第6章. 海辺の村と彼女の秘密

第52話 彼の知らない私(※2019/09/20内容修正)


 1




 ──セシリア。


 そんな名前で呼ばれるようになって、五年ほどの月日が流れてしまった。名付けてくれたのは彼女を保護した修道院のシスター・ドロシー。海辺の村──セシルグレイスに伝わる光の魔女・セシルからその名を貰ったのだという。



『セシリア。私たちは心から貴女を愛しているわ。怯えなくていいのよ』



 物音を恐れ、言葉もうまく話せず、青い宝石を手放せなかった、あの頃。痩せ細った手のひらを握るシスターはそう言って、優しくセシリアを抱きしめた。



『貴女は、もう何も思い出さなくていいの』



 ──セシリア。貴女はセシリアよ。以前の自分の事なんか、忘れてしまいなさい──そう彼女は囁いて、か細いセシリアの背中を撫でる。


 ゴーン、ゴーン、と教会の鐘が響く音。あれほど怖かった大きな物音も、暖かいシスターの腕の中だと不思議と安堵した。ぎゅっと手の中の青い宝石を握り締め、セシリアは目を閉じる。



 セシリア。


 私はセシリア。


 でも、その前は、誰?



 青く輝く、鋭く尖った宝石の先端を己に向けている骸骨のような腕が、ふと脳裏を過ぎった。けれどそれは一瞬で消えて、彼女の意識は深い眠りの中へと沈んで行く。



『おやすみなさい、セシリア』



 そんな優しい声を聞きながら、“セシリア”は眠りに落ちた。




 2




 真実の森を抜けた晩、三人と二匹となった一行はサラサラと流れる小川のすぐ側にキャンプを張る事になった。真実の泉に姿が映らなかったセシリアはというと、見るからに気落ちしてしまい、あれから一言も発する事は無く、トキやロビンから少し距離を置いた場所に座り込んでしまっている。



 ──アンタ、俺に一体、何を隠してる?



 そんなトキの問いに、セシリアは答えなかった。青白い表情で俯き、震えているばかりで。何も答えようとしない彼女にトキは苛立ったのか、チッ、と舌打ちを放ち、「答えるつもりが無いんなら、もういい」と突き放すような口振りで吐き捨てて歩き始めてしまったのだ。


 そのまま真実の森を出て、早数時間。

 トキとセシリアの間には重たい空気感が漂い、未だ長い沈黙が続いてしまっている。


 そんな二人の間に挟まれたロビンは、ダラダラと冷や汗を浮かべ、ただひたすら焦っていた。



(……いや、気ィ遣う~……!)



 気まずい。気まず過ぎる。何だこの重たい空気は。

 目の前の焚き火に薪をくべつつ、ロビンはちらちらと交互に黙りこくっている二人を見遣った。しかし二人は喧嘩した子供のようにお互いから目を逸らし、双方地面と睨めっこしている。

 だめだこりゃ、とロビンは頭を抱えるしかない。



(この二人の関係、よく分かんねーんだよなァ……。セシリアは恋人じゃないって言ってたけど、なんか友達同士って感じでもねーし……)



 セシリアに尋ねれば答えてくれるかもしれないが、ロビンが彼女に声を掛ければ確実にトキに睨まれるだろう。かと言って、トキに尋ねて素直に答えてくれるとは思えない。



(くっ……万事休すか……! ドンマイ俺! 情けないが耐えきれん、食料探しに消えるぜ……!!)



