第19話 首元の呪い


 1




 時刻は正午を過ぎ、街は一層賑やかになる。トキは口喧しく話し掛けてくる背後の少年の相手をしたり無視したりを繰り返しながらアリアドニアの街を探索していた。

 途中果物売りの女性からくすねた葡萄の実を悪びれる様子もなく口に運び、向かったのは表通りと比べると随分寂れた印象の目立つ市場の通りで。



「……こんなとこ来てどうすんだ? 兄ちゃん」



 背後からひょっこりとリモネが顔を出して問い掛ける。通りに並んだ店はどこも閑散としており、人の数においては戦争状態の大通りとは比べ物にもならない。



「こっちは寂れたシャッター街だよ。ほとんどの店が閉店しちまったし、残ってんのもろくなもんじゃないぜ」


「……」



 リモネの言う通り、じっと周囲を見渡してみてもほとんどの店がシャッターを降ろしていた。栄えていた頃の名残りなのか、残された看板には、“魔法具専門店”、“魔術師の占い館”、“薬草、魔法調合”などの文字が記されている。

 一方で、“靴屋”、“金物屋”、“裁縫店”などの看板を掲げた店はまだ営業しているようだった。



「……魔法文化は廃れる一方だな」


「……んー……でも仕方ないんじゃないか? 魔法って使うと疲れるし、向き不向きもあるだろ。今時科学の力が進歩してんだから、わざわざ自分の魔力使ってまで火起こししたりする必要もねーよ」



 肩を竦めながら言うリモネの言葉は的を得ていた。

 この世界“シズニア”は、古代より魔法の力によって発展してきたのだ。しかし科学が発達し、便利な道具が次々と開発され始めた現代において、“魔法”という文化は徐々に衰退し始めている。


 かと言って完全に消滅したわけではない。アリアドニアのような大きな街では廃れ気味だが、郊外の田舎町や信教徒の間ではまだまだ魔法文化が根強く残っている。完全に消え失せるにはもう少し時間がかかるだろう。



「なあ、兄ちゃんって魔法は使えるのか?」



 ふと、リモネが丸い目を向けて問い掛けた。トキは一瞬視線を落とし、暫く間を置いて答えを返す。



「……いや。使わない」


「えー、なんだつまんねーの。使えるんだったらシェリーに教えたのに」


「……何であの女に教えるんだよ」



 溜息混じりにこぼせば、リモネは嬉々として両手を握り、目を輝かせた。



「シェリーってな、実は魔法すっげー得意なんだ! 色んな属性の魔法使えるし、魔力も同世代の中じゃぶっちぎりで多いんだって!」


「……へえ、多属性タイプか。意外と器用なんだなあの女」


「そうなんだよ! ……ただ、やる気ないから全然魔法使おうとしないけど」


「フッ、なるほど」



 嫌そうな顔で呪文を唱える彼女の姿が容易く想像出来てしまい、トキは思わず失笑をこぼした。彼らはそのまま寂れたシャッター通りに背を向ける。


 するとその時、どこか聞き覚えのある声が不意に背後から投げ掛けられた。



「──リモネ?」


「!」



 呼び止められた少年はピタリと足を止め、反射的に振り返った。そしてすぐさま嫌そうに表情を顰める。



「……うげ、ロゼ……」


「やっぱりリモネか! お前何やってるんだ、こんな所で!」



 パタパタと小走りで近寄って来たのは、昨夜シェリーと共に酒場で接客を任されていた青年・ロゼだった。買い出しの途中だったのか、その両手にはバケットや野菜の入った紙袋が抱えられている。


