第71話 偽りの愛言葉


 1




 昼間のカーネリアンは賑やかだった。

 大通りは観光客や住民でごった返しており、街の中には見た事もない乗り物が走っている。ロビンに尋ねてみれば、どうやら広い街中を速やかに移動する事が出来るモノレールという乗り物らしく、科学の力で動いているらしい。上空に設置された細長いレールにぶら下がり、銀色の乗り物は高速で走り去って行く。


 ロビンと共に宿を出て、早数分。

 トキは機械化が進む街の現状を目の当たりにしながら、感心にも似た感情を感じていた。今まで彼が見て来た街の風景とは明らかに異質である。


 建物の壁は木造でも煉瓦造でも無く、鉄なのか何なのか、見た事も無い金属で造られているらしかった。壁に触れるとつるりとしているが、よく見れば何かの鉱物のような物が含まれているようで、その表面は陽の光を反射してキラキラと輝いている。



(建築物の構造や質感といい、乗り物の性能といい、他の街とは明らかに違うな……)



 今まで目にした中で一番大きかった街は、花の街・アリアドニアだったが、比較などする必要も無い程度にはカーネリアンの方が都会だった。

 街の上空にはくじらをモチーフにしたような形の飛空挺が飛び、街の中心部に聳えるターミナルへ向かって移動している。まるで巨大な怪獣が空を泳いでいるようで、つい物珍しさから度々上空を見上げてしまうのだった。


 そんなトキの様子に、背後でロビンがくすりと笑う。



「おいおい、トキ。そんな上ばっか見て歩いてたら、田舎者だってすぐバレちまうぜ?」



 やや小馬鹿にしたような口振りで発せられた言葉に、トキはイラッと眉根を寄せて不機嫌そうに振り返った。ロビンはニヤニヤと憎たらしい笑みを貼り付けながらトキに視線を向けている。



「……うるせーよクソゴリラ。この辺に住んでるからって調子に乗んな」


「んー、俺ん家はもっと中心部から離れてるけどな! ターミナル周辺だと家賃高くてさあ。ギルドがあの辺にあるから、俺的には早めに引っ越したいんだけど。あ、でも今の家の近所は娼館が多くて良いんだよな~! トキも今夜行く?」


「行かねえよ」



 口喧しく喋るロビンをトキは冷たくあしらう。そんな頃、上空に暗い影が差してやはりトキはつい上を見上げてしまった。

 大きな白い鯨が複数のひれで羽ばたき、風を揺らして大空を移動して行く。



「あれ、この街の中で一番デカい飛空挺だぜ。鯨型飛空挺一号機、“白鯨ヴァラエナ”」


「……へえ」


「トキも北に行くんだったら、多分アレに乗るんじゃねえか? 北の大陸は寒くて風が強いから、デカい飛空挺じゃないと行けないって話だし」



 ロビンの言葉を耳に流し込みながら、トキは再び上空を仰いだ。白い鯨は街から離れ、徐々に小さくなって行く。あの鯨から見る景色は、一体どんな風に映るのだろうか。



「……流石に、空は飛んだ経験はねえな。谷底に落ちた事ならあるが」


「え? 何て?」


「いや、何でもない」



 トキは視線を前に戻し、再び歩き始める。けらけらと楽しげに笑う子供達が二人の脇を駆け抜けて行くのを一瞥しつつ、彼はふとロビンに預けた二匹の存在を思い出した。



「……おい。そう言えば、アンタに預けたうちの連れ二匹はどうした?」


「ん? アデルとステラか? ウチでくつろいでるぜ?」


「……二匹だけでか?」



 じろ、とロビンを睨む。しかし彼は「いや、流石に二匹だけで放置したりしねーよ!」と首を振った。



「実は同居人が居てさ。ほら、アデルに着けてる“変化リボン”、俺のダチが作ったって言ったろ? そいつと一緒に住んでんだよ」


「……じゃあ、そいつが今あの二匹の面倒見てんのか?」


「そんな感じ。ステラはもう一週間ぐらい一緒に居るからな、すっかり懐いてるぜ」


(……俺には懐かねえ癖に、あの豚……)