 ロビンは脳内で勝手に喚きながら結論を出し、徐ろに立ち上がると「あ、俺ちょっと魚でも捕まえて来るわあ〜」とたどたどしく二人に断って歩き始めた。そんな彼の背中を、ステラが慌ただしく「プギ~!」と追いかけて行く。どうやらステラも二人の空気感に気まずさを覚えていたようで、立ち上がったロビンについて行こうと考えたらしい。

 一方、少し離れた場所で丸くなっているアデルは、のんびりと欠伸をこぼして寝こけてしまっていた。



「…………」


「…………」



 続く沈黙の中、アデルの寝息と風の音だけが二人の耳に届く。焚き火を挟んだ対極の位置で互いに地面を見つめ続け、どちらも動く気配は無かった。


 ──それから、数分。やはり二人は一言も言葉を交わす事はなく、時間だけが刻々と過ぎて行く。


 しかしようやく、長らく膠着状態が続いていた二人の間に変化が起きた。重たい腰を上げたのは──トキの方で。



「……!」



 びく、とセシリアの肩が跳ねる。そんな彼女の反応にトキは眉根を寄せつつ、弱まった火の中に薪を投げ入れた。ゴゥ、と燃える火の赤に視線を落としたまま、彼はようやく口を開く。



「……いつまで黙ってんだよ」



 ぽつりと零された低音に、セシリアはやはり俯いたまま。トキは火の中にもう二本ほど薪を投げ入れ、ゆっくりとセシリアの元へ近寄る。



「……おい、無視すんな」


「……」


「……セシリア」



 呼び掛けながら彼女の前で屈み、その顔を覗き込む。しかしセシリアはやはり黙ったままで、いよいよトキは眉間の皺を深く刻むと彼女の肩を強く掴んだ。



「……っ」


「……答える気無いな、アンタ」


「……」


「……へえ、そうか。俺に隠し事はするわ、呼び掛けには無視するわ……随分と反抗的になったもんだな、アンタも」


「……」


「……だったら、まあ、仕方ねえ」



 トキは静かに呟き、肩を掴む手にぐっと力を篭める。びくっと身を強張らせた彼女の耳元に、彼はそっと唇を寄せた。



「──多少強引にでも、洗いざらい吐いて貰うまでだ」



 トキが低く囁いた、直後。

 ガッ、と彼はセシリアの両頬を右手で捕まえ、無理矢理顔を上げさせると首でも締め上げるかのように木の幹に彼女の頭部を押し付けた。ひゅ、と息を飲んで目を見張る彼女の視線の先には、ディラシナの街で出会った当初のような冷たい瞳を此方に向ける、トキの姿。



「今夜の“クスリ”は、を貰うぜ」


「──!」



 そう宣言されてすぐ、唇が重なる。同時に彼の手もワンピースの中に滑り込み、胸に到達するや否や下着の中の素肌を強く押し込んだ。びくっ、と身体を震わせてセシリアが唇を開くと、その隙間から強引に舌を捩じ込まれる。



「……んん……!」



 長い舌が口内をなぞり、強張って硬くなるセシリアの舌を解すように交わった。無理矢理絡め取られたそれに気を取られている間に、片胸を押し込んでいた手のひらが大きく開いてもう片方の胸にも到達する。



「……っ、ん、あ……、やめ……っ!」


「アンタが言うまでやめない」



 ハッキリと明言し、トキは更に強く彼女の胸を押し潰した。漏れかけた悲鳴は彼の唇によって塞がれ、掻き消されてしまう。



「ふ、ぅ、……っ」



 呼吸すら上手くさせて貰えず、いくら彼の胸を押し返しても、強引な口付けの雨が止むことはない。重なった唇からはどちらの物なのかも分からない唾液が伝い、それすらもトキの舌が舐め取ってしまった。