 彼はむすっとしているリモネの目の前まで駆け寄ると、目尻を吊り上げて語気を強めた。



「子どもがこんな所まで来たらダメだろ! もっと人通りの多いところを歩け、誘拐でもされたらどうするんだ!」


「うるっさいな、お前には関係ないだろ! ガキ扱いすんな!」


「いいから戻れよ! あと夜に出歩くのもやめろ! この辺りが最近物騒なの分かってるだろ!? 一人でこんな所まで来るな!」


「うるせー根暗坊主! つーか一人で来たわけじゃねーし!」


「はあ!?」



 ロゼは眉を顰め、ふと横に顔を向ける。そこで黙って二人のやり取りを眺めていたトキに、彼は目を見開いた。



「……あんたは、昨日の……」


「……」


「……あんたが、この子をここまで連れてきたのか?」



 じろりとロゼの目が警戒心を露にして睨む。トキは小さく息を吐き、ストールで隠した口元を不服げに動かした。



「……連れて来たんじゃない。そいつが勝手について来たんだ」


「ああ! その言い方はずるいよ兄ちゃん!」


「本当の事だろ」



 喚くリモネをバッサリと切り捨てる。ロゼは未だに訝しげな視線をトキへと向けたまま、低い声を絞り出した。



「……何のつもりかは知らないが、あんまりこの子を人気ひとけのない場所へ連れてこないで欲しい。最近、この辺りはあまり穏やかじゃないんだ」


「……へえ? 何か事件でもあったのか?」



 臆すること無くトキが問えば、ロゼは一瞬間を置いて「まあ、少しね……」と言葉を続ける。



「……ここ数ヶ月、この辺りの店や墓が荒らされてるんだよ。被害に遭った店はどれも既に畳まれた店だったけど、墓を荒らされたのは名の知れた学者だとか魔術師とか、高名な故人の物ばっかりでね。まだ犯人は捕まってないし、墓荒らしの目的もよく分からないから、この辺りはあまり子どもに近付いて欲しくないんだ」


「……ふーん。墓荒らし、ね」



 トキはストールを掴み上げて口元を隠し、確かめるかのようにボソリと声をこぼす。



(……少し気になるな)



 もしかしたら、魔女に繋がる情報が得られるかもしれない。そう考えた時、ふとリモネがロゼを睨んだ。



「……ていうか、そう言うお前こそ一人で買い出しに来てるじゃん。シェリーはどうしたんだよ、いつも二人で買い出し行くはずだろ」


「……!」



 何気なく問われた言葉に、ロゼはぎくりと身を強張らせた。「……あ、あー、アイツは……」と焦ったように視線を泳がせ、しどろもどろに声を紡ぐ。



「……そ、その……ちょっと昨日の夜に体痛めたらしくて……部屋に置いてきた」


「……はあ? 夜に体痛めるって何だよ?」


「えっ……と、それは……! ちょ、ちょっと体動かし過ぎたって言うか……」


「は!? 運動したのか!? 怠惰の化身みたいなアイツが!?」



 リモネが驚愕に目を見開く中、ロゼは冷や汗を浮かべながら「ああ、えっと、まあ……そんな感じ……」などと曖昧な返事をぼそぼそ返している。顔を赤らめ、居心地悪そうに目を逸らしている彼の様子にトキは何かを察したらしく、なるほど、と目を細めた。



「……前途多難だな、お前」


「は?」



 意味深に発せられた言葉にリモネは眉を顰めて顔を上げたが、トキは深く語ることなく、二人を素通りして再び歩き始める。



「……あ、おい兄ちゃん! どこ行くんだよ!?」



 リモネも慌ただしくその背中を追いかけようと地面を蹴った。しかし「リモネ!」とロゼに呼び止められ、彼の足は止まる。



「……何だよ! まだ何かあんのか!」



 不機嫌全開で牙を剥けば、ロゼは心配そうに表情を曇らせてしゃがみ込んだ。



「……あの人、何なんだ? 本当に知り合いか? あんまりよく知らない人なら付いていくな。危ないだろ」


「……!」



 小声で囁くロゼの言葉にリモネはたじろぐ。彼の言うとおり、トキとは昨日出会ったばかりでその素性はよく知らないし、見た目や態度から判断する限りおそらくロクでもない。ロゼが心配する理由も納得出来る。



(……でも……)



 ぐ、とリモネは奥歯を噛み締めた。そっとポケットの中に手を入れ、不格好な花の指輪に触れる。

 リモネの危機を二回も救い、流していた涙を不器用に拭って、その作り方を教えてくれたのは──紛れもなく、彼だった。



「……大丈夫、と思う」



 小さな声で告げる。しかしロゼの表情はやはり曇ったまま。

 リモネは顔を上げ、にっと笑って再び走り出した。「おい!」とロゼに呼び止められたが、そんな呼び掛けなど無視する。もう立ち止まってなどやらない。



「大丈夫だって! アイツ本当は優しいって、聖女様のお墨付きだから!」


「……はあ!?」



 不可解な台詞を残して走り去って行く小さなリモネの背中を見つめ、ロゼはその場で呆然と立ち尽くす。買い出し品を両手に抱えているがために後を追うことも出来ず、彼は結局、黙ってそれを見送ることしか出来なかった。




