♪2 章灯、スマートフォンを買う 2/3

「先輩、何してるんすか」

木崎きざき君! なぁんだ、良かったぁ」

「良かったって……何すか」

「いや、こっちのこと。ていうか……」


 そこにいたのは後輩アナウンサーの木崎康介だった。

 男子アナウンサー界一のイケメンとも言われる彼の隣には、


みぎわもか」


 人気女子アナウンサーランキングに殿堂入りを果たした後輩の汀明花さやかが、にこやかに手を振っていた。

 この2人は同期で、普段からよくじゃれ合いのような口論をしている。かと思えば仲良く赤ちょうちんの下がる居酒屋に行ったりもしており、局内ではかなり早い段階で2人の仲は噂になっていた。けれど、2人はそれを強く否定した。


「私は山海やまみ先輩が良いんです!」

「俺もこいつのこと女としてちょっと見れないっていうか」

「何よそれ! ちょっと失礼じゃない、木崎君?」

「だって俺お前のゲロの始末ま――」

「きゃああ! それは言わないで!!」


 なんて夫婦漫才のような見事な掛け合いまでして。


 だから、一体何が起こったのかはわからないものの、この2人から、婚姻届を提出して来たと報告があった時、「おめでとう」よりも先に「だと思ったよ」という声がどこからともなく上がったのは笑い話だ。

(※何が起こったのかご興味がある方は、本編 の『The Event 3 Christmas・前編~後編』https://kakuyomu.jp/works/1177354054883435355/episodes/1177354054885923579 をどうぞ!)


 だから本来は明花も木崎姓なのだが、いまだに『汀』と呼んでいるのは、彼女の方から「出来れば職場では旧姓で仕事をさせていただきたいんですけど」と申し出があったからである。


「良いね、デート?」


 茶化すようにそう尋ねると、「ええ、まぁ」と木崎が答える。


「満を持してドラム式に変えようかって話をしてるんです」

「ドラム式に?」

「いや、俺の人生設計では嫁さんは家で主婦してもらうはずだったんすけど、明花が――」

「私、まだまだ辞めませんから!」

「ってことでですね、お互い忙しいんで、乾燥まで洗濯機の方に頑張ってもらおうかな、と」

「同じ理由で食洗器やらロボット掃除機の導入も検討はしてるんですけど」

「さすがに一気に買うってのは、ってことで。まずは洗濯機を」

「成る程」


 やはり夫婦漫才のようにテンポが良い。その仲睦まじさに頬を緩める。


「それで、先輩は何を? もしかしていよいよ局内にマイコードレスクリーナーですか?」

「いや、先輩だぞ? マイ高圧洗浄機だろ」

「待って。空気清浄機かも」

「いやいや、先輩はヴォーカリストだぞ? だったらあの空気清浄機能付きの加湿機だろ」

「だったらむしろズボンプレッサーじゃない? あのビジネスホテルに置いてるやつ!」

「むしろの意味がわからん」

「身だしなみってこと!」

「ちょっと待って君達。俺のこと何だと思ってるの?」


 自分を挟んで白熱してきた、よくわからない論争に待ったをかける。

 2人はきょとんとした顔でほぼ同時に首を傾げた。その動きもぴったりとシンクロしている。


「スーパーきれい好き」

「スーパー几帳面」

「はいストップ」


 再び待ったをかける――今度はそれぞれの鼻先に手のひらをかざして。


「あのね、俺は皆が言うほどじゃないから」

「そうすか?」

「そうかなぁ?」

「ええ? 何で?」

「だって先輩の机って誰よりも片付いてるじゃないすか」

「いや、普通でしょ、それくらい」

「机の中も、あれ自分で仕切り入れてますよね?」

「だってその方が取り出しやすいしさ」

「それはわかりますけど、鋏とかカッターとかの場所までかっちり決まってるし」

「場所が決まってる方がなくさないじゃない」

「いやその……ミリ単位でパズルみたいになってるじゃないすか、それはどうなんすかね」

「うっ……」


 まぁあれに関してはちょっとやりすぎたかな、と思わないでもないけど。


「ま、まぁとにかく、そういうんじゃないから」


 そう返したところで――、明花が思い出したように、ぱん、と手を打った。


「わかった! スマホですね? そういえば替えるって言ってましたもんね!」

「あれ本気だったんすか!」


 信じられないといった風に木崎が目を丸くする。それほどまでに『章灯=頑なにガラケー』のイメージが強いのだろう。


「うん……、まぁ……。本格的に壊れる前に替えた方が良いかなって」

「それはそうですね。それに、早い方が良いですよ」

「そうそう。年取るとどんどん保守的になるっていうか……頭も固くなりますし」

「それを言われると……」


 確かに、いまが替え時なのかもしれない。自分よりも年上の湖上こがみ長田おさだですら使いこなしているのだ。それも彼らが早い段階で波に乗ったからなのである。そしてそのは確実にいま来ている。


「それで? 目を付けてる機種とかあります? やっぱりY-Phone ですかね?」

「Y-Phone かぁ……」


 確かアキもそれだったな。


「Y-Phone だったらカバーも可愛いのたくさんありますし、お勧めですよ!」

「カバーかぁ。やっぱりカバーとかも必要?」

「なくてもいけますよ、全然」

「えぇ~? 色々つけ替えられた方が気分も変わって良いじゃなぁい!」

「女はそういうの好きだよなぁ、ほんと。まぁカバーが悪いわけじゃないです。もしもの時の衝撃を吸収してくれるとか……、あとまぁ、汚れから守ってくれるとか……」

「成る程成る程」


 そういやアキも真っ赤なカバーを付けているのだ。あいつはほんと赤が好きだからなぁ。


「……先輩?」

「え? あ、あぁ、ごめん」

「まぁそれは置いといて。あとは、Y-Phone なら、もしもの時教えられますよ、俺も明花もY-Phone ですから。局内にも多いですし、いざって時に誰にでも聞けるっていうか」

「そうか。皆が使ってるっていうのは、そういう利点もあるのか。よし、じゃあY-Phone にしよう」


 そう宣言すると、店員よろしく「では、参りましょう、先輩のキャリアってDAUディーエーユーでしたよね?」と背中を押された。


「え? Y-Phone ってY-Phone屋さんで買うんじゃないの?」


 そう返すと、その新婚夫婦は顔を見合わせて同時にため息をつき――、


「先輩、Y-Phone っていまはどこのキャリアでも買えるんですよ」

「もう、先輩は契約する時までしゃべらなくて良いっすわ」


 と呆れたような声で言った。



 

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