 彼の唇が離れたその一瞬で、セシリアは酸素を取り込み、縋るように彼に訴える。



「……っ、は、ぁ、トキさん、やめて……っロビンさんが、帰って来たら……っ」


「……だから何なんだよ。言うまでやめないって言っただろ」


「……っ」


「……ああ、それとも何? に興奮するタイプだったっけな、アンタ」



 は、と薄ら笑いを浮かべ、トキは彼女のワンピースを胸元まで捲り上げた。白い肌が月の光の下に晒され、セシリアは頬を真っ赤に染めて身じろぐ。

 トキは彼女の唇から顔を離し、鎖骨や胸元に噛み付くように口付けを落としながら、小振りに膨らむ丘の麓へと舌を走らせた。



「……っ……」


「……アンタ、外でこういう事する時の方が感じやすいだろ。前も路地裏でした時そうだったよな」


「……そんな……違……っ」


「……でもまあ、前は途中で邪魔が入ったからなァ? 不完全燃焼だっただろ? ……今からあの続き、してやるよ」


「……っ!」



 にや、とトキの口元が不敵な笑みを描き、空いていた左手がセシリアの下半身へと伸びて行く。ぎくりと身を強ばらせ、彼女は即座に脚を閉じた。



「……っだ、だめ、です……! こんな所でっ……!」


「嫌なら隠してる事全部言えよ。そしたらやめてやる」


「……っ、それ、は……」



 ふるりと肩を震わせ、セシリアは目を逸らして唇を結ぶ。──言えない──それが彼女の答えらしい。



「……へえ、そうか」


「……」


「じゃあ遠慮なく楽しませて貰うぜ、聖女様」



 口元に不敵な笑みを描き、トキはセシリアの小振りな胸に舌を伸ばした。彼の手にばかり気を取られていたセシリアは、生暖かい舌の感触にびくりと背筋を震わせて吐息を漏らす。そして固く閉じられていた脚の力が緩まった瞬間、トキの手は彼女の脚の間に滑り込んだ。



「……あ、やだ、だめ……!」


「おい、あんまりデカい声出すな。犬が起きる」


「……んっ……!」



 下着の上から触れた指に、ぞく、とセシリアの肌が波立った。はあっ、と熱い吐息を吐きこぼし、縋るようにトキのインナーを掴む。その間も彼の舌先が肌の上を伝ったり、吸い付いたり。自身の痕跡を残すかの如く白い肌にトキが赤紫の華を散らす度、セシリアの唇からは吐息混じりの甘い声が漏れてしまう。


 すると不意に、胸に舌を這わせていたトキの唇が離れ、そっと持ち上がったその顔はゆっくりとセシリアの耳元に近付いた。



「……濡れてる」


「……!」



 耳元で囁かれた低音に、かあっと自身の頬が熱を帯びる。そのまま弱い耳を甘噛みされ、ぞくんと背筋に電気が走った頃、トキの手は動き始めた。



「……や、あ……っだめ、嫌です……!」


「嫌って言う割には善さそうだがな」



 低い声が耳元で響く。ちゅ、と音を立てて耳を吸われる度、ぞくぞくと痺れるような熱が体内で燻る。そうしている間も動く指は止まってくれず、思わず腰を浮かせるとトキは楽しげに喉を鳴らした。



「……ほら、早く言えよ聖女様。このままヤッちまうぞ」


「……っん、……い、嫌……っやめてトキさん……! ロビンさんが、帰って来ちゃ、」



 ロビン、という名前にトキの眉根がぴくりと動く。途端に胸の奥が黒いモヤで覆われ、チッ、と舌打ちを放つと彼は脚の間に滑り込ませている指を強く押し込んだ。



「きゃ……っ!?」


「……ロビンロビンって、うるせえんだよ。あの筋肉ゴリラの名前出すな」


「やっ、待って、トキさん……!!」



 とうとう下着をずらされ、長い指が侵入してくる。未知の感覚にセシリアは慄き、声にならない悲鳴を上げてトキの胸にしがみついた。



「……ひっ……、!」



 カタカタと震え、逃げようと腰を引く彼女の身体を押さえつける。「あーあ、指入っちまったな」と楽しそうに笑う彼と目が合い、セシリアは頬を真っ赤に染めて顔を逸らした。しかしすぐに捕まえられて引き戻されてしまう。