 2




 さらさらと流れる風に、色とりどりの野花が揺れる。人っ子一人見当たらない美しい丘の上のベンチに腰掛け、セシリアは俯いていた。



「……トキさん……まだ怒ってる、かな」



 小さく零れた呟き。昨晩から今朝に掛けての出来事がぎゅっと胸を締め付ける。ただ、誤解を解こうと思った。けれど上手く行かなくて。



 ──疲れるんだよ、アンタといると。



 あの時、冷たく放たれた声。まるで頭のてっぺんから氷水でもかけられたかのように、セシリアの胸は凍り付いた。

 けれど同時に、そっか、そうだよね、と納得してしまったのだ。この状況を作り出しているのは、紛れもなく自分なのだから。



(……魔女に襲われたあの日に、関係ないトキさんを巻き込んでしまったから……。呪いを解くためとは言え、好きでも何でもない私と毎日口付けをしないといけなくなったんだもの……。そんなの当然、疲れるよね……)



 強く唇を噛み締める。セシリアは俯いたまま、そっと自身の首元に触れた。長いタートルネックで隠されたその場所を、あの時彼に見せてしまっていれば、あんな言葉は聞かずに済んだのだろうか?



(──いいえ。きっともっと酷い言葉で、突き放されていたと思う……)



 目を閉じ、自らの両腕を抱き締める。


 脳裏に浮かんだのは、穏やかな海風のそよぐ小さな村。そして自分に手を伸ばす、見知らぬ女の子。



『──ねえ、あなた修道院に来た新しい人でしょう?』



 そう声を掛けてきた女の子は、当時十四歳だったセシリアに優しい微笑みを向けた。セシリアは恥ずかしそうに俯き、こくんと頷く。



『やっぱり! ねえねえ一緒に遊ぼうよ!』


『……え……?』


『あっちで鬼ごっこしてるんだけど、人数足りなくて。だから一緒に遊ぼう!』


『……う、うん……!』



 彼女はセシリアの手を取り、走る。銀色のリストで覆い隠された手首はいつも重たいと感じていたのに、誰かに握られただけでふわりと体が軽くなったような気がした。



 ──いい? セシリア。あなたの首元と手首は、絶対に人に見せてはダメよ。



 シスターの声が頭の中で響く。分かりました、と頷いたが、何故見せてはいけないのか、この時のセシリアは全く理解していなかった。


 ──結局その日から、セシリアは村の子どもたちと一緒に遊ぶようになった。記憶のない彼女にとって、初めて出来た交流の場。

 年齢はみんなバラバラで、まだ幼い子もいればセシリアより年上の子もいた。海沿いの小さな村では大した娯楽も無かったが、毎日草原で鬼ごっこをするだけでも、同世代の子どもたちと触れ合う時間があるというだけで楽しかった。


 しかし、そんな楽しい一時は突然終わりを告げる。



『セシリア、首が泥で汚れてるわ』


『え?』



 ある日、歳の近い女の子がそう言って彼女の首元に触れた。そこを覆ったチョーカーの留め具に指を掛け、中の泥を掻き出そうとする。

 しかしその直後、チョーカーの留め具が外れてしまったらしく、パチン、と音を立てて首を覆っていたそれが地面へと落ちた。流れた温い風が、あらわになった彼女の首元をさらりと撫でる。



『……っ……、こ、これって……!』



 女の子は震える声を絞り出した。セシリアはハッと目を見開き、首元を手で覆い隠す。


 けれどもう遅かった。



『……あ、あの……』



 固まっている女の子に向かってセシリアは手を伸ばす。しかし、バシィッ! とその手は払い除けられてしまった。

 今度はセシリアが硬直し、女の子に叩かれた手を胸の前で握る。何が起こったのか、分からなかった。



『──触らないで!! 汚い!!』



 投げ付けられた言葉。化け物でも見ているかのような目。

 彼女の怒鳴り声を聞き付けて集まってきた他の子どもたちも、セシリアの首元を見ると皆一様にたじろぎ、同じような目を向けてきた。


 ──その後のことは、よく覚えていない。酷い言葉や石を投げられて、走って逃げた気がする。

 ふと気が付いたら修道院に戻っていて、セシリアはシスターの膝に縋り付いて泣いていた。



『う、う……っ』


『……そう。見られてしまったのね』


『……ひっ、ぅ……っシスター、私……私は、何なのですか……? 私の……っ、私の手は……!』



 汚い、の?