 む、と口元をへの字に曲げてトキは視線を逸らす。別にあの豚が誰に懐こうがどうでも良いが、何となく気に入らない。


 そうこう考えていると、不意に楽しげにざわめく人集りが目に止まった。大きなテントの前で列を作る人々を訝しげに眺めていると、「あー、あれ劇場だよ」とロビンが口を挟む。



「……劇場……」


「そー。普段は踊り子が踊ったり、音楽隊のコンサートがあったり、魔法使いのショーなんかもあったりするな。今は劇団が来てるから、ここ数日は演劇で賑わってるらしいぜ。えーと、演目のタイトルは何だったっけなァ……、確か女神に恋した王子の悲しい神話だったと思うけど」



 ──女神に恋をした王子の、悲しい恋の神話。


 その内容に聞き覚えがあるトキはぴくりと反応し、疎らに散らばる記憶の回路を繋ぎ合わせる。確か、雨の街で出会った女が、美しい歌と共に語っていた──。



「──ラクリマの恋人?」


「っあー!! それそれ! それだよ、ラクリマの恋人! 何だよ、詳しいんだなトキ! 演劇とか好きなのか?」


「……、いや……」



 旅の途中で無理矢理押し付けられた、と小声で呟けば、ロビンは首を傾げた。しかし多くは語らず、トキは再び人の集まる劇場に視線を向ける。

 劇場の壁に貼られたポスターには、“想いは届けど叶わぬ恋。禁忌を愛する涙の恋人”とキャッチコピーが記されていて。



「……」



 ──叶わぬ恋、禁忌を愛する。


 その単語を視界に入れながら、ふと脳裏に浮かんだのは微笑むセシリアの顔だった。いくら望んでも手の届かない、淡い夢のような、幻。



(……くだらねえ)



 トキは人の集まる劇場から目を逸らし、逃げるようにその場から離れる。ちくちくと切ない胸の痛みが広がるのを無視して歩く彼の背後から、「おい、置いてくなよォ!」と文句を垂れながらロビンも追い付いた。トキは不服げに舌を打ち、嘆息する。



「……チッ、ようやく邪魔なゴリラを置いて行けると思ったのに」


「おい、聞こえてんぞ! ったく、ホント可愛げねえなーお前は! セシリアには甘い癖にさぁ」


「……うるせーよ」



 ぼそぼそと答える彼に、「……おぉ?」とロビンは瞳を丸める。しかしすぐさまニヤリと口の端を吊り上げ、トキの肩をがしりと組むとその顔を覗き込んだ。



「なぁにぃ? 否定しねーのぉ~? トキくんよォ」


「……」


「なあ、やっぱトキってセシリアの事好きだろ絶対。顔に出てんぞ、好き好き~! って」


「うるせえ離れろ、暑苦しい」



 心底うざったいロビンの筋肉質な胸板を思いっきり殴り付ける。「ごぶぇッ!?」と奇声を発して離れた彼を気遣う事も無く、淡々とトキは足を動かし続けた。



「……くっ、効いたぜお前のパンチ……! だが俺に膝を付かせるにはまだまだ甘いな……!」


「知らねえ、いい加減消えてくれ」


「冷てえな! もう少しノッても良くねえ!?」



 一人で茶番に興じながらぎゃいぎゃいと文句を垂れるロビンに心底うんざりしてしまう。早くこいつどっか行かねえかな、とぼんやり思った頃──突如耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。



「──トキさん」


「…………、」



 ──は?


 ぴたり。二人は動きを止め、声のした方向へ同時に顔を向ける。


 聞き間違うはずもない鈴の音。

 そこで微笑みを浮かべながら立っていたのは、やはり宿に残して来たはずのセシリアだった。硬直するトキの横で真っ先に声を上げたのはロビン。



「……え!? セシリア!? 何でここに居るんだ!?」


「トキさん。良かった、人混みで見つけられないかと思っちゃった」



 声を発したロビンを華麗にスルーし、セシリアはトキに駆け寄ると突然その腕に抱き着いた。「えっ、俺の事は無視!?」と驚愕に目を見張るロビンの事はやはり無視して、彼女は呆然としているトキを上目遣いに見上げる。



