クリスマスぼっちの計測結果

常世田健人

クリスマスぼっちの計測結果

 通算三年目のクリスマスぼっちが決定したのは、十二月二十三日のことだった。

 街コンで出会った一人の女性と二十三日に会う約束をし、実際に会うことが出来た。この日に会えるのならば翌日の二十四日――つまりはクリスマスイブにつなげることが出来るのではと思っていたのだが、結局何もなく終わった。

 三年前――大学四回生の頃はまだよかった。サークルという一つの塊があったから、その塊の中に入れば自動的に女性と一緒にクリスマスイブを過ごすことが出来た。

 ただ社会人になってからというもの、横浜から大阪に引っ越したということも相成って、全くと言って良いほど会社以外の人間関係を形成できなくなった。女性はおろか男性もだ。

 社会人一年目の時は、それでもしょうがないか――来年なんとかしよう――と思い頑張ろうという意思を持っていた。

 社会人二年目の時は、去年もこんな感じだったな――仕方がないから『有頂天ホテル』でも見て新年の気持ちに映ろうかと半ば現実逃避をしていた。

 そして、社会人三年目。

 どうにかしなければならないと必死になった私は、仕事が忙しい中、十月あたりから週に一度街コンに行くようになっていた。会費は大抵七千円程度。決して安くはないその金額を毎週つぎ込み、私はクリスマスぼっちを避けるため必死になっていた。

 時折別日に会うことが出来ていたが、それっきりになってしまい、次につながらないということが続いてしまった。

 そうして来る十二月二十四日にクリスマスぼっちな私が誕生したのである。二十四日はクリスマスではなくクリスマスイブだろうと思うのだが世間ではクリスマスぼっち略してクリぼっちと罵倒されているようだった。

「…………」

 起きた時、絶望感しかなかった。

 時刻は午前十時。

 もうどうでも良いので二度寝をしようとしたが洗濯機を予約してかけていたことを思い出し仕方がなくベッドから出る。洗濯機を干しながらテレビ番組を見ていた。

 そこにはクリスマスイブにも関わらず普段通りに仕事をしているタレントやアナウンサーの姿があった。

「休日なだけありがたいか……。ん? 待てよ……」

 ふと呟いた一言が、私の頭から離れなくなった。

「クリスマスぼっちで休日を過ごすより、クリスマスイブに仕事をしている方が残念なのか……?」

 ここで私の今日のスケジュールが決まった。

 ――クリスマスイブに仕事をしている人を出来る限り見よう。

 誰が問うまでもなく、とうの昔に、やけになっていた。


 *


 洗濯物を干した後最寄り駅の電車に乗った。早速駅員さんを見つけて「まず一人」と呟く。あがきにあがいてクリスマスぼっちになった私よりも残念な人をどれだけ見つけられるか。目指せ千人ということで意気揚々と電車に乗った。

 電車にはスーツ姿の人が三人乗っていた。「これで四人」と呟き、都心へと繰り出す。

 都心は入れ食いだった。流石天下のおひざ元というべきか。まず駅を歩いているスーツ姿の男女だけで十人はかるく超えていた。その十倍くらいカップルがいるが私の眼にはもう映っていない。文字通り眼中にない。今の私が知りたいのは『私よりかわいそうな人』の数だけだ。

 そのまま人の流れに乗っていき、大型のショッピングモールに入る。

 あれよあれよという間に仕事をしているかわいそうな人たちが百人くらい見つかった。まだ探し始めてから一時間程度しか経っていない。これは楽勝だなと思いながらカフェに入る。カフェはカップルに占拠されていたが、一人席が一つ残っていた。

「仕方がない、埋めてやるか」

 コーヒーを注文し、私は座った。その際もちろんのこと、私にコーヒーを渡してくれた店員さんをカウントしていた。はきはきとした女性だった。クリスマスイブにも関わらずご苦労なことだ。引き続き頑張ってもらいたい。

 暇つぶし用に持ってきた小説を読み名がらコーヒーの味をかみしめる。普段ならまずまずといったところだが、このコーヒーが私よりかわいそうな人が淹れたものだと思うと格別の味がした。

 つい読みふけってしまい三十分程度時間を過ごし別の店に赴こうとする。そろそろ昼も過ぎて小腹がすいてきた。同じショッピングモールで最上階に向かい、空いている店がないかどうか調べる。ああ、安心してほしい、その間見つけた店員は一人一人抜けもれなくカウントしている。私はこういうところが抜け目ないんだ。