「おい、こっち見ろ」


「……んっ……」



 無理矢理顎を持ち上げられ、すぐさま唇が重なる。長い舌が割り込み、絡め取られる中で必死に呼吸を繰り返していれば、路地裏で感じたのと同じような波が押し寄せて来た。

 ぞくぞくと粟立つ肌、荒くなる呼吸、沸々と迫り上がる発火しそうな程の熱。マリーローザの路地裏でも感じたその熱が膨れ上がるのを、セシリアには止められなかった。



「……っ、ん、ん……!」


「……は、」



 噛み付くように口付けられて、動く指が側面に押し付けられた、その瞬間──閉じた瞼の裏に、チカッと閃光が走る。



「──……っ!!」



 火を放ちそうな程に熱を帯びた体内の熱は弾け飛び、頭の中が真っ白に染まる。下腹部にまとわりつく痺れが電撃のように身体を駆け抜け、真っ白になった頭の中で──セシリアは声にならない悲鳴を、トキの唇に奪い取られてしまった。



「……──……っ」


「……」



 風に揺れる木々。パチパチと燃える焚き火の音。それらが二人の耳に届くようになった程度には、夜の静寂が戻って来る。

 その頃になってようやく、熱の余韻に身を震わせるセシリアからトキは唇を離した。薄く開いた目尻に浮かぶ涙の粒を舐め取られ、未知の圧迫感が緩む。



「……ぁ……」



 びく、と身体を跳ねさせ、荒く呼吸を繰り返す彼女の唇に再び触れるだけのキスを落として──トキは真っ直ぐと、セシリアの目を見つめた。



「……セシリア」


「……」


「……悪いが俺は、アンタみたいにはなれない」



 ぽつり。トキの唇から零れた言葉に、セシリアは力無く瞳を開いてゆっくりと瞬く。はあ、はあ、と呼吸を繰り返しながら黙って聞いていれば、彼は再び口を開いた。



「……アンタは、俺の事を“”って言っただろ。……だが俺は、そんな優しい言葉が使えるほど……器の広い人間じゃない」



 こつん、と汗の滲むセシリアの額にトキの額が触れる。肩を掴む右手に力が篭もり、セシリアはそっと視線を上げた。



「……俺は、アンタみたいな言葉は吐けない。“”がここに居るのは、面白くない」


「……!」


「……なあ、そんなに俺に言えない事なのか? 誰かに口止めされてるのか? それとも──」



 トキはぐり、と触れ合っている額を押し付ける。至近距離にあるその表情を切なげに歪め、彼はそっと、薄紫色に色付いた暗い瞳を伏せた。



「……アンタも、俺の事を……騙してるのか」


「──違います!!」



 彼の発言を遮るように、セシリアは声を上げた。トキが視線を再び上げれば、泣きだしそうな瞳を潤ませる彼女が真っ直ぐとトキを見つめている。



「違うっ……! 私は貴方を騙したり、裏切ったりしません……! ただ……!」


「……」


「ただ、私は……、怖い、だけなの……っ」



 セシリアは声を詰まらせ、トキの肩にトン、と額を預けた。



「……私、トキさんの事が大事だから……っ、貴方に、嫌われてしまうのが、ずっと、怖くて……!」


「……俺が? アンタを嫌いになるって?」



 ぎゅっとトキの胸に縋り付き、セシリアはこくこくと何度も頷いた。トキは一瞬ぽかんと呆気に取られてしまったが──ややあって居心地悪そうに視線を泳がせ、右手を持ち上げてぽんぽんと不器用にセシリアの頭を撫でる。



「……ならねーだろ、別に」


「……なります……」


「へえ、大した自信だな。……確かに、アンタが実は男だった、とかなら少し考えるけど」


「……女です……」


「じゃあ問題ねえよ」


「……」



 トキの肩に表情を埋めたまま、セシリアはくぐもった声を絞り出した。「じゃあ、」と口火を切った彼女に、トキは黙って耳を傾ける。



「……じゃあもし、私が……」



 ──“私”じゃ、無かったとしたら?──そう問いかけようとした所で、セシリアは口を噤んだ。そのまま何も言葉を発しなくなった彼女に、トキは「何?」と珍しく優しげな声で問い掛ける。