「……おい、アンタ何してんだ? 宿に居ろって言っただろ」


「……あ……もしかして、勝手に出て来たから怒ってる? ごめんなさい、一人じゃ不安で……」


「……。つーか、アンタ……よく一人で来れたな……?」


「ん? うふふ、来れるよ? だってトキさんに会いたかったんだもん」



 ぎゅう、とセシリアはトキに抱き着いて頬を擦り寄せる。路上の真ん中で大胆な行動に出る彼女に、トキはギョッと目を見張った。



「……ちょ、おい! 何だよ、離れろ!」


「えぇ? どうして? 私の事キライ?」


「……なっ……!」


「キライなの……?」



 トキに抱き着いたまま、セシリアは悲しげに表情を歪めて翡翠の瞳に涙を浮かべる。ぎくりとたじろいだトキが焦ったようにロビンに視線を送れば、彼は良い笑顔を浮かべて親指を突き立てていた。完全に状況を楽しんでいる。殺してやろうかと一瞬殺意が沸いた。



「……き、嫌いじゃねーよ。いいから一旦離れろ、周りの視線が痛い……」



 道行く人々から向けられる好奇の視線に居心地悪さを感じつつ、おずおずと言い聞かせればセシリアはぷう、と頬を膨らませて渋々とトキから離れた。何か様子がおかしいような……、とトキは訝しむが、再び潤んだ瞳でセシリアに見上げられてしまっては何も言えなくなってしまう。



「……ねえ、トキさん……私、貴方と二人きりになりたい……」



 そうして放たれた不意打ちの爆弾発言に、トキの心臓はどきりと音を立てて跳ね上がった。



「……は、はあ!? 何言って……!」


「お願い……トキさん……」


「……っ」



 ──トキがそれを自覚したのはごく最近だが、実のところ彼はセシリアの「お願い」に滅法弱い。


 子犬のような目で見つめられると、彼女をどうしても突き放せなくなってしまうのだ。以前の自分であれば簡単に突き放せたのに、とトキは苦々しく表情を歪める。


 しかし再び「ダメですか……?」と悲しげな表情で上目遣いに見上げられてしまって──やはり、突き放す事が出来なかった。ロビンの言う通り、彼はセシリアには甘い。



「……何なんだよ、いきなり……。分かったから、手短に済ませろよ……」


「……いいの?」


「……ああ」


「本当っ!? 嬉しい! じゃ、行きましょ!」



 にこ、と嬉しそうに破顔したセシリアは、すぐさまトキの手を取って歩き始める。が、そこですかさず口を挟んだのは放置されていたロビン。



「え、ちょ、ちょっと待って!? 俺は!? ここに置いてくの!?」


「……」



 焦ったようなロビンの声に、セシリアは黙って振り返る。そんな彼女に視線を向け、「お願いセシリアちゃん、俺も連れてって……?」と潤んだ瞳で強請ねだるように訴え掛けるロビンだが──やがてセシリアは鼻で笑い、彼に口を開いた。



「──私、頭の悪そうな男って嫌いなのよね」



 そうして紡がれたのは、冷ややか過ぎる辛辣な言葉。


 清楚で可憐な少女から放たれたそれの威力は凄まじく、ロビンはガーン! と鈍器で殴られたかのような凄まじい衝撃を受けてその場にふらふらと崩れ落ちた。あからさまにショックを受けて灰になったゴリラの姿があまりにも悲惨でトキは頬を引き攣らせるが、セシリアはそんなロビンを気にも留めずトキの手を引く。



「さ、行きましょう?」


「……」



 ──様子が、おかしい。


 そうは感じながらも、トキは灰になったロビンをその場に残し、セシリアに手を引かれるまま人混みの中に紛れてしまったのだった。




 2




「──おい……アンタ、どこまで行く気だ?」



 彼女に手を引かれるまま歩き続けること数分。人でごった返していた大路を逸れたセシリアは、細い通路を奥へ奥へとどんどん進んで行く。トキの問い掛けにも答えず、彼女はにこにこと微笑むばかりで、薄暗い道の奥へと彼を導き続けた。