 そうして他の店より空いている店を見つけた。最上階の端の方で少し割高な店だ。行列は出来ているが他の店程じゃあない。これなら二十分も並ばずに入れるだろう。

 私の予想は当たり、ちょうど十五分後に私は店に入ることが出来た。鉄板焼きの店だ。ベーシックなお好み焼きの他に焼きそばを頼み、充分に腹を満たしつつ私よりかわいそうな人をカウントして支払いに向かった。

「合計で三千百円です」

「はい、ちょうど……」

 代金を渡しながらカウントをしようとしたところで、私は気が付いた。

 その店員は、先ほどカフェにてコーヒーを渡してくれた女性店員だった。


 *


 如何にバイトといえど、クリスマスイブにシフトをはしごする人がいることまでは想像していなかった。

 流石にここまでくると私よりかわいそうという気持ちは出ず、素直に大変だなと思うしかなかった。

 それから私は安い居酒屋で一人飲んでいた。どこに行くにもカップルがいて楽しめる気がせず、飲むしかないと思った次第だった。居酒屋ならだれも居ないだろう。そういう魂胆だったのだが、意外や意外、結構なカップルがいた。それも結構若めな方だ。

 そうだよな。

 カップルにとってこの後の夜が本番なんだ。

 二人でいればどこでも楽しいならわざわざ金のかかるところに行く必要もない。

「……何をやっているんだろうな」

 ぼやいてはいけない独り言を、とうとう出してしまった。

 もう、いいか。

 この酒を飲んだら帰ろう。

 それで家でおとなしく『ホームアローン』でも観てよう。

 勢いよく生ビールを飲み欲し、レジへと向かった。

「お会計お願いします」

「ありがとうございます。三千百円です」

 聞いたことある金額だなという感情と、聞いたことある声だなという感情が同時に生まれた。

 そこには、三度目に会う女性の姿があった。

 こんな偶然があるのか。

 というかこの女性は、何故にここまでバイトをはしごしているんだ

「お客様、どうかされまし……あれ?」

 いつになっても財布を取り出さない私を怪訝に思ったのか、女性は私に催促の声をかけようとした。しかし途中で女性の方が怪訝な顔をし始めた。

「お客様、どこかでお会いしませんでしたか……?」

「……ショッピングモールのカフェと、鉄板焼き屋で」

「やっぱり! わー、すごい! こんな偶然あるんですね!」

 女性が快活に笑う様子が信じられなかった。

 時刻は今二十時。

 ショッピングモールの開店が十時ということを考えると、十時間は働きづめということになる。

「なんでそんなにバイトしてるの?」

「あー。やっぱりそう思われますよね。私もバカだなーって思います」

 私が財布から取り出した四千円を受け取り、お釣りをレジから取り出そうとする。

「私、役者を目指してるんです。でも全然お金がなくて。バイトのシフトを増やして何とか切り詰めてるんです。クリスマスイブだろうとお構いなしに」

「……大変だね」

「大変ですよ~。まあでも、この道を選んだのは私ですからね。死ぬ気で頑張るだけです」

 そう言いながら彼女はお釣りの九百円を渡してくれた。

「おおきに。またよろしくお願いします」

 彼女の声を背に受けて店を出た。

 彼女は朝から笑顔を絶やすことなく働いていた。夢のためと言っていたが、そのためにクリスマスイブをも犠牲にしていた。

 かたや、私はどうだろうか。

 この一日、全く笑っていなかった。

 クリスマスイブに働いている人をカウントしながら、視界にはどうあがいてもカップルがいた。

 視界から外そうともがいたら下を見るしかなくて、そこには私しかいなかった。

「……虚しいだけだったな」

 十二月二十五日は平日だが、有休を消費して休みにしている。

 十月にそのスケジュールを計画した時は女性と過ごそうとしていたが、今となっては狸の皮算用でしかなく、丸々空いていた。

「私がしたいことは、何だ」

 そんなものは決まっている。

 彼女が夢のためにクリスマスイブを使うなら、私は誰かと過ごすクリスマスイブにしたかった。

 もう時すでに遅しだが、十二月二十五日の夜はまだ何とかなるかもしれない。

 ただ街コンに行くのは脳がない。

 だから私は、新幹線のチケット確保に奔走した。

 つながりがないのなら、つながりがあったところに行けばいい。

 大学生の時に使っていたSNSのグループを検索してみつけだし、連絡した。


『緊急集合!』


 そうして十二月二十五日に再会した元サークル仲間の女性と一夜を過ごした。

 なんてことがおこる可能性も、ゼロではなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスぼっちの計測結果 常世田健人 @urikado

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