 しゃくり上げて尋ねるセシリアに、シスターは優しい微笑みを落とす。



『いいえ、汚くなんかないわ。あなたは綺麗な手をしてる』



 震える小さな手を握り、シスターは愛おしげに頬擦りをした。大丈夫、大丈夫よ、とセシリアに言い聞かせ、ぽろぽろと流れる涙を優しく拭う。



『──あなたは、もう何も思い出さなくていいの』



 彼女はそう言った。自分の首元のを知ったのはそれから随分と後の事だったけれど、あの言葉がずっと心に引っかかっていた。


 私は何者なの?

 私はどうやって生きてきたの?


 その答えを探して、ここまでやって来た。もうこの首のことで苦しまなくていいように。泣かなくていいように。


 けれどまた、怖がっている。思い出すことを──彼に、打ち明けることを。



(……やっぱり、トキさんには言えない)



 セシリアは震える手で両腕を抱き締めたまま、きゅっと唇を噛み締める。昨晩、トキに触れられた時、首元のチョーカーに手を掛けられた途端に彼女は恐ろしくなった。



 ──触らないで!! 汚い!!



 いつか自分に向けられた言葉の棘が、ずっと心に突き刺さったまま抜けなくて。あの時の彼女の目が、脳裏にちらついて。


 見られてしまう。

 触れられてしまう。


 嫌われて、しまう。



(──嫌だ)



 そう思った。そして、気が付けばいつの間にか彼の体を突き飛ばしていた。

 我に返った時、彼の表情は酷く切なげに歪んでいて。


 傷付けてしまったと、思った。



「……どうしたら、良かったの……?」



 地面に咲く野花を見つめたまま呟く。答える者は、当然いない。

 セシリアは目尻に浮かぶ涙をそっと手袋に包まれた指で拭い取った。その時ふと、複数の足音を耳に届いて彼女は反射的に顔を上げる。



「あれー? お姉さん、そんな所で一人で落ち込んでどうしたのー?」


「俺たちが慰めてあげよっか?」


「……!」



 現れたのは、見た事も無い若い男二人。彼等はたじろぐセシリアを囲うようにベンチへと近付いて来た。



「お、可愛いじゃん! 俺めっちゃタイプ」


「ねーお姉さん、俺たちと遊ぼうぜー。嫌なこと一瞬で忘れさせてあげるから」


「……っ、あ、あの……」



 どかっ、と隣に男の一人が腰掛け、びくっとセシリアの表情が強張る。そのまま肩を引き寄せられ、セシリアは怯え切った目で彼らを見上げた。



「あー、そんな怖がんないでよ。俺ら別に怪しい者じゃありませんよー」


「ぶは、信憑性ゼロ。ごめんねぇ、コイツ距離感近くてさー」



 ケラケラと笑いながら男達はセシリアに接近し、いやらしい目で彼女の体を上から下まで眺めている。セシリアは小さく震え、涙の膜の張った目を忙しなく泳がせた。



(……ど、どうしよう……逃げなくちゃ……)