 ──明らかに、いつもと様子が違う。


 普段のセシリアはこんなに土地勘など──初めて来る街であれば尚更──無いし、薄暗い道は「おばけが出そう……」と多少は怖気付くはずなのだ。しかし目の前のセシリアは怯える事も迷う事もなく、ただトキの手を引いて歩き続けていて。


 もはや、周囲には人の気配など一切ない。トキは訝しげに眉を顰め、ついに彼女の腕を引いてその足を止める。



「おい、待て。アンタ何考えてる。この先に何の用があるんだ?」



 じろりと彼女を睨み、トキは鋭く声を発した。すると彼女は振り返り、いつも通りの微笑みを浮かべてそっとトキに近寄ると──突如、その胸にぴとりと頬を擦り寄せる。トキは息を飲み、突き放す事も出来ずに一歩後ずさった。



「……っ!?」


「……ふふ。トキさん、心臓がドキドキしてる。緊張してる?」


「……おい……!」



 とん、と彼は壁際に背中を付きながら、密着するセシリアを睨む。彼女が何を考えているのか分からず、全く読めないその行動にトキは困惑するばかりだった。だが、様子がおかしいのは流石に分かる。



「……っ何だよ、アンタ変だぞ! 頭でも打ったのか!?」


「ひどい、トキさん……。どうしてそんな事言うの? 私、貴方とこうしたかっただけなのに」


「何言っ、……!?」



 するり、セシリアの手がトキの下半身に伸びる。内腿うちももを伝う彼女の指先に、彼は息を飲んだ。



(は……!?)



 驚愕のあまり思わず言葉を無くしたトキを見つめ、楽しげに細められる翡翠の瞳。艶やかさすら感じるその視線に一瞬思考が止まりかけたトキだったが、何とかそれを繋ぎ合わせ、彼のものをズボン越しに撫でるその手を掴み取る。



「っ……待て、アンタ何考えてんだ……!」


「……嫌?」


「嫌とかそういう問題じゃねえ、どうしたんだって聞いてんだよ! アンタこんな事するタイプじゃねえだろ!」


「あは、嫌じゃないんですね?」



 にこ、とセシリアは微笑んだ。その瞬間、空いていた彼女のもう片方の手がトキのケープとインナーの中に入り込んで来る。



「……!」



 そろりと指先がへその下をなぞり、ぞくっとトキの背筋に痺れが走った。「あ、腹筋、素敵ですね」と舌舐めずりをした彼女は、トキの衣服を捲り上げて古傷の多い素肌にちゅ、と口付けながら解放された手の指で腰巻を掻き分け、ズボンの中に滑り込ませる。ぞわぞわと肌が波立ち、血液が下半身へ集まって行く感覚を感じて、トキは彼女の動向を片手で制した。



「……っ、セシリア、やめろ……!」


「ふふ、何で? 嫌がってないくせに。硬くなって来ましたよ、トキさん?」



 にっこり、穏やかな笑みを浮かべたセシリアは下半身に滑り込ませた手でトキの燻った熱を包み込んだ。ぴく、と僅かに反応した彼にセシリアは口角を上げ、つう、とトキの胸に舌を滑らせる。



「……っ」


「あは、大きくなって来ましたね。裏側なぞられるの気持ちいいですか?」


「……っ、ふざけんな……! アンタ、こんなのどこで覚えた……!?」


「んんー? 内緒」



 うふふ、と楽しげに笑うセシリアはまるでトキの弱い場所を分かっているかのように、ピンポイントにそれを探り当てては強弱を付けて握りながら指先でくすぐる。ぴく、とトキが身体を僅かに震わせる度、止めさせなくては、と考える思考も鈍って霞んでしまって。



「……、ふ……っ」


「あはっ、トキさん、お顔が赤いですよ。可愛い」


「……っ、この……!」



 ──調子に乗りやがって……!