「……」


「……セシリア?」


「……いつか、」



 震える声が肩口から届き、トキは「ん?」と彼女の髪に頬を寄せた。



「……いつか、ちゃんと、私の事、全部話すから……」


「……」


「……少しだけ……時間をくれませんか……?」



 ぎゅう、と胸に縋り付いていた手がトキの背中に回る。彼は暫し黙り込み、小さく震える彼女の背を見下ろして──やがて小さく溜息を吐き出した。



「……長くは、待てねえぞ」


「……!」



 トキの答えにセシリアは翡翠の瞳を見開く。しかしすぐに目の前がぼやぼやと滲んで、彼女はキュッと唇を結び、彼の肩に強く目元を押し付けた。



「……はい……っ」


「おい、泣くなよ。俺が泣かしたみたいだろ」


「……貴方が泣かしたんです……」


「……くくっ、そうか、悪い」



 トキは楽しげに笑い、セシリアの頭を撫でる。さらりと流れる金の髪が長い指の間を通り抜け、彼がそっとその髪に頬を寄せた頃。

 ふと、キャンプ地にはロビンの声が響いた。



「おーい!」


「──!」



 は、とセシリアは目を見開き、トキの体から即座に離れる。振り向けば、大量の魚をバケツに入れたロビンとステラが遠くから向かって来るのが視界に入った。セシリアは顔を赤らめたまま慌てて涙を拭い、乱れたワンピースの裾を正す。



「……お! 仲直りしたのか? 二人共」



 どこか安堵した表情で問い掛けるロビンから、トキはぷいっと顔を逸らしてしまった。そんな彼に苦笑しつつ、セシリアは頷く。



「……は、はい。一応……」


「ん? 何かセシリア顔赤くねえ?」


「えっ!」



 ぎく、とセシリアの肩が跳ねる。「な、何でもありません!」と被りを振る彼女に、ロビンは「え、でも何か目元も赤いような……」と顔を近付けた。──その瞬間、トキの短剣が彼の喉元に突き付けられる。



「……おい、それ以上近付くなよ」



 凄みのある低音が発せられ、短剣の切っ先を向けられたロビンはひくりと頬を引き攣らせた。慌ててセシリアは彼の腕を掴んで止める。



「ちょ、ちょっと! トキさん……っ」


「……」



 ギロリと睨むトキにロビンはだらだらと冷や汗を流し、「わ、悪い悪い、近過ぎました……」と身を引いた。ゴゴゴ、と地鳴りがしそうな程に睨んでいるトキの視線を恐れつつ、ロビンはいそいそと焚き火の前まで逃げ、捕まえて来た魚を捌き始める。

 威嚇する猫さながらのトキを、セシリアは困ったように見上げた。



「……と、トキさん……ダメですよ、あんな風に剣を人に向けたら……」


「……フン、知るか」



 ふいっと顔を背け、短剣をしまうと彼はその場に立ち上がる。「水浴びして来る」とだけ残してその場を離れて行く彼の背を見送り、セシリアはぎゅっと自身の両手を握り締めた。



 ──いつか、ちゃんと、私の事、全部話すから。



 先程告げた己の言葉が、じわじわとセシリアの胸を刺す。



(……あの事を、言ってしまったら……)



 ──きっと、彼を傷付けてしまう──セシリアはぐっと唇を噛み、トキが歩き去って行った方角を見つめた。

 ふと、そんな彼女の足元に「プギー」と甘えるような声を発してステラが擦り寄ってくる。すりすりと頬を寄せるステラにセシリアは微笑み、その丸い体を抱き上げて撫でながら、そっと瞼を閉じた。


 脳裏に過ぎるのは、マリーローザの街で誓い合った、二人の言葉。



(……トキさんを傷付けてしまう前に……私が必ず、彼の呪いを解かないと……)



 あの日の“誓い”を自身に強く言い聞かせる。例え自分が何者だったとしても──彼の呪いだけは、必ず。


 セシリアは重い腰を上げ、いつも通りの微笑みを浮かべながら、魚を焼くロビンの元へと歩き始めたのであった。




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