキ・ヴァンフリート……か……?」


「……、は?」


「……トキ……トキだ……。その黒い髪……薄紫色の目……。お前……トキだろ……? 貧乏なヴァンフリート一家の、泣き虫トキ……」


「──!!」



 トキは目を見開き、言葉を飲み込んだ。


 貧乏なヴァンフリート一家。泣き虫トキ──幼い頃、そう呼ばれては石を投げられて虐められていた事を思い出す。


 ミイラ男の生気のない瞳と視線を交えながら、トキは自身の背筋に得体の知れない寒気が駆け抜ける感覚を覚えた。気味が悪い、と彼は眉を顰める。



「……誰だ……」


「……」


「誰なんだよ、テメェ……!」


「……ククッ……。落ち着け、トキ……そう亡霊でも見るような目で睨むなよ……」



 男はあざけるかのように喉を鳴らし、岩肌に背を預けて凭れ掛かった。包帯に隠れたその表情は見えないが、どこか楽しげな口振りで彼は続ける。



「……お前、生きてたんだなあ……。俺が、『犬に芋虫食わせるまで帰ってくんな』って言ったから……そのまま、どっか消えちまったんだと思ってたぜ……」


「……何……? 何だと……?」


「そしたら、本当にでっけー犬引き連れて、帰って来るんだもんなァ……。ウケるわ……マジで……」



 男は後方で小首を傾げているアデルに視線を向け、渇いた笑みを漏らす。一方のトキは、目の前のミイラ男の正体に薄々と勘付きつつあった。


 彼の脳裏を駆け抜けたのは、震えて蹲る幼い自分と、それを取り囲んで笑う少年たちの姿。



『──おい! 泣き虫トキ! お前、町長の家の犬に芋虫食わせるまで帰ってくんなよ!!』


『ぎゃはははは!!』



 近所の子供たちを従えて、いつも憎らしい笑顔を浮かべて。幼い自分に石を投げ付けては周りの子供達から賞賛されていた、ガタイの大きな少年の姿を思い出す。


 そしてトキは、ついにその名を紡いだ。



「……アレックス……」


「……」


「……アレックス、なのか……お前……」



 どくどくと、心臓が嫌な鼓動を刻み始める。出来る事ならば、そうじゃないと一蹴して欲しかった。


 だが、歪に弧を引く男の口元から発せられた言葉は、やはりトキの予想した通りのそれで。



「──ああ……そうだぜ、トキ……」


「……っ」


「……俺だよ、アレックスだ……お前に石投げ付けて、散々馬鹿にして笑ってた、ロクでもねえクソガキさ……今はこのザマだがなァ……」



 アレックスは自らを嘲りながら笑い、痩せ細って変わり果てた体を見せ付けるかのように一歩前に出た。トキは目を見開いたまま、愕然と彼を見つめる。


 冷たい汗が滲む手のひらを握り込み、トキは生唾を飲んで震えそうになる声を発した。



「……待て……待てよ……。お前が、アレックスだとしたら……まさか、此処は……」



 忙しなく心臓が音を刻む。


 荒れ果てて朽ちた家屋、枯れた草花、干上がった地面に、乱立する墓。先程から感じていた既視感が、ようやく腑に落ちて──トキは戦慄した。



(……嘘だろ……? そんな訳ない……違うって、言ってくれよ……)



 顔を青ざめ、トキは縋るようにアレックスへと視線を向ける。

 しかし、彼の口から告げられたのは残酷すぎる真実で。



「……ああ……お前の思ってる通りだぜ、トキ……」


「……!」


「──ここは、元々風の町だった……だが、今や人間が苦しみ悶えて死を迎えるだけのさ……」



 薄汚れた包帯の下の口元がにんまりと歪んだ。続いて彼の口から発せられた言葉が、トキの心を更に黒く塗りつぶしてしまう。



「……ここは、灰の町……アドフレア……」


「……っ」


「──お前が捨てた故郷だよ、トキ」



 生気のない瞳で告げられた事実にトキは言葉を失い、約十二年ぶりに訪れた故郷の変わり果てた姿を見つめて──何も言えずに、立ち尽くす事しか出来なかった。




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