 主導を握られているようで無性に苛立ち、元々プライドの高いトキはぎろりとセシリアを睨み付けた。しかし彼女は怯む様子もなく、むしろ顔を至近距離にまで近付けて柔らかく微笑む。

 いつもと同じ、彼女の優しげな笑顔。けれどやはり、妙な違和感がずっと拭えない。セシリアであるはずなのに、まるで違う生き物のような。得体の知れない不気味さがトキの背筋を冷やして行く。



「……っ……、やめろ、来んな!」


「ふふ、照れないでいいのに。ぴくぴくして可愛い。いつでも出していいんですよ、私のお口の中で受け止めてあげる」


「……違う、だろ……! アンタ、どこでそんな言葉覚えたんだよ! 普段そんな事言わねえだろ!」


「えー? 何で言ったらいけないの?」



 ぴとりとトキに密着し、セシリアは唇を近付ける。やんわりと細められた翡翠の瞳がやけに官能的で、トキは熱を帯びた吐息を漏らして眉根を寄せた。


 艶やかなセシリアの唇はにんまりと弧を描き、トキの耳元に寄せられる。



「……私、こんなに、トキさんの事が好きなのに……」


「…………、は……」



 耳元で囁かれた言葉に、トキの思考はぴしりと凍り付いた。──今、何て言った、こいつ。


 その場で硬直してしまった彼にセシリアは美しく微笑む。そして再び開かれた唇が、「好きですよ、貴方の事が」と甘く鈴の音を紡いで、トキの耳に流れ込んで。


 ──違う、と思った。



「トキさん、大好き」



 ──違う。あいつは。



(あいつは、そんな事言わない)



 高ぶっていた熱が温度を失い、困惑していた頭が冷静さを取り戻す。──昨晩、彼女を抱いた時に。切なげに表情を歪めて、哀しそうに微笑んで。自らの運命を嘆きながら、それでも「嬉しい」と──「幸せ」だと。そう言って涙を落とした、セシリアの顔を思い出した。


 そんな彼女が、こんな風に。



「──愛しています、トキさん」



 軽々しく、そんな言葉を紡ぐわけがないだろ。



「……誰だ……」



 ぽつり、薄く開いたトキの唇からこぼれ落ちたのは低音。その声にセシリアがぴくりと反応して視線を上げた頃、トキは強い力で密着する彼女の肩を突き飛ばしていた。


 ──ドンッ!



「……っ!」


「──アンタ、誰だ」



 低い声が放たれ、長い前髪の隙間から薄紫の冷たい瞳が覗く。警戒心を顕にして睨み上げるその双眸が、鋭く目の前の女を貫いていた。



「セシリアじゃない……。誰なんだ、アンタ」


「……え? セシリアですよ……分からないの? トキさん、酷い……」


「茶番はやめろ、うざってえな。──あいつは俺に、“愛してる”なんて、絶対言わない」



 セシリアの運命を一番よく理解しているのは、他でもない彼女自身だ。誰も傷付けたくないと願う彼女が、軽率にその言葉を口にするはずが無い。──それを口にしてしまえば、いずれ彼を一番傷付ける事になると、分かっているのだから。


 セシリアの仮面を被った目の前の女は暫く黙っていたが、やがてくすくすと楽しげに笑い始めた。トキは冷静に短剣を掴み、笑う彼女を睨み続ける。



「……あーあ、バレちゃった、楽しかったのに。せっかくの男前だったから、美味しく味見してあげたかったんだけどな~」



 ぺろ、と舌舐めずりをして、女は小首を傾げた。セシリアの顔のまま笑う彼女に苛立ち、トキは女を睨みながら静かに短剣を抜く。



「……セシリアの顔で話すのやめろ。テメェ如きにあいつのフリされんの腹立つんだよ」


「ひっどーい」


「……何が目的だ? 俺に何か用があるんだろ」



 楽しげな女に剣先を突き付け、トキは問い掛けた。すると女はやはりセシリアの顔のまま微笑み、舌をぺろりと出して「内緒っ」と小首を傾げる。



「……あァ……そうか」


「……」


「だったら、無理矢理聞き出すまでだな」



 冷たい双眸をゆらりと持ち上げ、トキは短剣を構えて、薄暗い路地の地面を蹴り付けた。




 .

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