 目の前の男達のぎらついた瞳にゾッと背筋が凍る。優しく言葉を掛けているようで、内側に隠されている本心はおそらく好意ではない。

 セシリアは両手を胸の前で握り締め、震える唇を開いた。



「……ご、ごめんなさい……私、あの、人と待ち合わせしてて……っ」


「えー? いいよ、すっぽかしちゃいなよ」


「そ、そういうわけには……、きゃ!?」



 突然、肩を引き寄せていた男の大きな手がセシリアの胸を鷲掴む。セシリアは大きく体を震わせ、その手を引き剥がした。



「嫌っ……! 何するんですか!」


「お、柔らけー!」


「ぶはは!! いやお前手ェ早すぎ!」


「……っ」



 ぞわ、と全身に鳥肌が立った。男達は何の悪びれもなく笑い、更にセシリアの元へ詰め寄って来る。


 このままではまずい、と警笛が脳内に鳴り響いて即座に立ち上がるが、彼女の細い手首はいとも容易く目の前の男に捕まってしまい、再びベンチの上へと逆戻り。



「……っ、は、離して……!」


「まあまあ。そう言わず俺たちと遊ぼうぜ」


「……い、や……!」



 声が震え、手に力が入らない。どうしよう、どうしよう、と目を泳がせている間にゴツゴツとした男の手が彼女の太腿をなぞって。



「……ひ……っ」



 ぞわっと背筋に冷たいものが這う。かと思えばもう一方の男がセシリアの耳元に唇を寄せた。吐息を吹きかけられ、無意識に肩が跳ねる。



「や……っ」


「お、可愛い声。もっと聞かせてよ」


「……ん、やだ……っ」



 かぷりと耳を啄まれ、嫌悪感で背筋が波立つ。抵抗しようにも両サイドから腕を拘束されているため身動きが全く取れない。



「……やめ、やだ……! 誰か……っ」


「くく、誰も来ないよこんなとこ」


「アンタが悪いんだろ? こんな人っ子一人来ないような場所に女一人で座ってんだからさ。本当は期待してたんじゃないの、こういうの」


「……そんな……っ違、」



 違います、と続けようとしたその時、ガリッ、と歯を立てられた耳に激痛が走った。セシリアは目を見開いて叫ぶ。



「──っうあぁ……っ!」


「あ、やべ。間違えて噛んだ」


「おいおい、お前その噛み癖やめろって。あんまり叫ばせんなよ、人が来たら厄介だろ」


「あーあ、血ぃ出てら。ごめんねぇ」


「……っひ、ぅ……っ」



 ズキズキと右耳が鈍い痛みを発し、ぽた、とベンチに鮮血が落ちる。セシリアは項垂れ、血の滴る感触と響く痛みに表情を歪めた。



(……嫌……お願い、誰か……)



 震える唇が小さな声で助けて、と紡ぐ。男達はへらへらと笑い、抵抗出来ないセシリアの体をべたべたと触り続けて。


 怖い。気持ち悪い。


 誰か。



「──トキさん……っ!」



 彼の後ろ姿が脳裏を過ぎった、その瞬間──ゴウッ! と燃え盛る赤い閃光が、セシリアの目の前を通り過ぎて行った。かと思えば、拘束されていたはずの左腕は男の悲鳴と共に解き放たれていて。



「──うわあああっ!!?」


「!?」



 突然飛び退いて地面に這い蹲ってしまった男にセシリアは目を見開く。するともう一方の男も突如悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。



「あああっ!? 何だよぉ!? 熱いぃ!!」


「……!」



 はっ、とセシリアは目を見開いた。転げ回る男の周りに、炎の力を帯びた赤い光がまとわりついている。



(──火属性の魔法!?)



 それは紛れもなく、魔法によって放たれた光だった。直後、その場にザッ、ザッ、と草木を踏み締める足音が響く。



「……男二人でか弱い女の子を襲うなんて、ほんっと恥ずかしい奴ら」



 放たれた声に、セシリアはぱっと顔を上げた。

 長いブラウンの髪、青いバンダナ、死んだ魚のような、やる気のない瞳。



「こちとら腰痛くてイライラしてんのにさ〜、胸糞悪いモン見せやがって。本当最低な男ね~まったく」



 指先に炎を揺らしながら気だるそうに立っていたのは、どこかで見た覚えのある女性。彼女は小さく息を吐き、ポリポリと首を掻くとやはりだるそうに言い放った。



「なんかムカつくから、そこの二人は今から丸焼きに決定。今晩の夕食に並べてやる」



 フッと薄く笑い、指先の炎が大きくなる。倒れ込んでいた男二人は顔面を蒼白に染め上げ、逃げようと地面を蹴るが──時既に遅し。



「ぎゃあああッ!!」



 放たれた閃光が彼らの尻に着火し、二人は断末魔さながらの悲鳴を上げて、そそくさとその場から逃げ去って行ったのであった。




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